case1 殿下はワルモノ
ヤソウ第三王子(27)の独白
俺の家はこの国の王家だ。
俺は国王陛下の三番目の息子だ。本当は五男なんだが、成人する前に他界してしまった兄が二人いた。姉や妹も数人しか成人しなかった。病を抱えている者も多い。俺の一族は多産であるのに病弱だ。
ところで、存命の長兄にも次兄にも子供がいる。これまた山ほど。だがやはり夭折してしまうものが多い。それでも後継は長兄のところに二人、次兄のところには三人もいるので、俺のところに王座が回ってくる可能性は、タチの悪い流行病とか大災害とか大戦争なんかでも起きない限り、まずないはず。おかげで兄たちより気楽な生活を送っている。
ただ一つの不満を除いては。
我が王家は極度の血統至上主義なのだ。だから、一族は皆、血が濃い。もちろん婚外子が大勢いるが、外の血が混じったものは一族の者とは一切認められないので、数に数えられることは決してない。一族の者とは、一族同士の正式な婚姻から生まれた者だけを指すのだ。
そんなわけで、王太子である長兄は従姉妹と、准太子である次兄は叔母と結婚している。叔母と言っても次兄より年下だけれども。
そして二組とも夫婦仲は悪くなさそうだ。後継を量産していると言う意味では。
かく言う俺は御年二十七歳。とっくに結婚していなければならない年齢だが、とにかく我が一族はなかなか成人しない。俺は婚約者と定められた女性を二人、亡くす羽目になった。成人した一族の女性は優先的に兄たちに嫁いだので、俺には釣り合う年齢の一族の女性がいなくなってしまった。十八歳の時だった。
そこで仕方なく、次兄の娘で当時三歳の姪(叔母の娘だから、いとこでもある)が婚約者に選ばれた。
三歳だよ、三歳。
この子の成長を待って結婚して、血を残したり後継者たちの婚姻相手をもうけるのが責務なんだってさ。
繰り返すが当時の俺は十八歳だ。
亡くした二人目の婚約者イリーとはそれなりに交流して、将来の伴侶として親愛の情を持っていた。一つ年上だったイリーも、俺をそのように遇してくれたと思っている。その彼女を亡くしてさほど時間も経っていないのに、三歳のガキと婚約とは。
いい加減ウンザリしていたというのに、初めてその子に会った時、その子供は俺に怯えてギャアギャアと泣き出したのだ。俺はさらにはウンザリ。周りは「まだお小さいのですから……」と俺を宥めたが、その「お小さい子」とやらと婚姻を結ばなければならないと思うと、やっていられない気持ちになった。
「ご一緒に遊んで差し上げてくださいませ」と言われたが、ままごと遊びに付き合う気はないので、土産に持ってきた菓子を置いて早々に引き上げた。それ以来、顔合わせの際には毎度同じ菓子を持参し挨拶程度の会話を済ませるとすぐに帰った。顔合わせの頻度もすぐに落ち、会うのは一族の集会や公式行事の時だけになっていった。
これはまずいと思ったのだろうか。周囲が婚約者との時間をお膳立てをするようになった。ガーデンパーティーだの芸術鑑賞会だので鉢合わせすることが増えた。鬱陶しくて仕方がない。
仕方なく挨拶してやるのだが、彼女は「元気にしているか」と聞くと「うん」と答える。「頑張りなさい」と頭を撫でてやる。「うん」とまた答える。幼すぎて会話にもならない。
そうやって婚約が結ばれてから九年が経った。
彼女の答が「うん」から「はい」になり、「元気です」「恙無く過ごしております」などと言うようになってきた。とはいえ未だに十二歳。婚姻まで少なくとも三年はある。おかげで俺は、いつでも不機嫌だ。
「俺は可哀想な男だとは思わないか」
とあるパーティーで俺にしなだれかかる女の髪を弄びながら俺は愚痴をこぼした。この女は最近、俺がその妖艶な容姿と賢い言動が気に入って連れ歩いている女だ。
