返せ
ぐ、とトウタは息を飲む。
刺される寸前のところで体を横にひるがえせたのは良かったものの、尖った氷で頬を切った。
赤い血がぽたりと落ちる。
「お前、アイツらの仲間だろ!? それを回収しに来たんだろ!?」
黒髪を後ろで結んだ少年がそう叫ぶ。
年はトウタとあまり変わらないだろうか。大人と子供の狭間にいるであろう少年は、血走った怒気を孕んだ目でトウタを睨みつける。
「ちょっと待って、仲間って? なにがあったんですか」
もちろん、トウタにとってこの少年が何を言っているのか皆目検討もつかなかった。
少年にとって大きな事件があった事だけは察したが。
「嘘をつくな!!!」
ぎりり、とナイフを握る少年の手に力が籠る。
握った拳が真っ白になるほどに。
どうしよう、とトウタは焦りながら考える。
この世界で略奪や争いは日常茶飯事だ。それなりにトウタだって経験している。
「お前たちの仲間がヒカリを連れていったんだろう!? どこに連れていった! 言え!!!」
弾かれるように少年は身を低くして、トウタに突撃してくる。
このままでは埒が明かない。そう考えたトウタは、攻撃をかわそうとして止めた。
迫ってくる少年に手を広げる。
このまま、腕に飛び込んでくるように。
なっ!? と少年の殺気が緩む。その隙に、トウタはその短刀を両手で握る。
「いっ……」
両手に激痛が走る。
しかも、その激痛の中に、激しい痺れが流れた。
「効くだろ、これは人を感電させる電気が流れてる。早く離さないと感電死、焼け焦げるぞ」
その短刀から、白い火花が見える。
熱を持ったその痛みに一瞬力が抜けそうだ。だけど、ここで手を離す訳には行かない。ここで離してしまったら、トウタの腹部に間違いなく刺さる。
勢いを殺せていない以上、手を離せない。
これはトウタの捨て身の行動だった。
「ど、どういうつもりだ……!」
短刀を掴んだまま、トウタと少年はお互い向き合う。今はもう、少年の方が戦意喪失していてトウタの事を信じられない、と言った目で見ていた。
トウタも、もしかしたら今なら言葉が通じるかもと望みをかけて笑いかける。
「君は、多分誤解してるんだと思うんだ? 何があったか分からないけど、僕は君が思ってる人の仲間じゃないよ。だから、話を聞かせて」
ね、と脂汗をかいた顔で笑うと少年はあわあわと慌てふためいたように短刀から手を離す。
「お前、変だよ……」
「へへ、そうかも」
痛みに耐えかねて、トウタの手から短刀が滑り落ちる。血にまみれた短刀がからん、足元に落ちた。