風の檻(おり)
第五章:「風の檻」
ある晩、羽衣は夢の中で声を聞いた。
「君はまた、選ばれた。
けれど、その記憶は“永遠”とは引き換えにはならない。」
声の主は見えない。
ただ、空の奥深くから響いてくるようだった。
「何度巡っても、君は“その瞬間”に戻る。
それでも——それでも、愛を選ぶのか?」
羽衣は、静かに目を開けた。
羽衣「……私は、空(遼)を選ぶ。」
羽衣「たとえ、消えてしまっても。」
その瞬間、胸に鋭い痛みが走る。
翌日、屋上
遼は羽衣に何か違和感を覚えていた。
遼「……顔、真っ青だ。大丈夫か?」
羽衣「うん……少し、夢見が悪かっただけ。」
遼の手が、羽衣の額に触れる。
その瞬間、彼の記憶にも、見てはいけない映像が流れ込んだ。
——空が翼を失い、羽衣を助けようと叫ぶ姿。
——祠の前でひとり崩れ落ちる少女。
——そして、消えていく羽衣の姿。
遼「……っ、羽衣! まさか……!」
羽衣「思い出しちゃったんだね……」
羽衣「私、あと少しで“向こう側”に戻らなきゃいけないの。」
遼「それって、どういう意味だよ……!」
羽衣は微笑む。
けれど、その笑顔の奥には、諦めのような、
覚悟のような、強さがあった。
その夜、再び夢の世界で
遼は、かつての“空”として、風の神に対面していた。
風の声「お前たちは、何度も運命に逆らった。
本来、交わるはずのない“空”と“地上”の存在だった。」
遼「それでも、俺たちは——!」
風の声「記憶を持ち続けるたびに、彼女の“存在”は削れていく。
やがて彼女は、“夢そのもの”になってしまう。」
遼「……!」
遼の頬に、涙がこぼれた。
遼「……だったら、俺の記憶を奪え。彼女を、残してくれ。」
風の声「……本当に、それでいいのか?」
遼「構わない。たとえ彼女を忘れても、何度でも好きになる。
また、空の下で出会うから。」
風が、静かに吹いた。
風の声「……では、願いは風に乗せよう。
また次の空の下で、巡り会え。」
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