Summer Ver.18
ひさしぶりにゆっくり休めるよーーっ
とはいえ、すこしでもブランクが空くとすぐさまダメになる作者……
というわけで、リハビリがてらに一話、どどどばーっと何も考えずに書いてみました。
気に入ってもらえるかなぁ。
まっさらな空が無邪気に背を伸ばしたビルの群れにぶつんぶつんと細切れにされ、結果的にこの街の空は狭い。
訂正を加えれば、私の部屋の窓から見えるこの街の空は狭い。
……景色的にはどうなんだろう。
都会の首長竜どもが夕日をバックに黒く染まっている光景も私的にはありなのだが、それでも夏の昼下がり的には青いお空とまっしろ入道雲が見たくなるのだ。
だから私はバスに乗り込み、町はずれまで脱走を試みる。
中心部から外れればこっちのものだ。
山際にはまだまだ田舎臭い風景がのこっているのでとてもハッピー。
田畑の連なる古くさい光景の中で育った私にとってはここの方が断然住みやすい環境に思える。
随分と蝉の声が近くなった。
交通機関も巨大店舗も充実した都市部が低地に位置していると考えると、そこを中心に北へと進めば、ずいぶんとノスタルジックな街並が出迎えてくれる。
昭和めいた、寂れた商店街。
それとどこかの殿様のお城とかが観光地として残ってたりもするので、城下町というのが正しい呼び方なのかもしれない。
骨董品屋の店先に吊るされたカルピスだの殺虫剤だのの看板が、とくに見慣れてもないくせに懐かしい。
私はそういうのが好きだったりする。
そもそもノスタルジックって言葉の意味すらよく分かってはいないのだが。
……そう言えば、ノスタルジックってどういう意味なんだ……?
ノスタルジック、のすたるじっく、のす………
伸す樽ジジイ。
……だめだ、意味分からん。
脳内でラリっている間に、新型の小奇麗なバスは町外れのバス停に私を置き去りにする。
そこから先はローカルバスだ。
今では一時間に数回来るか来ないかの、非常に使い勝手の悪いぽんこつ。
でも私的にはそいつが可愛くてたまらない。
ドアのフレームのメッキが剥げているところとか、板張りの床が今にも抜けそうなくらい軋むところとか、証明が切れててクモの巣だらけになってたり、そこに蜻蛉がたくさん引っかかってたり……さすがにそれはそこまで好きじゃないかもしれない、やっぱり。
でも懐かしい気持ちこそ確かなので、悪い気はしない。
一番楽しいのは運転手のおじさんと話をする事だ。市バスではこんなにのんびり世間話をしている暇などないだろうが、田舎では可能なのだ。
最近なにがあっただの地域のお祭りが近いだの脈絡のない話をしているうちに、バスはのんびりと目的地に着く。
ああここだ、この神社。
民家こそあれど、人の姿はあまり見当たらない。
田んぼからカエルの泣き声が盛大に出迎えてくれる。
目の前には、岩を切り出して作った大きな鳥居。
あぁ、そうだ。
この神社で、私は…………
あれ、なにをしたんだっけ。
なにせ随分と昔の記憶を辿ってきたので、詳しい事は覚えていない。
懐かしいから来てみただけなのだ。暇だったし。
さっきから懐かしい懐かしい言ってるが、また暇になったのでついでに懐かしい知人を呼んでみる事にした。
本堂の背後にそびえる大きな神木。
荒神様だとかなんだか聞いてるがそこまで興味がなかったのでよく知らない……その木陰に入って、騒がしい蝉たちの会話に耳を傾ける。
成虫になったら蝉は一週間ぐらいしか生きられない、とかテレビで言ってた気がする。
ならばこの声は、彼等の残り少ない命への賛歌。
生きた証を残そうとするかのような、全身全霊を振り絞った激しい歌声……
その声にこんなにも耳を傾けている私は……残る命をどう使えばいいのだろうか。
彼等のように、血をたぎらせる情熱的な何かを残せるのか。
あるいは………
そんな事を言ってはみるが、別に余命数年とか宣告されたわけではないし我が家はみんな長生きだから当分死んでやる予定は無い。
悪いなセミども。
一人でふざけている間に、どこからかシャァアアアアッという音が聞こえてくる。
このシャァアアアアッという音はたぶん自転車のタイヤの音で、アスファルトの道を猛スピードで走っている時の音に似ている。
顔を上げてみると、案の定、鳥居の前で自転車を止める少年が一人。
彼は私に気がつくと、額に汗をかきかきコッチに歩いて来た。
「やぁ、遅かったな子分その1」
「今後その呼び方をされる事は断固拒否するっ!
