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【シリーズ】ちょと待ってよ、汐入

【12】汐入の道 〜前編〜

【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです!


【シリーズ】ちょっと待ってよ、汐入

【1】猫と指輪 (2023年秋)

【2】事件は密室では起こらない (2023年冬)

【3】エピソードゼロ (2011年春)

【4】アオハル (2011年初夏)

【5】アオハル2 (2011年秋)

【6】ゴーストバスターズ? (2024年夏)

【7】贋作か?真作か? (2024年秋)

【8】非本格ミステリー!?(2024年冬)

【9】探偵になった理由

【10】ちょっと待ってよ、汐入 〜前編〜

【11】ちょっと待ってよ、汐入 〜後編〜

【12】汐入の道 〜前編〜

【13】汐入の道 〜後編〜

             (完)

【スピンオフ】街フェス

  汐入の道 (前編)


   第一章


梅屋敷は汐入の父、圭一郎の十三回忌に参列した。法要の後、汐入に誘われ皆でもんじゃ焼きを食べて飲んだ。楽しいひと時だった。だが梅屋敷の気持ちは晴れない。


あの時の正解は未だにわからない。だがどんな状況であれ、攫われた汐入を見捨てることはできなかった。たとえ、もう一度過去に戻りやり直したとしてもきっと同じことをしただろう。


だが実はもう一つ、梅屋敷の心には引っ掛かっていることがある。単なる偶然。そう考えてきた。いや、そうやって事実から目を背けているだけなのだ。


十三年前、兄貴と慕い連んでいた先輩としたたわいもない世間話が忘れられない。


「なあ、知ってるか?人を刺しても心神喪失状態だったら無罪放免なんだってな」

「そんなこと言ったらみんなやりたい放題じゃないですか」

「馬鹿だな、ちゃんと医者とか裁判所とかに認めてもらう必要があるんだよ。でもそれに手を貸す悪徳弁護士もいるらしいぜ」


確かそんなか会話だった。それから一週間後に汐入の父親が刺された。逮捕された犯人は全く知らない奴だったが心神喪失を主張し無罪となった。あの時の世間話の様に。


兄貴は---涼さんは、何か知っていたのか?汐入の父親さんの死に何か絡んでいるのか?


そんな筈はない。ヤンチャだったが、決して殺人に手を貸すような男ではない。人として超えてはいけない線は弁えている。根は真面目なのだ。トラックの運転手として働き、今は小さいながらも自分の会社を持っている。家庭もある。


ただの偶然に決まっている。心神喪失なら罪に問われないと言うのは一般的にもよく知られていることだ。いや、しかしあのタイミングでその話が出てきたのは・・・。


汐入は十三回忌を一つの区切りにしようと言った。だからなのだろうか、それ以降、梅屋敷は、自分なりにもケジメを付けるべきと考える様になった。しかし、思考はいつも堂々巡りになる。


その日、梅屋敷は大きな仕事がひと段落し、久しぶりに仕事終わりに一人で飲んでいた。いつも頭から離れない思考がまた堂々巡りする。


自分なりにケジメつけなくては。梅屋敷はスマホを取り出した。少し酔った勢いを借り、アドレス帳から鮫洲涼一を選択し画面をタップした。


呼び出し音がなる。押してしまったと後悔にも似た気持ちが芽生えた。コール音が1回、2回と鳴る。このまま切って何事もなかったことにしようかと思った。が、その時、鮫洲が出た。


「おう、梅」

「あ、涼さん、ご無沙汰しています」

「どした?急に」

「いや、別になんてことはないんすけど。実はこないだ、汐入って奴の親父さんの十三回忌だったんですよ。涼さん、覚えてますか?大森珈琲の2階にある事務所の探偵が刺された事件」

