世界の果てから
揺れる心をトウタはもう隠せずにいる。
帰れるなら、帰りたい。
でも、本当にいいのだろうか。二人を差し置いて、帰っても。
そう思うトウタを知り目に、ケイとチカは地上を見下ろす。
ほぼ出来上がりつつある新しい世界は、色づき緑ある大地に変わっていた。
「もう時間が無いな。そろそろ行けよ」
「ほらほら、早く!」
「待って、僕は、まだ!」
急かすケイとチカに、たくさんたくさん伝えたいことがあった。
なのに、トウタの口から言葉が出てこない。
きっと、これが最期の言葉を交わす機会だろう。もっとなにか、伝えるべきことがあるはずなのに。
刻一刻と近づいてくる別れの足音に、トウタはこのまま流される訳には行かないと思った。
なにか言えること、きっとそれは……。
ごめんね、よりも。
「ありがとう。ケイ、チカ! …………それから…………行ってきます」
トウタと共に存在の消滅よりも、人間として生きて欲しいと願ってくれたこと。自分たちよりも、思ってくれたことをずっと忘れない。
一生、思い続けるとトウタはその言葉に込めた。
名残惜しそうにケイの、チカの手が離れていく。その指先が完全に離れるその時まで、ぬくもりを、決して忘れない。トウタは忘れはしないだろう。
トウタはゆっくりと地上へ降りていく。ケイとチカの姿がだんだん小さくなる。
その瞬間まで、二人は笑顔だった。太陽に負けないような、綺麗な笑顔で。
その顔をトウタは目に焼き付けて、手を振った。
「またね、兄さん」
「またねー!」
ケイとチカの声が小さくなる。その最後までトウタは聞き逃さないと、耳を澄ませ続けた。
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雨、だろうか。
ぽたぽたとトウタの頬に雫が落ちては流れる気がした。
それはとめどなく、流れ落ちトウタを濡らしていく。
なんだろう、とトウタはゆるゆると目を開く。
ぼんやりとした視界の中、自分を覗き込む何人かの人影が見えた。
「トウタ!! トウタ!!」
名前を呼ぶその声に我に返る。急に起こした体に、トウタはその両手をまじまじと見つめる。
ちゃんとそこに、トウタの体は有る。透明でもなく、薄れもてもなく、ちゃんと握りしめられる手があった。
ケイとチカがくれた、トウタだった。
「ケイ、チカ……!」
空を見上げると、そこには雲ひとつない青い空。目の前に広がるのは緑の大地。
かつて地球にあっただろう、もう現実では失われてしまった、その大地にトウタは存在していた。
「大丈夫……? どこか具合悪いところ、ない?」
「あぁ、うん。大丈夫……」
「そう、良かった」
安心したように座り込むヒカリの涙はとても綺麗だった。トウタは濡れた頬を触る。それは、人の温かさの象徴のようだ、とトウタは思った。
「ばか、トウタ。自分が何したか、分かってんのか」
「いたっ!」
ごちん、とトウタの頭に衝撃が走る。
じんわりと痛みにトウタの目が緩む。すぐにショウにげんこつを食らわされたのだと、気づいた。
震えるショウの拳が、トウタがどれだけ
ショウに心配をかけたのかを物語っているようだった。
「ごめん……ごめんね、ショウ」
後悔はしないつもりだった。
だけど、こんなショウを見てしまったらトウタの心に後悔が浮かぶ。
ただ、謝るしか出来ないトウタにショウはもう一度、頭を叩いた。
けれど、ゲンコツではなく軽く手で叩く程度だった。
「本当だよ、バカ……!」
それだけいうと、ショウはくるりとトウタに背を向けて歩き出してしまった。
「え、ちょっと待って」
引き留めようとしたトウタの手が宙を切る。
すたすたと歩き出したショウの背中を、ヒカリが追いかける。
一瞬振り返ったヒカリは、大丈夫、と声に出さずに言った。
多分、ショウは見られたくなかったんだろうと思った。
ショウのその肩が、耐えるように小さく震えていたのを、トウタは見て見ぬふりをした。
「ほら、立って」
いつの間にかサクラがトウタの正面に立ち、手を差し出していた。その手をトウタは取ると、力強くサクラが引っ張る。
ふらつきながらも立ち上がったトウタは、改めて世界を見回した。
それはトウタが存在をかけて創ろうとし、ケイとチカが完成させた世界。あまりにも綺麗で、温かいAIたちが創り出したもの。
「ケイとチカが言ってたわ。兄さんの力になるから、サクラは最後まで見ててくれって」
本当、勝手よね、とサクラはため息を吐く。
「いろいろ、私だって言いたいことがあるんだから付き合いなさい」
そう言ってサクラはトウタの肩に腕を回す。回された腕はもう離さない、と言うようにきつく回されていた。
「分かってるよ、全部聞くよ」
トウタは全部聞くつもりで頷く。
叱責だって、自分を思ってのことだろうとトウタだって分かっている。
だからこそ、全て聞いて受け止めたかった。
人として彼らと関わるために。ケイとチカに恥じないように。
「二人とも、何してるのー!?」
「置いていくからな……!」
少し前を歩いていたショウとヒカリが、こちらを振り返ってトウタたちを呼ぶ。
「待ってー、すぐ行くー! ほら、トウタ行くよ」
「うん!」
トウタはサクラと共に歩き出す。
残された時間は長くないだろう世界で、トウタは生きていく。




