第3話 ──地味職おじさん、少し目立つ
第3話 ──地味職おじさん、少し目立つ
翌朝、ギルドに顔を出した瞬間、カウンターの空気がわずかに変わった気がした。
ざわ……と、周囲の視線がこちらを向く。
「おーい、マツさん!」
カイルが手を振ってくる。昨日のことがあって、今日はもうちょっと距離を置いてくるかと思いきや、やけに懐いてきていた。
「おはよう。傷は大丈夫か?」
「おう! あんたが塗ってくれたやつ、すげー効いたよ。昨日よりずっと動ける。あの薬草酒ってやつ、すごいな!」
「保存法がな……俺のスキルで防腐と浸透強化してある」
「やっぱ便利だよな、生活スキル。俺も一個くらいほしくなってきた」
カイルは飄々と笑うが、その目の奥には、確かに敬意と信頼が宿っていた。
◇ ◇ ◇
昨日の依頼報告がギルド内で回ったのか、周囲の冒険者たちの視線も少し変わっていた。
かつては「何の役に立つんだ、地味スキル」と言われていた初老の男に、微かに興味を持ち始めているようだった。
そんな中、カウンターで受付嬢リアが言った。
「マツさん、次の依頼をお考えですか? ちょうど、工房街で道具の整備を手伝ってほしいという依頼が入ってます。生活系スキルがある方限定で」
「工房街?」
「鍛冶屋や細工職人の集まるところです。道具の手入れや、炉の掃除なんかが中心ですが……ちょっと気難しい依頼主でして。若い人たちでは手に負えなくて」
なるほど、実績のある地味スキル持ちに声がかかったわけだ。
「受けるよ。体動かすのは慣れてる」
「助かります。紹介状は私から出しておきますね。鍛冶師のベアトリスさんという方です」
◇ ◇ ◇
工房街に向かうと、鍛冶屋の煙と鉄のにおいが漂っていた。
その中でも一際目立つ建物の前で、腕組みした女が待っていた。
「……あんたが、生活スキル持ちのおっさんかい?」
そう言った彼女は、肌を焼いた褐色の女性。金髪を後ろで一つにまとめ、露出の少ない作業着に身を包んでいるが、全体から滲み出る力強さがすごい。
「俺はマツ。よろしく頼む」
「ベアトリスだ。今日一日、炭の仕分けと工具の修繕、あとは炉の温度調整を見てくれ」
「了解。……まずは炉から見せてもらえるか?」
彼女がわずかに目を見張る。
「……へぇ。鍛冶屋仕事、わかってんのかい」
「火を扱うのは、倉庫の現場でも一番気を使う部分だったんでな」
「倉庫……?」
「気にしないでくれ。こっちの話だ」
作業は順調に進んだ。
俺は工具を一本一本点検し、柄のガタつきを修正し、炭の種類を乾燥具合で分別した。
火加減は炉の形を見て最適化し、空気の通りを調整するための石板を追加で設置した。
「……あんた、本当にただの冒険者かい?」
昼を過ぎた頃、ベアトリスが感心したように言った。
「違うかもしれんが、今はそれで食ってる」
「フッ、気に入ったよ。あんたなら、うちの弟子どもより使える」
そのとき、奥のほうでガシャーン!と大きな音がした。
振り返ると、工房の片隅に置かれた木箱がひっくり返されており、その中から灰色の小さな影が転がり出た。
「な、なんだ……?」
「そいつは……ああ、隠れて入り込んでやがったか」
ベアトリスが額を押さえる。
「魔族の子だ。名はミィ。うちに時々、こっそり入り込んでは物陰で寝てやがる」
「魔族……?」
そう言われて見れば、少女のような姿だが、耳が少し長く、尻尾のようなものも見える。
「よぉ、また来たのか」
俺がしゃがんで声をかけると、ミィと呼ばれたその子は、警戒したようにじり……と後ずさった。
「だいじょーぶ、こわくない……?」
か細い声でつぶやいた。
俺は小袋から干しリンゴを一つ差し出すと、ミィはおそるおそるそれを受け取って頬張った。
――小さな命。居場所を求めている。
「こいつ……あんたに懐いてるみたいだな」
「そうかもな。俺、こういうのには慣れててな。昔、職場にも野良猫がいて、昼になると膝に乗ってきてな……」
「……あんた、やっぱりただ者じゃないねぇ」
◇ ◇ ◇
その日以降、ギルドの中で「生活スキルの地味なおっさん」が少しずつ話題に上がるようになった。
カイルは何かと俺にくっついてくるし、ベアトリスからは「暇があったらまた来てくれ」と言われるし――
魔族の子ミィは、ギルドの裏口で俺の帰りを待っているようになった。
「……なんか、意外と賑やかになってきたな」
そう独りごちながら、俺は干し肉をかじる。
地味で、目立たない生活スキル。だが、そんな俺でも誰かの役に立てるなら――
この異世界での老後、悪くないかもしれない。
(第3話・了)