……つーか、いきなり呼び出しといて何なんだよぉ……」
麦わら帽子をすっぽり被った少年は、私の前まで来るとぜぇぜぇと息を荒げた。
「なんだ、もう息切れか?
軟弱者め〜軟弱者め〜」
「うっさいなぁ暑いんだよ……
なに?
こんな所まで1人できたのアンタ?」
眉を吊り上げて私を睨むと、麦わら帽子をポスッと被せてきた。
「なんだ気がきくな、さすがは子分その1」
「だーかーらそれヤメロっ
大体なにさその1って、アンタの悪ふざけに付き合ってやるヤツなんか他にいないくせに」
「おや、ちゃんといるよ。子分その2もその3も、い〜っぱい」
「……えぇ?」
「なんなら今から呼ぼうか?」
そう言って、黒い携帯を振ってみせる。
その1は明らかに疑っているようだったが、どうやら少しばかりショックだったらしい。
さっきまでよりも不機嫌そうな顔になった。
「まぁそう拗ねるなよ1号。
安心しろ、一番はおまえさんだ」
本人はクールを気取っているつもりだろうが、1号は考えてる事が顔に出やすい。
そうやってすぐに頬が赤くなるのは特に分かりやすいよ。
「おまえさんのそういう可愛いところが好きだよ、1号」
からかうように笑ってみせると、彼はため息まじりに隣に座り込んだ。
「俺はアンタのそういう性根の腐ったとこが大好きだよ……」
いつまでもココでのんびりするのも構わないが、どうせならもっと懐かしいものを見て回りたい。
自分でもよく分からないが、「懐かしい」は夏の風物詩なのだ。そんな気がする。
「よし1号」
私が口を開くと、従順な子犬はすぐに顔を上げてくれた。
「宝探し、しよう!」
「……はいぃぃ?」
やはり従順とは言えないような返答が帰って来た。
「なにさ宝探しって、ダリィな」
うんざりした顔でご神木にもたれる1号。
それを放って、私はのんびりと神社の境内から道路にでた。
「お、おいっ
勝手に行くなってば」
慌てて追いかけて来た1号を振り返って、私は思いついた事を説明する。
「宝探しとはいっても楽なもんだぞ、おまえさんは私についてくるだけでいい」
「え〜?
なんか謎解きとか地図とかないの、宝探しのくせに」
車も滅多に通らない田舎道からは、青空と入道雲が素敵すぎるくらいによく見えた。
でもお楽しみはこれからだ。
「地図ならあるぞ1号」
「え?
マジでどこどこ?」
子供心に乗り気ではあるのか、1号ときたら妙に食いつきがいい。
「私の頭のなかだ」
「……ナニが?」
「だから、宝の地図だよ。
正確に言えば私の幼少期の記憶を辿るわけだが、したがっておまえさんはついてくるだけでいい」
これを聞くと、1号はがくんとうなだれた
ここでただ呆れるだけなのが彼の良いところだ。
「……それじゃ、宝ってのは……」
「それは見つけてからのお楽しみだろう、いちいち尋ねるのは無粋というものだぞ」
そう言ってのんびり進む私の後ろを、彼は自転車を引っ張ってついてくる。
いかにも不服そうだが。
「なぁ〜
ちょっと休んでいこうよ」
途中で駄菓子屋の前を通りかかり、1号が立ち止まった。
「なんだ、もう疲れたのか」
「こちとらアンタのスピードに合わせてチャリ押してんだよノロノロと!
