case3 次男王子はワルモノ
ソーヤ次期准太子(16)の独白
僕の父はこの国の王太子だ。祖父は国王。
僕は次男で、ゆくゆく父が国王となった際には、王太子に次ぐ「准太子」となることが決まっている。これは兄に万が一があった場合、僕が王太子になることが決まっている、という立場だ。
こんなことまで決めるくらい、我が一族は子供がなかなか成長せず夭折してしまう。多産であるのに成人が少ないのは、血が濃すぎるからだと僕は考えている。新しい血を受け入れないと、このまま成長できる子供がいなくなってしまい、緩やかに絶滅する他ないのではと危惧している。とはいえ僕がどうにかできる問題でもないのが歯痒い。
ところで僕には叔父が二人いる。その一人、父である王太子のすぐ下の弟で現在の准太子殿下である叔父は、既に後継となる男子もいて政務にも積極的な一族の重鎮だ。この叔父の子供たち、つまり僕にとってのいとこたち(実際はより複雑な血縁関係だが)とは幼い頃から交流があり、気の置けない仲間として共に成長してきた。
だが、もう一人の叔父である父の二番目の弟ヤソウ殿下、この人物がいけない。婚約者を二度も亡くしたのは気の毒だが、現在の婚約者リーヲが幼すぎるとして随分と蔑ろにしているのだ。
リーヲは准太子殿下の子で、十二歳ながら一族の女性の中でも健康で聡明。健康であることは我が一族では貴重だ。だというのにあの叔父ときたら。僕は呆れた目で叔父を見ていた。
そんな時、僕の婚約者の少女が病を得てしまった。現在八歳で元々あまり体の丈夫な子ではなかった。おそらく長くないだろうとの医師の見立てだった。
まずい。もし婚約者が亡くなれば一族の中で次に年長なのは六歳の女児だ。僕は十六歳。このままでは僕はあの叔父と同じような立場になってしまう。
それで思いついた。それならば、ヤソウ叔父の婚約者のリーヲを叔父からもらおう。どうせ大切にはしていないではないか。あの子ならば健康だし子供の頃から気心が知れているし、好感が持てる。
僕はそれとなく父に相談してみた。だが父の返事は捗々しくなかった。どうやら祖父である国王陛下が、ヤソウ叔父とリーヲの婚姻を強く望んで後押ししているらしいというのだ。
「一体なぜです?」
僕の問いを受けた父上の顔をどう表現すればいいか。怒っているような笑っているような困っているような。だが父の口から具体的な説明は出てこなかった。
「複雑な理由があるが、陛下が強く希望しておられる以上、あの二人の婚約が覆ることはないだろう。諦めなさい」
僕は唇を噛んだ。
いや、諦め切れるものか。
なんとしてもリーヲを叔父の魔の手から取り戻さなければ。
まずはリーヲが叔父を嫌うよう唆そうかと思ったが、すでに十分、あの子は放蕩者の叔父を嫌っていた。「キモチワルイです」などと言っている。生理的に受け付けないなら、憎んでいるよりもさらに強く叔父を拒否するだろうから、順調な滑り出しといえた。
次に僕は叔父への不信感をリーヲにも周囲にも漏らした。特に女性関係。王家に婚外子は数多あれど、婚姻前から婚約者以外と次々と子を設けては捨てていく行動は問題視されているのだ。にもかかわらず祖父である国王陛下がリーヲとこの叔父との婚姻を強く望む理由は一体、なんだろう。
そうしている間にも僕の婚約者の病状はどんどんと悪くなっていく。僕は焦った。
「ソーヤ様、ご気分がすぐれませんの?」
いつものように遊びにきていたリーヲが声をかけてきた。
「ああ、リーヲか……。いや、なんでもないよ。ただ、色々と、ね」
「ご婚約者様のご病状はいかがですか?皆で心配しておりますの」
「いや……。捗々しくなくてね、心配ありがとう」
リーヲは寂しそうに微笑んだ。
「それにしてもお顔の色が。ソーヤ様、ずいぶんとお疲れのご様子。何事かございましたの?」
僕はリーヲを振り返ると、「うっかり」口を滑らせた。
「実は昨日、ヤソウ叔父の種だという赤子を連れた女性が現れてね、ひと騒動だったんだ、っ、いや、失礼した!ヤソウ叔父の婚約者たる君に聞かせる話ではなかった!申し訳ない!」
リーヲは十二歳らしからぬ疲れた表情で苦笑した。
「いいのですよ、ソーヤ様。その女性なら、我が家にも現れましたから」
「……なんだって!?」
「私に婚約者を辞退しろと暴言を吐きまして。追い返しましたのでそちらへ向かったのかもしれません」
「なんて非常識な女性なんだ。いや、それ以上に非常識なのは……」
ヤソウ叔父だ。だが僕は言葉を濁した。
「それにしたって、君に聞かせていい話ではなかった。不快にさせてしまい申し訳ない」
「ふふ、許して差し上げますわ。罪はソーヤ様ではなく私の婚約者にあるのですから」
「全く……、あの叔父は……」
「今に始まったことではございませんが……」
リーヲは遠い目で空を見上げた。
「このようなことが続くと……。一体私のいる意味はなんだろうと考えてしまいますの……。いっそ心などなければいいのにと思うんですのよ」
リーヲの悲壮な表情に、僕は思わず彼女の手をそっと握った。
「リーヲ……。どうか心を強く持って。きっと、なにもかもうまくいく。希望を捨てないで」
「いったいどのような希望が私に残されているのでしょう」
リーヲがすがるような目で僕を見た。僕はひとつ頷くと、ほんの少しリーヲに顔を傾け、声を低めた。
「僕の婚約者は絶望的だろうと医者が断定した。彼女が儚くなれば、次の僕の婚約者は君しかいない。君に婚約者がいない方が好ましいけれど、あの叔父の行状ではむしろ好都合。だから、真っ直ぐ前を向いて、希望を失わず。僕なら、あの叔父なんかよりずっと君を大切にするよ」
僕のささやきにリーヲは驚いた様子だった。僕の言葉に驚いたのか、それとも僕が決定的なことを口にしたという事実に驚いたのか。
「ソーヤ様……、ソーヤ様の婚約者様は私よりもさらに幼いのに、その死を願うような真似を、私にさせないでくださいませ」
はっとしてリーヲを見ると、彼女の瞳には涙が浮かび上がっている。
「リーヲ、リーヲごめん。でも僕の婚約者は、たとえ病が本復したとしても、体が弱いままでは将来の准太子の妻としては不安しかない。僕は君がいい」
リーヲはしばらく黙っていたが、やがて声を絞り出した。
「どう考えたら良いのか、どう感じるべきなのかすらわかりません」
「無理もないことだよ。しばらくは成り行きを見守る他ないと思う」
僕はリーヲの手をそっと包み込んだ。




