ひとりとひとり
「あなたの名前はトウタよ」
嬉しそうな声がそう自分の名前を呼んだ。
それはトウタの母親と呼ぶべき人物。その人物は唯一現実世界に生き残っている科学者のひとりだ。
触れ合うことは出来ない。直接触れることは物理的に叶わなかった。
現実と仮想の壁は厚い。けれど、トウタはそれでも良かった。
愛おしそうに、自分の名を呼ぶ人がいるからそれで良かった。
「トウタ、僕の名前…………」
噛み締めるように、トウタはトウタの名前を口にする。
まるで、自分自身に染み込ませるような行為だった。
「そうよ、上手」
その名前がトウタの元になった人物の名前だとしても。
ただそう呼んだ人は、トウタを愛おしそうに話しかけてくる。
それがたまらなく嬉しくて、トウタはくすぐったかった。
(それがトウタの代わりだとしても)
生まれた時はよく覚えている。
トウタを設計した人物が、トウタに言ったのだ。
──あなたは私の、死んだ子供の記憶を持ってるの。だから今日からあなたはトウタ。私の、子供。
そして。
──ここ、仮想空間でなら、私の子供は生きていられる。現実世界で死んでしまっていても、仮想空間でなら生きていられるから。
そう言った母親は、呆気なく死んでしまった。現実世界で過酷な環境に耐えられなかったのだ。
終焉が決まってしまった世界の、人類の最後のあがきの始まりだった。
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「トウタ、何ぼんやりして……あ、考えていたこと当ててあげる」
ぼんやりとしていたトウタの意識が浮上する。
目の前のサクラが、じとりとトウタの顔を見ていた。いたずらっ子のように、不敵な笑みを浮かべて口を尖らせる。
「自分が作られた存在だって、AIだってこと思い出してたんでしょ? もう…………それ考えるのやめなよって言ったじゃない」
ぷっくりと頬を膨らませたサクラに、トウタは一言ごめんとつぶやく。
(僕は、作られたプログラムだ……)
もう既に手遅れなほど、人類の人口は減っていた。
だから、生きている人間は死んでしまった大切な人の記憶を引き継がせたAIを作り出した。
「だーかーらー、それがだめなんだって。私はトウタが何であろうとここに居るなら人間と変わらないって思ってるよ。それに、私たち相棒でしょ」
不意にトウタの手を、サクラが握る。
現実世界でなかろうと、その手は温かかった。
仮想空間に存在しているもの同士なら、こうして触れ合うことが出来た。
「トウタの手だって温かいよ。私はあなたがいてくれて嬉しい。じゃなきゃ、私は一人だったのよ」
ぎゅっと握りしめる手が、汗ばんでいる。
現実世界と見紛う仮想空間では、なんでも出来る気がした。




