遊牧史 Ⅱ 澶淵に盟す
最終エピソード掲載日:2026/02/17
916年、契丹(キタイ)のアーバキー(耶律阿保機)は草原の諸部族を統一し、遼を建国した。『いつか中華を屈服させる』という野望を胸に、彼らは南を目指した。
しかし954年、後周の柴栄は高平で北漢と遼の連合軍を破り、統一への道を歩み始めた。
979年、高梁河で後周を継いだ宋の太宗を破り、986年、岐溝関で再び宋軍を撃破した。宋は恐怖し、遼は驕った。
しかし時代は変わる。1004年、遼の聖宗と蕭太后は大軍を率いて南下し、宋の都に迫った。宋の真宗は逃げようとしたが、宰相・寇準に説得され、澶州へ向かう。
草原の覇者と中華の皇帝が、ついに対峙する——。
※事前告知は突厥の北斉遠征としていましたが、諸事情により差し替えました。
楽しみにしておられた方、申し訳ありません。
しかし954年、後周の柴栄は高平で北漢と遼の連合軍を破り、統一への道を歩み始めた。
979年、高梁河で後周を継いだ宋の太宗を破り、986年、岐溝関で再び宋軍を撃破した。宋は恐怖し、遼は驕った。
しかし時代は変わる。1004年、遼の聖宗と蕭太后は大軍を率いて南下し、宋の都に迫った。宋の真宗は逃げようとしたが、宰相・寇準に説得され、澶州へ向かう。
草原の覇者と中華の皇帝が、ついに対峙する——。
※事前告知は突厥の北斉遠征としていましたが、諸事情により差し替えました。
楽しみにしておられた方、申し訳ありません。