第4話 ──おっさん、魔族の子を拾う
第4話 ──おっさん、魔族の子を拾う
朝のギルドはいつもざわついているが、今日の空気はどこかぴりついていた。
「……あの子、また来てるよ」
「魔族だろ? なんでギルドに?」
「危ねぇよな。ああいうの、いつ暴れるかわかったもんじゃない」
陰口は小さくとも、耳に刺さる。
ギルドの裏口。俺の横にちょこんと座るミィは、ぼんやりと空を見上げていた。
「おい、気にするな。腹減ってるか?」
「うん……でも、だいじょーぶ……」
干しリンゴを差し出すと、ミィはそれを両手で包み込むように持ち、ちびちびとかじる。
小さな牙が時折のぞく。だがそれは、どこか子犬じみた無邪気さを帯びていた。
「……マツさん」
背後から、リアの声。振り返ると、彼女の顔には戸惑いが浮かんでいた。
「その子……このままじゃ、まずいかもしれません」
「知ってる。わかってる」
リアはギルドの規則を読み上げるように言った。
「ギルドの保護下にない魔族は、原則として滞在禁止です。……目をつけられる前に、対処した方が……」
それが“普通”だ。異世界の常識。魔族は敵。村を焼き、人を喰らい、混沌の象徴とされる。
けれど――
「……なら、俺が保証人になる。生活スキル持ちの冒険者として、ギルド登録してる。名も顔も、残ってる」
「えっ……でも、それって――」
「この子に、殺意はない。少なくとも、俺が出会ってから一度も見せてない」
リアは口をつぐんだ。長い沈黙の後、ただ一言だけ呟く。
「……記録に残しておきますね。責任、背負うことになりますよ」
「背負い慣れてるさ。職場でも、家庭でもな」
「え?」
「いや、気にするな。こっちの話だ」
◇ ◇ ◇
その日の午後、ベアトリスの鍛冶場を手伝っていたとき、彼女がずいと顔を近づけてきた。
「……聞いたぜ。おっさん、魔族の子を抱え込んだってな」
「耳が早いな」
「工房街の情報網をなめんな。……で、どうすんの。育てる気か?」
「いや。俺は親じゃない。ただ、しばらく一緒にいるだけだ」
「その“しばらく”がいつまでになるか、あんたもわかってんだろ」
ベアトリスの声は、厳しくもあたたかい。
叱っているのではない。“試して”いるのだ。
「魔族ってだけで追い出すなら、誰かが最初に例外を作らなきゃならん。……俺がやる」
ベアトリスはしばらく俺の顔を見ていたが、やがて大きくため息をついた。
「……しゃーねぇな。工房の片隅、空いてる。夜だけなら、あの子を置いてもいい」
「感謝する」
「礼はいい。火の世話と道具磨き、倍働け」
「了解だ」
それを聞いていたのか、壁の陰からミィがこっそり顔をのぞかせる。
「ここに……いても、いいの……?」
「ああ。ここは安全だ。……炉の灰は食うなよ」
「うん!」
ミィの尻尾がぴょこんと揺れた。
◇ ◇ ◇
夕方、ギルドの休憩室でパンをかじっていると、カイルがずいと隣に腰を下ろした。
「おっさん……いや、マツさんさ。魔族の子、預かるってマジ?」
「ああ。そういうことになった」
「へぇ……ぶっちゃけさ、俺、最初ちょっとビビったよ。でも……あの子、怯えてただけだったな。牙も爪も出してねぇ」
「見てたか」
「見てた。……あんたの背中もな」
パンをちぎって、カイルが笑う。
「俺さ、生活スキルの修行、始めようと思ってさ。道具の整備とか、薬草の分類とか。……そしたら、あんたとパーティ組んでも怒らねぇ?」
思わず苦笑が漏れる。
「怒る理由が見つからん」
「よっしゃ! じゃあ、正式に組もうぜ。名前は……“生活職連合”とかどうだ?」
「ダサい」
「じゃ、“地味パーティ”?」
「……もっとダサい」
ミィがくすっと笑った。その笑顔に、小さな牙がのぞいていた。
◇ ◇ ◇
ギルドには、今日もいろんな依頼が貼られている。
討伐、護衛、探索、農業支援、工房補助――
俺は、派手な戦闘スキルも、魔法もない。
だが――だからこそ、できることがある。
「さて……次は、何をやるかね」
俺は掲示板を見上げた。
背中には、経験の重みと、ほんの少しの誇り。
隣には、若造と魔族の子。
老後資金稼ぎの“最後の冒険”は――思ってたより、長くなりそうだ。
(第4話・了)