アイスとかなんか冷たいもの、アンタだって欲しくないの?」
確かに言われてみれば……背中が汗でじっとりしてきた気がする。
「ふむ……じゃあ私的にはラムネでも飲みたいな。買ってこい1号」
「こらこらアンタの分は自分で買いなさいや」
駄菓子屋の前の日陰で休んでいると、1号がむりやり私を押して店に入っていく。
店の中もどこか懐かしかった。
思えば、昔よく来ていた店かもしれない。 遠足のお菓子は300円までだとか、くだらない言いつけ通りに買い物をするのが無性に楽しかった気がする。
……そう、ここにはよく誰かに連れられて………誰だったろう?
店のおばあさんと話し込んでいると、痺れを切らした1号に店の外へ引っ張りだされた。
「なんだ、楽しかったのに」
「いやいやもう30分以上話し込んでたじゃん、婆さんが二人いるみたいだったよっ」
どうやら呆れ顔をするのが板についてしまったらしい1号。
「まぁいいじゃないか。
…あ、そうだ。ついでだからこのまま押していってくれ」
「はぁ?
イヤだよ自転車はどうすんだよ、自分で進めよ……」
「おまえさんの家はこの近くだったろう、この店の前にでも置いといてまた取りにこい。
私はそろそろエネルギー切れなんだよ」
「……え、エネルギー切れって……!?
あ〜もぅマジかよコイツ……」
棒つきアイスを口にくわえたまま、ぶつくさ言いながらも1号は私を押す。
私は私でラムネの緑色の瓶に口をつけていた。
これも懐かしい。そういえば、よく中のビー玉を取ろうと奮闘していたっけな。
そうこうしながら……私たちは最大の難所へとたどり着いた。
「……ここ……通るんスか……?」
「あぁ。
心して進めよ、1号……!」
正午の身を焼くような日差しの下………私たちの目の前に、長い長ーい階段が立ちはだかった。
「さぁ!
恐れず進めば道は開かれる。
それゆけ、あんぱんまー…」
「うっせーーだまれだまれーー!
こんなん疲れるの俺だけだよーー
バカーッ!!」
トチ狂ったように叫ぶと、1号は驚くべき逃げ足を発揮してみせた。
「待って、1号っ」
もと来た道を一目散に駆ける彼に、私はどうにか声をかけた。
1号の後ろ姿がピクリと止る。
「……おいてっちゃうの………?」
「はっ……はぁっ………!」
長ーい石段を上りながら、1号が荒い息を吐く。
「がんばれ1号!
まけるな1号!
強いぞエラいぞ可愛いぞーー」
「じゃかぁしいわぁぁっ!
じっとしてねーと放り出すぞこの脳みそ幼児がっ!」
「まぁそう言うな。
せいぜい背中の感触でも味わえ厨房」
1号の背中の上でニヤニヤ笑っている間に、上までたどり着いた。
彼は私を背中から下ろすと、階段の一番上の段に座らせる。
「……ぜぇっ……ぜぇ……
こ、ここで待ってろよ、
今からもっと重い荷物とってくんだからな……」
恨みがましい目つきで私をみると、石段を再び降りていく一号。
「なぁ、私重かったかー?」
「あーそりゃ−もう!
