風の記憶
朝の光が、窓から差し込んでいた。
空は、民宿の天井を見つめながら、ぼんやりと夢の残滓を辿っていた。
——あの夢の中、誰かが泣いていた。
白い羽が舞って、空の中に溶けていく。
「たすけて…わたし、ここにいるのに——」
小さな、細い声が、胸を締めつける。
空(誰だ……お前は……)
胸元に手を当ててみる。
何か大切なものを忘れている感覚が、ずっと残っていた。
放課後、丘の上
羽衣は、今日もあの草原にいた。
風が吹くたび、ワンピースの裾が揺れて、まるで空と戯れているみたいだった。
羽衣「今日も、夢を見たの。」
空「……どんな夢だ?」
羽衣「誰かが、空の上から落ちてくるの。でも、その子は……笑ってたの。」
空「……」
羽衣「それって、悲しいのかな……うれしいのかな。」
空「それは……その子が、誰かを見つけられたからじゃないか?」
羽衣は、少し目を伏せて笑った。
羽衣「……そうだと、いいな。」
夜、神社の境内
祭りの準備で提灯が灯され、静かだった神社が、幻想的な空間になっていた。
蝉の声が止み、鈴の音がまた風に揺れる。
そのとき、羽衣がぽつりとつぶやく。
羽衣「……私ね、たぶん、長く生きられないの。」
空「……!?」
羽衣「ずっと、身体が弱くて……でも、それだけじゃないの。」
羽衣「夢の中で、私は翼を持ってて、空の上でずっと人を待ってるの。」
羽衣「だからね、この夏が終わったら……私、消えちゃうかもしれない。」
空は、言葉を失って立ち尽くす。
理解できないはずの言葉が、なぜか胸の奥に届いてしまった。
——空の上の誰かを待ち続ける少女。
そして、その少女のそばに、かつていた誰か。
風が、強く吹いた。
空「……俺は、お前を見つけに来たのかもしれない。」
羽衣「うん、私も……そんな気がしてた。」
ふたりの距離が、音もなく近づく。
けれど、風はすぐにそれを遮るように吹き抜けた。
そして、空は気づく。
自分の記憶の底に眠っている「名前のない少女」は、
——今、目の前にいる彼女と同じ声をしていたことに。




