緩やかな終わり
足取りは重いが、その分トウタは力を込めて歩き出した。
踏みしめるガラスの破片が、ばりんと音を立てて壊れる。
それはまるで恐怖心を抱いて震える自分自身を踏み越えていくようだとトウタは思った。
やがて薄く開いたシャッターの前にトウタは立った。足元にはぼんやりと蝋燭の光が漏れて揺れていた。
「二人ともなにしてるの……? おいで」
シャッターの向こうから聞こえるその声は、暗く沈んでいるように聞こえた。足がすくんでいても、意を決してトウタはシャッターをくぐった。
(ちゃんと見なくてはいけない。最後まで。僕らに何かを伝えようとしてくれた人なんだから)
トウタはゆっくりと目を開く。その先に何が待ち受けていようと受け止めると決めながら。
しかし、狭い部屋の中を見てトウタは愕然とした。
大きく目を見開き、一点を見つめる。
そこにあったのは全体を覆う赤ではなく、薄汚れた埃が舞う部屋。
争った形跡もなく、トウタたちが初めて訪れた時と同じ光景だった。
なっ、と同じように部屋を見たショウが声を上げて一歩後ずさる。
トウタが驚いたように、ショウも驚いたようだった。
そして、部屋の一番奥で寄り添う老夫婦の姿があった。
肩を寄せて支え合うように座った二人は、にこにこと穏やかな笑みを浮かべる人形のようだった。
「おじいさん、おばあさん、大丈夫ですか?」
ヒカリが心配そうに優しく問いかけるが、にこにこと笑い返すだけだ。
それがおぞましさを伝えているようでトウタは
身震いがした。
「これって……どういうこと……?」
「思い違い、じゃないよな……」
本当に生きているのか確かめたくて、トウタは老夫婦に近寄る。
膝をつきそっと手を伸ばし、老婆と老人の頬に触れる。
ほんのりと伝わる体温が、人形ではないことをトウタに知らせている。
「生きてる…………」
「………………そういえば、この老婆がこうなったのは記憶を失ってからだって言ってたな」
思い出したようにショウが呟いたのを聞いて、トウタは老人との会話を思い出す。老婆は記憶を失い、言葉を失った。
同じ轍を踏まないようにと忠告されたことを。
「てことは、この人も記憶がもうない?」
「かもしれない。記憶もない、自分が誰なのかも分からないのかもしれない……。全てを、失ったんだ。目的も、理由も」
それは、とトウタは再び老夫婦に目をやる。
にこにこと穏やかに佇むふたりは、とても幸せそうに見える。
──人は簡単に死なないよ。
チカの声が、トウタの頭をよぎる。
何故死なないのかはトウタには分からないが、ケイとチカが一枚噛んでいるのは確かだ。
だけど、これは死なないと言えるのだろうか。
何もかもを忘れ、一緒にいるだけ。何もせず、このまま。
訪れる結末はそれは幸せと言えないだろうと、トウタは唇をかみ締めた。
待っているのは、緩やかな死でしかないのだから。