体重100キロあんじゃねぇのかこの馬鹿女っ」
返ってきた返事に少ししょぼんとしながら、石段を降りていく彼を見つめる。
上から見下ろすと、下から見た時よりも高く感じてしまうのはどういうわけだろう。
これは私だけに言える事かもしれないが、こうも高い場所から下を見下ろすと、ついつい「落ちたらどうなるだろ」とか妙な事を考えてしまう。
落ちればどうなるかなんて分かりきっている……私なんかじゃ即死だ。
100段近い石段をごろんごろん転がり落ちて、最終的にはアスファルトで頭打って死ぬのだ。
死ねずに複雑骨折とか内蔵破裂とかになったら洒落にならないくらい痛いだろうな……
そんな事を考えていると急にバランス感覚が薄れてくるというか、変な重力に引き寄せられて本当にグラリと落ちそうになってくる。
下ばかりみるのはヤメよう……
少し鳥肌を立てながらも後ろを向くと、両脇に大きめの石灯籠が立っているのが目に入った。
その先は松の林になっていて、落ちた松葉で地面が茶色く見える。
奥の方に見える古寺も、なんだか懐かしい気がするなぁ。
たぶん、もうすぐなんだ……
「なぁ1号……」
呟きながら石段に目を戻すと……彼がいない。
……妙だ。
隠れているにしても時間が経ちすぎている。
悪ふざけはおまえさんの専売特許じゃないだろうに……どうしたというんだ?
石段の上で一人、ぼんやりと座り続けている。
あまり長い間こうしていてもラチがあかない。
そのうち日が暮れてしまうだろうし……帰りのバスの時間だってまちまちなのに。
まったく人気の無い境内を振り返って、少し身震いした。
こういう場所は懐かしいといっちゃ懐かしいのだが……長居するには少し薄気味悪いと言わざるをえない。
これはアレだな、1号のやつに手荒いお仕置きをしてやらねば……
とか思っていると、背後からがさがさと音が聞こえる。
「1号か?
どれだけ人を待たせれば気が済むんだこのノロマが…」
毒づきながら振り返ったが、後ろには誰もいない。
……ん?
まてまて。これはお決まりのパターンなのか……?
ガサガサ、ゴソゴソ。
音はすれども姿は見えず。
確かに音がきこえるのだ。なのに、それがどこから聞こえるのかが分からない。
まわりのヤブの中か? そこに何か潜んでいるのか……?
情けない事に逃げ出したくなってきたが、私だってまだ「女の子」と呼べる年齢だと思うし、少しぐらい怖がってもいいんじゃないだろうか、たぶん良いよね、うん絶対いい。
でも誠に残念ながら、私の足は動かないのだ。
ガサッ
まただ。
今度は随分短い音が……頭の上から聞こえてきた。
見上げてみると、大きな木が枝を広げている。夏らしく透き通った緑の木の葉が茂っていて、木漏れ日が眩しい。
ひょっとして、風で木の葉が揺れてるだけじゃないのか?
そうだ。
きっとそうだな。
なーんだ風の音か、あははははははっ!
ドサッ
「ひ、ひきゃぁぁぁあーーーっ!?」
なんだかわからないけど真っ黒いものが落ちて来た!
私の目の前にぃ!!
「いやぁあーーーーーーーっっ!
やぁーーーダメェーーこないでぇぇええええっっ!!」
「わーーっ!
だだだ大丈夫っ!?」
悲鳴を上げてからコンマ1秒の間に、ヤブの中から1号が飛び出して来た。
大慌てでヤブの中を走って来たらしく、体中に葉っぱやらクモの巣やら引っ付けている。
「な、なになに!
ど、どうした蛇か?ハチに刺された!?それともイノシシか……」
半ばパニック状態で駆け寄ってきた彼に、思いっ切りしがみついた。
「かずぅ〜〜〜!」
「………え////?
う、うん!?」
「き、木の上からなんか落ちて来た……!
かずちゃん追い払ってよぉ〜〜っ」
必死でしがみついているが、1号は硬直したまま返事がない。
心音はなぜかバクバク聞こえるのだけど……?
そんな心音も、しばらくするとおさまってきた。
妙な沈黙が続いた後……急に暗い声が漏れるのが聞こえた。
「……大丈夫だよ、死んでる」
……死んでる?
