第7話──おっさん、ミィを疑う者に怒る
第7話──おっさん、ミィを疑う者に怒る
「すまねぇなあ、マツさん。こんな面倒な依頼で……」
俺たちは、小さな山間の村に来ていた。
人口五十にも満たない、静かな場所だが、最近になって――
「物資が、盗まれているんだ」
村長の老人が、深いため息と共に告げた。
「盗まれたのは? 金品?」
「いや、食糧と薬草が主だな。高く売れるものではないが、命に関わる」
地味だが、切実な問題だった。
「……で、いつからだ?」
「二週間ほど前からだ。最初は紛失と思っていたが、保管場所を変えても消える。誰かが意図的に持ち出している」
「鍵のかかった倉庫に?」
「ああ」
俺は唇を引き結び、ミィの方を見た。
小さな彼女は村の子供たちに混じって遊んでいたが、周囲の大人たちの目は――決して温かくはなかった。
「魔族がいるからじゃないか」
誰かが小さく囁く。
「奴らは人間のものを盗む」
別の誰かが続ける。
ミィの耳が、ぴくりと動いた。
「……ねぇ、マツ。ミィが、わるいの?」
「違う。違うぞ、ミィ」
俺は彼女の肩に手を置き、はっきり言った。
「お前は、俺が選んだ仲間だ。疑われて、黙ってるつもりはない」
俺の目を見たミィは、しばらく黙ってから、こくりと頷いた。
◇ ◇ ◇
俺たちは村の倉庫を調べた。
鍵は外されていない。だが、室内の収納箱のひとつが、微妙にずれていた。
カイルが目を凝らす。
「おっさん、床に変な擦れ跡があります」
「見つけたか。罠仕掛けるぞ」
俺は生活スキル《足跡察知》《物品整理》《隠し設置》を使い、床にわずかな“砂糖の粉末”を撒いた。
「甘い匂いで、動物系犯人にも効く。あとは、《繊維糊》で罠の検知線を仕掛けておく」
「凝ってるっすね……」
「倉庫仕事は、こういうのが基本だった」
◇ ◇ ◇
夜。
「誰か、倉庫の前にいる!」
村人の叫びで飛び出すと、倉庫の扉がわずかに開いていた。
中に飛び込んだ俺たちは、動きを止めた。
「……お前か」
そこにいたのは、村の若者だった。
腰を落とし、薬草の束を袋に詰めていた。
「ち……チッ……なんでバレた! 鍵は開けてないのに!」
「お前の靴底に、甘い粉が付いてる。倉庫の前に撒いてたんだ。罠にかかったのさ」
「……! くそ、なんで、こんな地味な方法で……!」
若者は力なく崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
「……妹が、病気なんだ。薬が買えなかった。村長に相談したが、備蓄は手をつけるなって言われて」
しばらくして、若者はそう語った。
「……だからって、盗んでいい理由にはならねぇ」
カイルが渋い顔で言う。
「ただ……誰かが助けてやるべきだったよな。黙って耐えるしかない、なんておかしい」
「……ああ。次は、お前が謝って、ちゃんと頼る番だ」
俺は静かに告げた。
ミィは黙って、少し距離を取っていた。
けれど、俺の目を見て、ぽつりと言った。
「……ミィ、なにも、してないのに、きらわれたの。こわかったの」
「……怖いのは、悪意を向けられることだ。
でも、守るのは、俺の仕事だ。ミィは、堂々としていろ」
ミィは、少しだけ目を見開いて、それから――
「……はい、の!」
小さく笑った。
◇ ◇ ◇
翌日。村を出発する俺たちを、村人たちは静かに見送った。
最初のような視線は、そこにはなかった。
「おっさん、ほんとに怒ってたな」
カイルが肩をすくめる。
「あの声、初めて聞いたっすよ。めっちゃ怖かった」
「……自分の娘が傷つけられたら、怒るさ」
それは、自然なことだった。
この子は、俺が守ると決めた。
それが、戦いでなくても――生活の中でも、証明できるってことを、今日また一つ学んだ。
(第7話・了)