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遊牧史 Ⅱ 澶淵に盟す  作者: 神箭花飛麟


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3/5

Ⅲ 望都

遼の当時の皇帝である聖宗はムンシュヌ、太后はシャオチャオ、総司令を務めた蕭達覧はシラ・タランと呼びます。その副官はシディと言います。

宋の当時の皇帝は趙徳昌で、宰相は寇準です。

1004年-燕京

ムンシュヌは言った。

「燕雲十六州は、後晋の石敬瑭より我らに割譲された正当な領土である」

母が頷いた。

「近年の宋による度重なる北伐は実に信義に背く行為だ」

九月の燕京は少し寒い。

「今回の南下は宋を懲らしめ、永劫の安寧を得るための義戦だ」

「そのため、無辜の民を殺してはなりません」

母が重ねて言う。

「また、勝手な略奪は厳禁します」

静かだ。

「総司令、シラ・タラン」

「はっ」

屈強な男が前に出てきた。

剣を持ってムンシュヌも前に出る。

「剣を授ける」

「ありがたく」

以前亡くなった遼軍主力の将軍シウゴーの副官だった。

存分に実力を発揮してくれることを願うしかない。

「進発せよ」

命じた。

兵たちが沸く。

北宋の帝都・開封を目指し、遼軍二十万は進発した。


シラ・タランは呼び出された。

「将軍、知恵を授けます」

「はっ」

太后は今年五十一歳のはずだが、衰えは一切見せない。

「宋軍は、城に引きこもっているのでしょう」

「おっしゃる通りで」

「ならば、城を無視し、開封まで突貫してください」

太后の目が開いた。

「ですが、兵站や背後を突かれる危険は」

「最低限の略奪は許します」

「ですが、それは太后殿下が」

「私は“勝手な”略奪は許さないと言っただけです」

太后が微笑んだ。

「それよりも速さです。留守部隊を派遣すれば野戦に持ち込めます」

遼軍は野戦ではどこにも負けない。

「はっ」

「稲妻の如く貫き、宋を黄河、いや長江まで追い散らしなさい」

太后は時代が変わろうといつも聡明で、遼の舵取りをしてきた。

「御意」

それを信じ、尽くしたい。

「帝と私、晋王も共に行きます」

晋王は高梁河で燕京の守将を務め上げた韓徳譲だ。

帝にも父の如く尊敬されていて、漢族で唯一王号をも賜っている。

勝つだろうな。

漠然と、そう思った。


「シディ、太后の策を教えようか」

「司令殿、もったいぶらないでください」

「わかったわかった」

シウゴーの下にいた時からずっと使っていた副官だ。

優秀で、十数年前には北宋の将軍を捕えたりもしている。

「お前なら、遼軍をどう動かして開封まで攻める」

シディが考え込む。

「各地の城を一つずつ陥としてゆっくり国力を奪って行く、まあ力押しですね」

「ふむ」

「なんですか」

「面白くないな」

「なぜです」

「なぜ宋軍が籠る城をゆっくり陥とすのだ」

シディが閃いたらしい。

「まさか、無視して」

「そうだ」

「兵站はどうするんですか」

「殿下は勝手な略奪を禁ずるとしか言っていない」

シディが破顔した。

「では、行きますか」

「勝とう」

シラ・タランは遼軍二十万を眺めた。


「急報!瀛州が包囲!また定州が迂回されたようです!」

「迂回、だと?」

「留守部隊はあるようです」

寇準は疑問を感じた。

「背後を突かせられないのか」

「残念ながら、総指揮の王超殿は望都に援軍を送るのが精一杯と」

「あの馬鹿者」

悪態を吐く事しか出来ない。

「鎮州、高陽関とともに防衛戦を築き、遼軍の兵站を切断するように」

「はっ」

まさか大軍で効果的に城を無視しながら進軍するとは。

「陛下に参謁する」

従者に言った。


趙徳昌は怯えていた。

「宰相よ。遼軍はどこまで来るのか」

「徳清軍、望都が陥ちれば、確実に澶州までは来るでしょう」

「澶州が陥ちる、となると」

「我々は遷都ですね」

寇準がさらりと言う。