恐る恐る目を開けると、地面に黒いものが転がっているのが見えた。
……カラスだ。
「どうしたんだろ……
病気か、それともケガでもしてたのかもね」
1号の言葉を聞きながら、私はそれを見る。
黒光りする翼をだらりと広げて、その鳥は横たわっていた。
いつも手の届かない場所を飛び回ってるヤツが、こんな近くで動かなくなってしまっている………
なんだか……怖いような、見入ってしまうような、不思議なカンジがした。
「っしょっと………こんぐらいでいいかな」
土まみれの手で額を拭って、1号が私を振り返った。
彼の足下にはゴミ箱くらいの深さの穴が空いている。
重傷のカラスが落っこちて来て、ポックリお亡くなりになったその後。
私はなんだか居たたまれなくなって、お墓を作るよう頼んだのだ。
「……とりあえず、埋めるよ?」
「あぁ……」
穴の中にドサドサと土を戻すと、丘のように盛り上げて、上に石をのせる。
素っ気ないが、お墓はお墓だ。
「なつかしいなー。
夜店の金魚とか死んだ時に、こうやって墓作ってやったけな」
そう言うと1号は、さっき食べていたアイスの棒を土の丘にブスッと立てた。
おかげで少しクオリティーが上がった気がする。
「なぁ1号」
「ん?」
「今更だけど……墓つくらなくてもよかったかもな」
「……はぁあ?」
久しぶりに呆れたような顔をする1号。
「いきなりなに言ってんだよ、アンタが作れ言ったんだろお墓!」
「それはそうなんだが……ほら、食物連鎖とかあるだろう?」
私が言うと、彼は余計に意味わからなさそうな表情を浮かべた。
「野生動物が死んだら、それはアリとか小さな生き物の大事な食料になるワケで……
だからわざわざ埋めたりする人間の行動って、自然界的には無意味なんじゃないかって、そんな感じが……」
「ちょ、ちょっとも〜。
怖いもん見たから思考回路おかしくなったんじゃないよな?」
そう言うと、1号はプッと吹き出した。
確かに言ってる事はなんだか意味不明だとは思うが、なんというか、その……
「じゃあこういう事だよ。
埋めてあげたのはアンタの優しさだろ?」
「……え?」
間の抜けた声を上げる私の横に座って、彼は作ったばかりのお墓をみつめた。
「見ず知らずでなんの関係もないカラスが死んでるの見て、埋めて上げたいって思ったのは、アンタなりの優しさだと思うよ?
人間が死んだ人にお墓つくってあげるのって、そーゆうのじゃないの?」
そんな事を言われても私にはどうとも言えないが……
なるほど、優しさか。
だったら無駄じゃなかったかもなぁ。
そう言われるとなんだかすっきりした気がする。
胸騒ぎも収まった。
うん、もう出発しても大丈夫そうだ。
というわけで、ここらで一つ1号をからかっておこう。
「うわ〜1号くさっ!
そんな恥ずかしい台詞をさらりと……『アンタの優しさだろ』?
ひゃーー鳥肌たったーー!」
「な、なな……んなーー////!?」
案の定、真っ赤になって怒る1号。
やっぱりからかい甲斐があるな、コイツは。
「このやろーー!
人がせっかく心配したり墓作ってやったり……それなのにそれなのにーーっ!!」
「あっはっはっ!
まぁ気にするなよポエマー1号っ
……あ、そういえば私の相棒はどうしたんだ?」
カンカンに怒っていた1号だが、コレを聞くと「あ、いけねっ」と呟いて走っていく。
しばらくすると、松林の向こうからヒィヒィいいながら帰って来た。
電動の車椅子を一台押しながら。
「さすがにこんなもん持って階段はのぼれないし、他の坂道通って、どうにか境内までのぼってきたんだよ。
すげぇ遠回りになっちゃたけどさ」
なるほど、だからあんなに時間がかかったのか。
「そうか。
……じゃ、座らせてくれ」
「は?」
「は?じゃないだろうが。
車椅子使わないと移動出来ない人間に、どうやって自力で椅子に座れと?」
これは断じてからかっているわけではない。
自宅では手すりなりなんなり使って自分で座れるが、屋外では流石に無理がある。
「す、座らせるってどうやって……」
「なんだ、福祉施設の様子とか学校で習わないのか?
