言ったっていいんだ
その建物は昔海に浮かんでいたであろう小さな建物だった。六角形に象られた建物は、六面ガラスが嵌め込まれており、大きなガラスドームのようだった。
奇跡的に六面全てのガラスが割れておらず、風や寒さを凌ぐには問題なさそうだ。
トウタは静かにドアノブを捻る。
すると、すんなりと回り開くことが出来た。
足元の氷の塊を足で砕きながら、トウタは中へ入り後をヒカリ、ショウが続く。
中は寒いものの外とは比べ物にならない。密閉された空間は幾分温かさを感じられる。
トウタたちは思い思いに腰を落ち着けると、深い息を吐いた。
(疲れた、な)
一旦腰を落ち着けると、どっとトウタに疲労感が押し寄せる。
足が鉛のように重く、一歩も動ける気がしなかった。
考えても分からないことだらけで、頭が混乱していた。
「一体、何が起こってるんだ……?」
トウタは膝を抱えて蹲る。ぎゅっと閉じた瞼の裏に暗闇が広がる
その闇に身を投じながらトウタは考え込む。
まずは世界の理に反することばかりが起こっているということ。死んだと思った人間が生きていて、記憶を失って人形みたいなものに成り果てた。
それを悠々と行える人間が存在していることも。
現実では起こりえないことが、確かに起こっている。
それはこれは夢なのでは、現実ではないのではという錯覚をトウタに起こさせた。
「大丈夫か」
声を掛けられてはっとトウタは顔を上げた。
そこには片膝を立てて顔を歪めるショウと、トウタと同じように膝を抱えたヒカリがトウタを見つめていた。
「ごめん、なんだかやっぱり、ね」
歯切れ悪くトウタは返事をした。
心の中のモヤモヤは一向に取れなさそうだった。トウタは一人の時間が長すぎて、誰かに自分の気持ちを零すことがよく分からなかった。
今までは自分の中で消化するしか無かった。
だから今も、トウタは何とか気持ちを消化するために、弱々しく笑って見せた。
そんなトウタの姿を見て、ショウは顔を歪めた。
「無理すんな。言いたいことがあるなら言え」
え、とまさかそんな言葉を掛けられるとは思ってもみなかったトウタは、首を傾げた。
続けてヒカリがトウタに言う。
「無理してるでしょ。トウタに出会って間もないけど、それくらい私にだって分かるんだから」
「無理してるの……分かる……?」
トウタの頭にショウとヒカリの言葉が反響する。
(あぁそうか、こんな僕にも心配してくれる人がいるんだ)
今までそんな人、いたかなとトウタは思い返す。
──トウタ!
耳を澄ますと声が聞こえて来るようだった。
(サクラの声だ)
「きっと君も、そんなふうに僕を思ってくれて居たのかなあ」
「何だ?」
「いや、なんでもないよ」
失くしたトウタの記憶が戻ってくるように思えた。サクラとの奪われた記憶が。
その記憶を抱きしめるかのように体を抱きしめながら、トウタは今そばに居るショウとヒカリに思っていることを少しづつ言葉にした。
「…………なるほどな、まあ俺も無力感は感じるぜ。ああなったらどうしようもないってことも嫌というくらいにな」
後ろ手に手を付きショウは天井を見上げた。
視線は一点を見つめ、ずっと遠くを見ているようだった。
「けど、トウタの言う通り俺たちはあの人たちの面倒を見れなかったと思う。限られた物資に、自分たちの面倒を見るので精一杯なんだ。こっちの死期が早まるだけだ」
厳しいことを言うけどな、と言葉にしてショウは黙り込んだ。
ショウの言っていることは正論だ。きっと他の人もそうしていただろう。
それが正しいか間違っているかは別として。
一人悶々と考え込むトウタにヒカリが口を開く。
「どうしようも無かったなんて一言で片付けるのは簡単だけどね。だけど」
ゆっくり立ち上がったヒカリはトウタの隣に座った。
ぴったりとトウタとヒカリの肩が触れ合う。
トウタは伝わる温もりは優しいのに、熱く感じた。
「考え続けるしかないんだと思うよ。答えが出ないなら尚更。トウタのことを誰も責めないし、咎めない。私を含めてね。私もずっと考えるよ。見殺しにしてしまったことも、全部」
ヒカリはトウタの肩に頭を乗せた。
「ひとりで背負わないでよ。私たちも一緒だよ」
うん、とトウタは声にならない声を発した。
きっと、トウタ頑張れば何とか出来たかもしれない思いに苛まれる夜も来るだろう。今のように。
けれど、ヒカリとショウが一緒ならなんとか乗り越えて行けそうな気がした。
「言って良かった」
そう心の底からトウタは思えた。




