風の音、君の声
麦わらが風にそよぐ音と、蝉の声が遠くで響く。
坂道の途中、小さな神社の鳥居の前で、空は立ち止まった。
懐かしい——いや、「懐かしい気がする」。
そんな感覚が、胸の奥をくすぐっていた。
羽衣「この神社ね、願いが叶うって言われてるの。昔から、風の神様がいるんだって。」
空「風の神様、か……」
羽衣「ねえ、願いごと……ある?」
空は、羽衣の横顔を見る。
細い指が、小さく合わさっている。
彼女の瞳は、どこか遠くを見つめていた。
空「……探しものがある。でも、見つかるかどうかもわからない。」
羽衣「そっか。でもね……願いは、風に乗るんだよ。」
空「風に、乗る……?」
羽衣「うん。空に向かって放した願いは、きっとどこかに届くの。だから、私はいつもここでお願いしてる。」
小さな鈴が風に揺れて、ちりん、と高く鳴った。
その音が、空の胸の奥に染みこんでいく。
まるで誰かの声のように——
「……そら、会いたい……」
——遠くから、懐かしい誰かの声が聞こえた気がした。
空「……っ!」
振り返るが、誰もいない。
ただ、夏の空が、どこまでも高く、青く広がっていた。
夜——
町外れの海辺で、ふたりは並んで座っていた。
波の音が、心を落ち着かせるように静かに満ち引きしている。
羽衣「ねえ、空くん……明日、ひとつお願いをきいてくれる?」
空「……なんだ?」
羽衣「空に、手を伸ばすの。一緒に。」
空「……どうして?」
羽衣「そこに、誰かがいる気がするの。触れたら、思い出せる気がするの。」
月明かりに照らされた彼女の横顔は、どこか儚くて、今にも消えてしまいそうだった。
そして、空もまた、その願いが——
自分の心の奥に眠っている「なにか」と重なっている気がした。
空「……ああ。明日、空に手を伸ばそう。」
羽衣「……ありがとう。」
ふたりの影が、波打ち際にゆれて、ひとつになった。