お姫様だっこなりなんなりして持ち上げるんだ、それくらいできるだろ中学男子」
実際には地面を這いずって腕の力だけで椅子まで這い上がるとかも出来ないこともないのだが、無駄に疲れるし服汚れるし車椅子が倒れたら危険すぎるしでロクな事にならない。
それに……お姫様だっこもされてみたくない事もない。
さすがに渋っていた1号だったが、私が「はやく!」と急かすと、やっと動き始めた。
手から土を払って、おどおどしながら私を抱き上げようと試みる。
「おんぶならさっきしてくれたのに」
階段での事を思い出して私は笑う。
慣れない手つきで腰に手を回すと、1号は恐る恐る私を持ち上げた。
「大丈夫か1号?
重くないか?」
「……軽すぎだよ。
ちゃんと飯食べてるのかよ?」
クスクス笑う私。
その間、顔を仄赤くしながら1号が私を車椅子の上にゆっくり座らせる。
あー、やっと戻ってきたこの感覚!
「久しぶりだな相棒。」
手すりを優しくなでる。
ここ数年を共にしてきた大切な愛車だ……車椅子をそう呼ぶのもシュールな話だが。
「さてさて、宝探しの再会といこうか」
「うぇ?
まだやるの宝探し!?」
無論だ。
まだ日は高い。
それに、さっきカラスのお墓を作った事で思い出した事がある。
「よし1号!
あのお寺の裏までいくんだ!」
「行くんだ!って俺に言われても……
あ、そういえばバッテリー切れてんのかぁ」
渋い顔をしながらも、彼は車椅子を押し始めた。
寺の裏にはお墓があった。
白い墓石がたくさん並んでいる……ぜんぶ、この近所で暮らしていた人達のものだ。
お墓といったら怖いイメージしかないように思えるが、毎年墓参りに訪れていたような場所だと話が違ってくる。
もの凄い昔のご先祖様のお墓もあれば、子供の頃お世話になった、近所のおじいちゃんおばあちゃん。それに、不幸にも亡くなった知り合いだってここに眠っている。
そう、ここも私的に懐かしい……そんな大切な場所。
「……で?
けっきょく目的地はここだったってワケ?」
「らしいな」
「らしいな、って……なにそのアバウトな返事」
そう言われても、私だってここに着くとは知らなかったのだ。
前に言った通り、自分の小さい頃の記憶を辿ってここまで来た……それだけなのだし。
「何はともあれ、旅の終焉だ。
いくぞ1号」
「はいはいっと……」
記憶を頼りに、墓石の間を進んでいく。
そのうち私達は、誰のものかも分からない墓石の前で止った。
「……誰のお墓?」
難しい漢字が彫られた墓石を見て、1号が私に尋ねる。
その質問に、私はしばらく答える事ができなかった。
あぁ、これは……………このお墓は。
『おばぁちゃん』
幼い私が、祖母に呼びかける。
そうだ、あれもちょうど夏の昼下がり。
青い空に、入道雲。日差しが強くて、ヒマワリが咲いていた。
着物を着た祖母は、左手に花束を持って。
右手は、あたしの小さな手を握っていた。
しわだらけの、優しい手。
盆の墓参りの日。
あたしは、おばあちゃんに連れられてここに来た。
途中の駄菓子屋で買ってもらったラムネの瓶を、後でビー玉を取り出すのだと言って大事に持ち歩いていた。
『だれのおはか?』
当時まだ小さかったあたしは、おもしろい事に、さっきの一弥とまったくおんなじ事をおばあちゃんに聞いたんだっけ。
『おばあちゃんのねぇ、とーっても大事な人のお墓だよ。
凛ちゃんに会いたいって、ずーっと楽しみにしてたのよ』
そう言って、おばあちゃんは笑っていた。
とっても嬉しそうだった。
そのお墓で眠っているのが誰なのか、小さいあたしはよく分かっていなかったんだと思う。
そして……あたしは、持って来た花をお墓に供えたんだ。
「あ!」
急に声を上げたので、1号が驚いて私の顔を覗き込んできた。
「へっ?
