氷の世界で
ざくざくざく、と踏みしめる地面から氷の砕け散る音がする。吐く息は常に白く消える。海も凍りつき、波は一切ない。
かつて人々が集まった高層ビルや遊園地は今は誰もいない。
展望台があるこの場所で一番高いビルは不気味にそびえ立つだけだ。
目の前にある大きな船は凍りついた海に閉じ込められ、ひとつの大きな氷の塊になっていた。
近くの駅だった場所も人影はなく、賑わっていた昔の光景を想像する他ない。
かつて繁栄を極めた人類も、自然現象の前では無力だった。
地球温暖化が叫ばれ、危機感を持ち行動していた人類に襲いかかったのは寒冷化だった。
暑さ、が最大の問題だと思っていた人類は慌てふためいた。
暑さの対策をしていたが、寒さに対することは考えていなかったのだ。
いや、考えていても無駄だったかもしれない。それほど、地球の寒冷化が急速に進んだのだ。
そして地球は見渡す限り全て凍りついた、人類が滅びを待つ世界になった。
「何も……ないなぁ」
そう呟き、トウタの茶色い目につく全てが荒れ果てて、生命の気配すら感じられなことに、ため息をついた。
ざっくばらんに短く切りそろえられた髪を、冷たい風が撫でていく。大きなリュックを背負い直し、宛もなく進む。
昔、この場所は人で賑わっていた。
駅は人々で常に賑わい、遊園地やショッピングを楽しんでいたのだ。
トウタもそのうちの一人だった。幼い頃から通い慣れたこの場所が段々と廃れ、荒んでいく様はとても辛いものだった。
こんなになってもここを離れられなかったのは
、故郷を捨てられなかったにほかならない。
「さむい……」
零れる言葉は白くなって消える。
いくら防寒着を着てるとはいえ、寒さは身に堪える。
白のファー付きコートは、かなり古く着倒していた。あちこち破れては騙し騙し着ていたため、継ぎ接ぎだらけだ。
それでも着ないよりはマシ、と言えた。
この街を一人、氷の結晶を踏みしめながら歩く。
ほぼさ迷いながら、過去の遺跡に成り果てた一帯を食料や衣類などの生活必需品を探した。
「あれ、なんだ……?」
駅から少し離れ、海のそばにある美術館の前までやって来た時、黒い何かが目に付いた。
恐る恐る近づくと、今の時代珍しい真新しい黒いコートだった。少し細身、女性ものだろうか。
手に取って何かないかと探る。が、特にこれといったものは入っておらず、辺りにもこのコートの持ち主らしき人はいない。
「ごめんなさい、貰い、ますね」
トウタは寒さを凌ぐため、生きるためにそのコートを着ようとした時。
「ヒカリを、返せ!!!」
崩れかけた柱から、殺気が飛び出してきた。
その手には、キラリと煌めく短刀が握られていて、トウタ目掛けて振り下ろされた。