全部、貰うよ
「ケイ、まさか……?」
チカの元から離れ立つケイの背に、声が届く。
震える声にケイが振り返ると、チカが目が僅かに潤んでいた。
「兄さんを、斬るの……?」
力無く座り込んだチカが、ケイに問いかけてくる。
ケイはあぁ、と小さく答えてトウタを見た。
今だなおトウタは泣き叫びながら、刀を地面に深く突き刺していた。地面の穴はだんだん広がり、サクラをも飲み込もうとしていた。
それさえも気づかないほど、トウタの意識はまるでないように見えた。
サクラと言う相棒を失い、暴走するトウタをなんとしてでもケイは止めなくてはいけない。どんな、手段を用いたとしても。
「兄さんの記憶を切り離す。それしか方法は無い」
刀の力を使い、トウタの記憶領域を改ざんする。
ただ、記憶をデリートすることは出来ない。トウタの中には今まで積み重なってきた膨大な情報がある。
その情報を消すのは今までの血の滲むような努力を踏みにじることになる。
ケイはそれだけは避けたかった。
だから、消すのではなく切り離す選択をする。
「行ってくる」
短くチカに告げると、ケイはトウタの元へ駆け出した。刀を両手で強く握り、穴の縁で強く飛び上がる。
「こっちを見ろ、兄さんっ!!!!!!」
握りしめた刀が青白く煌めく。その強い光に惹かれるように、トウタもこちらを見た。
眩しかったのか細められた目から大粒の涙が零れる。その涙さえも綺麗だと思った。
自分には無いもの、それだけでケイは目が焼かれそうになった。
トウタは人と相棒になったから、心を知れたのだろうか。それとも持てたのだろうか?
自分も人だったなら、心を知り持つことが出来たのだろうか?
そんな馬鹿げたことを考えるくらいに、ケイは涙というものが欲しくなった。
「でも、ごめん……! 兄さん!」
それでも、欲しいと思ったものを奪うことになる。
例え、ケイの手に入らなくても。永遠に失われるかもしれなくても。
向けた刃がトウタの胸に迫る。その一瞬、トウタがケイを迎え入れるように両手を広げた。
「…………………………なっ!?」
ケイは全体重をかけるように向けた刃が、トウタの胸に突き刺さる。
勢いに任せ振るったケイの刃が、深々と突き刺さる感触が手に伝わってくる。
自分たちはAI。プログラムされた者。質量も無いはずで、虚構の世界に生きている。
けれど、ケイはその突き刺さる重さを忘れることは無いだろう。
「兄さん、許せ………………! 情報分離!」
「…………ぐぁっ…………!」
地面に着地したケイは叫ぶと、トウタの体に青白い稲妻が入る。
その電気信号は、トウタの記憶そのものの光だった。トウタの中から消えていく記憶は、代わりにケイの中へ流れ込む。
今まで過ごしてきた、トウタとサクラの思い出と言える日々。
お互いを思いやり、手を取り合う姿は人とAIを超えた絆だ。
ああ、だからこんなにも苦しいのかと、ケイは理解した。こんなに綺麗ならば、失いたくないと思ってしまうだろう。
だって、現に自分は体験していないのに、こんなにも大事だって思ってしまうから。
だからこそ。
抱き止められるようにトウタに抱きしめられたまま、更に力を込める。
「この記憶は全部貰うよ。だから、もう苦しまないし、この世界を壊すことはない。兄さんはAIじゃなくて人として生きて!」
ぐ、と足を踏みしめ、刀に力を込める。
トウタの記憶を全て取り込むため、一滴残さず絞り尽くすように。
読み取る記憶の波に翻弄されながら、全ての記憶を読み取る寸前、トウタがケイの肩に触れた。
「…………ケイ、ごめん……」
「……………………!」
トウタとケイの目と目が合う。
それは一瞬だった。ほぼ、意識を失いかけているトウタの口からこぼれたのは、ケイへの謝罪だった。
「な…………んで」
咄嗟にケイは刀から手を離す。
支えを失ったトウタの体が、ゆらりと傾きそのまま逆らわずに地面へ倒れた。