「あの子供まで死なれたら、俺は三人も婚約者を亡くす羽目になるから、仕方ないから大切にしているさ。だが、いつまでたっても子供のままだ。まだ十二歳だから仕方ないけど、本当にやっていられない。俺は本来なら、とっくに結婚して子も何人もいるべき年齢だというのに」
「あらヤソウ殿下ったら、貴方のお子様ならすでに何人かおいでと聞いておりますわよ」
女が驚いたように言う。
「俺が言うのは一族の子供ということだ」
「冷たいお方。子まで成した女性方が泣きますわよ」
「我らの掟を承知している者でなければ、我らには近寄らせない。覚悟がない者はそもそも近付かない。お前はどうかな」
「そうですわねぇ……」
女は考えるフリをしている。コイツの答はわかっている。
「ヤソウ殿下は魅力的な方ですが、私、ひとときの慰み者になるつもりはございませんの。人生は長いですわ。今、殿下との子を成すような関係になれたとしても、そのうち私も殿下に飽きられて捨てられてしまうでしょう?それからの時間の方がずっとずっと長いのですから、このひとときのために人生の全てを台無しにするつもりはありませんわ」
俺は薄く笑った。想定通りの答だ。
「それが賢い女のすることだな。惜しい女だが俺にも責任は取れないのでね。お前がどこぞに嫁に行き、婚家で後継の数人も産んだ後なら、お相手願うことにしよう」
「悪い方ね!」
女はコロコロと笑った。
「引き際をわきまえている女は気持ちがいいな。お前はいい女だ。あの子供がお前くらいわきまえていれば、俺も苦労することはないのに。そもそもイリーが存命なら、あんな子供と縁すらなかったろうに」
「……イリー様とはご婚姻が間近だったと伺っております。お気の毒でした」
俺は大きくため息をついた。
「俺だって気の毒だ。そうだろう?」
女は複雑な表情を扇で隠した。
久しぶりに王城の広間で婚約者のガキに会い、周囲から交流を勧められたが、面倒すぎてイライラした。侍従やら侍女らに伴われ、ガキと共に温室に入ったが、長居するつもりはない。広い温室内には他にも来客があったようで、そこここに人がまばらに茶など飲んでいたが、俺は腰掛けもせず自分の茶を断ると、ガキに言ってやった。
「ここで好きなデザートでも食っていろ。しばらくしてから兄上たちの元に戻るんだ」
ガキは静かに立ち上がった。
「どちらへ?」
立ち去ろうとしていた俺は足を止めた。
「子供には関係ない」
ガキは反抗的に俺をにらんだ。
「私との交流はどうなさるのです」
「必要ないだろう」
「…どう言う意味です?」
俺は舌打ちを隠さなかった。これだからガキは。
「お前との交流など必要ないと言っているんだ」
「……婚約者同士の交流なのに?」
口答えするガキに俺は苛立ち、机を拳で打ちつけた。
「何が婚約者同士だ。お前が俺に相応しいとでも言うつもりか。弁えろ、お前が俺に相応しいなど、婚約が決まってから一度も思ったことなどない!」
俺の大声にも、ガキはびくともしなかった。
「私との交流は必要ない、婚約者と思ってはいないと。つまりそれは、私という婚約者が必要ないということですのね。婚約破棄でもご希望ということでよろしいでしょうか」
「……なにを言っているんだ、不遜な」
「あら、そういうことではありませんの?婚約者として認めない、婚約者として交流するつもりはない、つまり私を婚約者から外したいとのご意志かと思いましたの」
「……それは」
「だって私が邪魔なのでしょう?私を邪魔に思う方のところに嫁ぐ方が不遜かと存じます。違うのですか?」
「ガキが、自分が何を言っているのかわかっているのか」