いつもこの宰相は信じていいのか疑わしくなる。

「幸いなことに澶州には黄河があるので、そこで止めて講和させます」

「大丈夫か」

「現時点では」

いかにも信じがたいが、ここは堪える時だ。

皇太子だった兄は結局、従兄弟の八王を父が自殺させたのか若死にしてしまった。

次の兄も死んでしまったのでめぐり合わせで自分がなってしまった。

そんな器はないとは思っているが、ひとまずはやるしかない。

それが、帝の使命だからだ。

誰にもここを動かせはしない。

たとえ遼であろうと。


王継忠は信じていた。

「王超殿がすぐ来る!それまで持ち堪えろ!」

もう五十回は遼軍を退けていたのに、大軍が防げども防げども出てくるのでさすがに軍が疲れ始めていた。

さすがに一万五千を保持しているといえども十五万に相対すると援軍がなければ絶望的である。

「連弩放て!床子弩発射用意!」

襲いかかる騎馬を弓でいなすのが精一杯である。

連弩は連続して弓を放つ兵器で、床子弩は槍のような大きい矢を発射できるえげつない兵器である。

床子弩は数は少ないので大事に使うしかない。

なにしろ牛を使って弦を引くのである。

恐ろしい威力だ。

「王継忠殿!王超殿より伝令です」

「なんだ!」

「援軍を送ろうと努力したが、自軍の多大な損害が予想されるため撤退するとのことです」

「なんだと」

ここは遮るもののない平原である。

援軍を頼みにして野戦に持ち込んだのに、ほぼ包囲されてるので野戦で援兵が来ないとわかった時点で撤退もできない。

だからと言って降伏すれば、宋への信義を問われる。

使者の胸ぐらを掴んだ。

「本当か!お前は敵の間者ではないのか」

「いえ、本当に違います」

目が本当だった。

脱力する。

「殿、突破するしか」

副官が言う。

「いや、ここは少しでも遼軍を足止めするしかない」

「それは、つまり」

「全滅だ」

副官が膝を落とした。

「全軍に伝えてこい」

「はっ」

「宋のために、全滅すると!」


シラ・タランは驚嘆していた。

帝が言う。

「宋軍は援兵が来ないとわかってもこんな戦を見せるのか」

もう数百人、いや騎馬と歩兵合わせても数十人しか残っていない。

「降伏勧告はできないのか。我が軍に加えたいぞ」

晋王・韓徳譲が言った。

「昨日からずっとしているのですが、聞き入れません」

「そうか」

韓徳譲はまた必死に両軍の猛攻を防ぐ宋軍を眺めた。

「シラ・タラン。お前が行きなさい」

太后が言った。

「なぜですか」

「大将同士が話し合うべきです」

もう口答えはさせないというのを太后が目で言ってきたので、シラ・タランは騎乗した。

たとえ足止め目的の全滅でもこうも奮戦するのか、宋軍は。

遼にもそんな兵はいるかと考えた時、そんな自信はない。

「世界は広いな」

シラ・タランは疾駆し始めた。


「王継忠殿!」

呼ばれた。

「なんだ!」

もう歩兵はいない。

騎馬ももう十数騎しかいないので、ここで死ぬほかない。

「もう貴軍は負けだ。降伏しないか」

ここまで減ったのか。

今更そう思った。

「無理だ」

「なぜそうも戦い続ける」

「生きている限り、負けではない」

向こうの将が笑った。

「私は遼の総大将、シラ・タランだ。俺に免じて一騎打ちしてくれないか。貴公の部下はもう戦えんぞ」

部下を見る。

生気がなかった。

「いいだろう」

王継忠は短剣を捨てた。

長槍を構える。

体が傷だらけだ。

「行くぞ」

シラ・タランが雄叫びを上げる。

駆け出す。

馳せ違った。

肩を斬ったか。

いやかすっただけだ。

足をわずかに斬られた。

馬首を回す。

もう一度駆け出した。

さっきはとんでもない力だった。

斬られるかもしれない。

槍を両手で持って薙ぐ。

「ぐあっ」

脇腹を削られた。

意識が飛ぶ。

王超の野郎。

俺は精一杯、生ききったな。

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