なになに、なんか分かったのか?」
「……花持ってくるの忘れた」
間の抜けた声で私が言った。
とたんに1号の得意なあの「……はぁ?」という台詞が聞こえてきた。
「花だ!
1号、緊急事態だ。
至急花を持ってこーい!」
「いやいやいやっ
いきなり過ぎるし、わけ分かんないし!
だいたい、花っていってもなんの…」
「うるさいっツベコベ言うなぁ!
さっさと行けコラ!
駆け足ーーっ!」
珍しく凄まじい剣幕で命令したところ、彼は大慌てで逃げていった……いや、ちゃんと花を探しにいったのだと信じたい。
「…………あっ。
すみません、お見苦しいところをお見せしましたっ」
墓石に視線を戻して、私は頭をかきかき、苦笑いする。
久しぶりに来た孫娘がこんな調子じゃ、天国にいるこの人が不憫でならない……いや、むしろ腹を抱えて大笑いしていそうだな。
祖母から聞いた限りでは、とても陽気な方だったそうだから。
生前は会う事も叶わなかったが、私的にはとても大切な…………懐かしい人。
「お久しぶりです……」
「あれぇ、凛ちゃんじゃねぇか!
ひっさしぶりじゃなあ!」
1号の家に着くと、おじさんが大声で出迎えてくれた。
あいかわらず元気が有り余ってそうだ。
彼の家はそれなりに大きくて、縁側から庭を見るのが好きだった。
その庭では、大きなテーブルとかバーベキュー用の金網とかが用意され始めている。
私が最終バスを逃して1号の家に泊まる事になったもんだから、近所からは昔なじみの人達が大勢集まって来てしまったようだ。
母さんには携帯で連絡しておいた。
少し呆れたように笑ったあと、「楽しんでらっしゃい」とお許しをくださった。ありがたや。
「車椅子になってからは都会の方が暮らしやすいって、随分町の方まで出て行ってしもぅたけど。
向こうでの暮らしはどんななん?
お母さんは元気しとる?」
おばさんは、あいかわらず美人だった。
歳とらないなーこの人っ。
「はい、
向こうでの生活はすっかり板につきましたし。
交通機関とかもしっかりしてるから、暮らしやすいって言えば暮らしやすいのかなぁ」
じゃれついてくる近所のチビッコ達を撫でながら、私は暗くなった庭を見つめる。
子供達が花火を始めた。
……家庭用の花火なんて、何年ぶりだろう。
線香花火を見つめてぼうっとしていると、家の中から1号が出て来た。
「よぅ」
「ん」
焼きともろこしを片手に、彼は私の隣に座った。
甘〜い匂いがする……懐かしいな。
「まったく……
花を持ってこいはと言ったが、まさかその辺に生えてる花を引っこ抜いてくるとはな」
「うっ……!」
そう、あの後1号はちゃんと花をとって来たのだが……まさかのチューリップだった。
しかも根っこごとだった。
あぁ、思い出しただけで笑える。
「仏花といったら、菊とかリンドウとかミソハギとか……他になかったのかねまったく」
「………あ〜、でさ、
宝物のことだけど」
どうやら話を誤摩化すつもりらしい。
まぁいいか。
「あれって結局見つかったの?
宝探しとかさんざん言ってたし」
「……そうだなぁ」
線香花火が、プツプツと燃え尽き始める。
「うん。
見つかったよ」
「あ、マジで?