「ええ、何を言っているのかはっきりとわかっております。それに、お忘れかもしれませんが、私にはリーヲという名前がございますのよ」
「名前がなんだろうと、お前がいつまで経ってもガキなのには変わりがない!一体いつになったら大人になるんだ、俺はいつまで待たされるんだ、このガキが!」
俺があらん限りの声で怒鳴っても、ガキは冷たく見返すだけだった。大人の男を怖がることもできないほどに子供なのだ。周りを見てみろ、妙齢の令嬢やご婦人方なら皆、怯えた目で俺を見ているではないか。
「ガキなのはどちらでしょう」
「……なんだと!?」
「そんなに一族の責務を果たすのがお嫌なら、継承権の辞退でも出奔でもなさればよろしいでしょう。一族の碌を食みながらも大した貢献をしているわけでもない貴方が、せめてできることは一族の血を残すことくらいなのに、そんな態度でいいとでも思っておいでなの?腹を括って覚悟を決めた私より、ずっとガキですわよ」
俺は怒りで目の前が真っ赤になる気がした。幼い頃から周囲に憐憫の目で見られ、それがだんだんと蔑みに変わっていくのを眺めながら、ずっと我慢してきた。兄たちとの格差も。次々と据えられる婚約者も。亡くした婚約者たちにも。そしてイリー。
このガキはガキのくせして、周囲の大人たちと同じ顔をして俺を見ている。
俺は激昂した。こんなガキに馬鹿にされるだなんて。
「……いい度胸だ、思い知らせてやる。お前こそ、一族の子を産むしか役に立たないくせに。だがそれも今日で終わりだな。婚約など破棄だ!」
周囲にいた者たちがどよめいた。侍従が真っ青になって駆け寄ってくる。
「わ、若君、お戯れを、ご酒でも召されましたか」
「俺は一滴も飲んでない!そもそもこんな歳になっても若君なんて呼ばれないといけないのは、未婚でこんなガキの成長を待たないといけないからだ!もうたくさんだ!俺はちゃんとした大人の女と結婚する!」
周囲から悲鳴が上がった。狼狽する奴らを見回してやると、久々に胸がすく思いがした。
だが肝心のガキは、静かにこちらを見返している。
「本当にそれでよろしいのですね?」
ガキの静かな物腰に、俺は怒りのあまり眩暈がしそうだった。
「侮辱するのか!二言があるとでも言いたいか!お前との婚約など破棄すると言っている!」
「剣に誓って?」
ガキはそれでも言い募った。剣の誓いは絶対だ。それは、破ったらその剣で貫かれることを意味する。そこまでできまいとでも言いたいのだろうか。馬鹿にするな。
俺は腰の剣を抜くとガキに突きつけた。
「誓ってやるとも!お前との婚約は、今この場で破棄する!」
俺があらん限りの声で叫ぶと、ガキは扇を取り出して顔の前で広げた。だが。
その一瞬、ニンマリと笑う顔が見えてしまった。
「何をしている!」
衝撃を受けた俺が固まったままでいると、温室に数人が押し入ってきた。
「お前!私の娘に!自らの婚約者になにをしているのだ!」
怒鳴って俺とガキの間に入ったのは次兄だった。その横には王である長兄もいる。俺はハッとしてガキに突きつけている剣と、それを握る自分の手を見た。王城内で剣を抜くのは、温室内といえども許されていない。慌てて剣をおさめ膝をついて恭順の礼をとる。
「お父様。私、殿下から婚約破棄を申し渡されましたの。私と添うことは決してないと、剣の誓いを立てられたのですよ」
跪いた俺の頭の上に、ガキの声が落ちてきた。
「……は?」
次兄は顎を落としたが、すぐに俺に向かってゆっくりと振り向いた。恐る恐る顔を上げた俺が見上げたそれは、鬼の形相だった。
「准太子」は作者の造語で王太子を継ぐ立場の者を指す言葉です。よろしくお願いいたします。