何だったんだよ、その宝物って。
それっぽいの見つけてるトコ見てないけど………
……?」
私がクスクス笑い始めたのを見て、彼は怪訝そうな顔をする。
「なんだよ、俺なんか変なこと言った?」
「……いいや。
なんでもないよー。」
そうだな、まだまだ中学生だもんな。
今回のお宝ばかりは、少しおばさん臭いと言われるかもしれない。
「もう少し……大人になったら、分かるかもねぇ」
「あ!?
なんだよそれっ俺だって来年にゃ高校生だかんな!
馬鹿にすんなよ!」
線香花火の最後の火が、ぽとんっと庭に落ちた。
私はう〜んと伸びをする。
「リンちゃーんスイカたべよー」
チビッコ達が、切ったばかりのスイカを持って走ってくる。
近所のおじさん達が酒盛りを始めたらしく、すこし騒がしくなってきた。
……あぁ、こんなに賑やかだったんだなぁ。
おばさんがスイカの乗ったお皿を持って来てくれた。
冷えてておいしい。
「……よりによってあんな都会の高校に行きやがって」
スイカの種を吐き出しながら、彼は不満そうに言った。
私が黙っていると、またスイカを一口食べてから喋り始める。
「俺、なんつーか……頭ワリィから、受験とか大変なんだからな」
「……ごめんな」
なんとなく、素直に謝ってしまった。
何が悪いのかよく分からないが、彼がかわいそうになって……
……いや、自分でも少し後悔してるところがあったのかもしれない。
「べ、別に謝ってほしいとか、そんなんでもないけど……
……とにかく、俺、ちゃんと勉強してるから」
「……うん。」
あぁ、今夜は月があんなによく見える……丸いなぁ。
「…………かずちゃん、ありがとなっ」
「……へ?」
不意打ちをくらったように、彼はぽかんと口を開けた。
「……えと、何が?」
「全部だ。
今日の事ぜんぶ、楽しかったよ。」
うん、楽しかった。
すっごい楽しかったなぁ……
「……かずちゃん、あたし待ってるから。
受験、頑張りなよ」
車椅子から手を伸ばして、一弥の頭を撫でてみた。
髪の毛つんつんしてる。
「お……おう……リン姉ちゃん」
なんだ、照れてるのか。
可愛い奴め。
「かずちゃんさ、覚えてるか?
今日、あたしがかずちゃんを呼んだ神社……」
「……?」
どうやら覚えてないらしい。
それもしょうがないか、あたしだってさっき思い出したんだし。
小生意気な少年には少しばかり恥ずかしい出来事とかもあったわけだし、それらの記憶は勝手に思い出すまで黙っといてやろう。
あそこで何度も遊んだ記憶は、いつかは思い出してほしいけど。
宝物はたくさん見つかった。
全部、すっごく懐かしい………
とっても大事なものなのにね、あんまり忙しいと忘れちゃうんだよなぁ。
あたしは車椅子から下ろしてもらうと、一弥に抱かれて、家の中へ入れてもらう。
今日、この後する事は、もう決めてある。
補助椅子に腰掛けると、隣には祖母が座っている。
一弥のおばさんが呼んで来てくれたのだ。
もう90近いワケだし、だいぶボケが入っちゃってるだろーけどなぁ。まぁ気にならないんだけどね。
とにかく私的には、一緒に思い出話に浸りたいのだよ。
ねぇ、覚えてる?おばあちゃん………
まぁそんな感じで、この日は私的には良い息抜きになった気がするよ。
いくら都会に憧れたり、住み良い場所に移住したりしてみたところで……急に恋しくなってしまうのが田舎の魔力か。あなおそろしや!
でも結構いるよね、田舎出身で都会暮らし。
気分的に疲れたら、いつでも帰りなよ。
幸いな事に、まだ夏が始まってないのにこの投稿。作者の季節感の無さを神に感謝すると良いだろうよ。
今年も、帰省ラッシュがすごいんだろうねぇ。
それでも帰るよ、待っててね。