「ああ、そんな事件あったな」

鮫洲からは特に動揺する様子は感じられない。


「あの事件で刺された探偵が、汐入って奴の親父さんで。あ、汐入ってのは千本松の中学のころの同級生で」

「そうだったな。そんな話も当時、誰かから聞いたよ」


「その犯人の野郎、心神喪失で無罪になったってことも、ちょっとした話題になってましたよね」

「そういやそうだったな」

ここまでは特に変わった様子は見られない。


「それがどうかしたか?」

「あ、いや、特にどうと言うことはないんですけど、ちょっと思い出しちゃって」

「何を?」

「あ、えっと・・・。あの事件が起こる前、心神喪失状態なら無罪になるらしいぜって涼さんと世間話してたなぁって」

「・・・」

しばしの沈黙。耐えきれず梅屋敷が言葉を継ぐ。


「なんかその後、直ぐにあの事件があったから、俺、妙に覚えていて・・・涼さん、覚えてませんか?」

「さあな、いちいち梅との世間話なんか覚えちゃいねーよ。それそこ数え切れないほどある」


そうだ。涼さんが絡んでいるわけない。梅屋敷は少しホッとして話を終えようとする。

「そうですよね。いちいち些細な世間話なんか覚えてませんよね。ハハハ。すみません、なんか妙な電話して」

「なぁ、梅、お前も嫁とガキがいるんだろ?俺もそうだ。俺が食わせてやらねえといけねぇ家族がいる。こんな俺でも特にガキはかわいいよ。命に換えても守りたいと思う存在だ。その為には何でもする。家族のためなら、世界中を敵に回しても俺には大義がある。お前もそうだろ?その為にもお前が元気に身体張って仕事できることが大事だろ。家族は大事にしろよ。切るぞ、じゃあな」

と言ってプツッと通話が切れた。


梅屋敷の胸はざらついた。何かある。水の中に広がった薄いインクが逆再生して濃縮され濃い色の靄を作る様に、梅屋敷の心に生じた小さな疑念が少しずつ濃くなっていく。


ちゃんと向き合わないといけないのではないか?しかし、また正義感から行動を起こし、それがさらに悪い状態を引き起こしたら。


いや、それは言い訳だ。本当はそんなことじゃない。己の身がかわいいのだ。もし嫁と子供を巻き込んだら?自分がもう二度と家族と会えない様なことになったら?それが怖いのだ。


あの日、汐入を攫った車がバイクに囲まれた時、相手は迷いのない判断でバイクの群に突っ込んで行った。無謀な度胸と行動力。梅屋敷も千本松と同じ事を感じ取っていた。コイツら修羅場をくぐっている、俺たち高校生が相手にできる奴らじゃない、敵に回すとやられる。事実、直後の汐入の父親の事件がその直感の正しさを示している。


だがやらなくてはならない。一歩踏み出さなくてはならない。それが汐入への、自分なりのケジメのつけ方だ。



その日、梅屋敷は居酒屋に来ていた。小さな卓の前には鮫洲涼一が座っている。


ひとしきり世間話も済み、酒も進んだ頃、

「梅、訳があって今日俺を誘ったんだろ?まぁ察しはついているが」

と、鮫洲の方から切り出された。


梅屋敷は居住まいを正し、鮫洲に向き合った。

「涼さん。涼さんには迷惑はかけません。だから俺に、知っている事を話してくれませんか?汐入の親父さんの件です。十三年前、俺は無鉄砲に汐入を奪還して相手を怒らせて・・・。それで汐入の親父さんがあんなことに」


「だから、どうするっていうんだ?」

「だから黒幕を突き止める事が自分なりの責任だと思っています。ただなかなか腹を括れずに十三年も経ってしまいました。何か知っているなら教えてもらえませんか?」


鮫洲は目を閉じて考え込んでいる。やがて口を開いた。


「あの年、お前が二年生の時だ、千本松って意気の良い一年坊が入ってきたな。お前が俺の顔を立てて千本松に、三年には関与するな、って釘を刺してくれてたんだってな。感謝してるよ。ま、今となってはガキが猿山のボス争いをしている様な話だがな」

「あ、涼さん、そのこと、知ってたんすか?」


梅屋敷は、当時を思い出す。そうだった。一、二年生は千本松が仕切っていたが、その裏で、梅屋敷は名参謀として千本松をよく制御し、ブチ工業全体のバランスを取っていた。


「ああ。そんな状況だから俺たち三年の情報は、あまりお前には流れてなかったな。汐入っていう探偵さんの話は知ってたよ。その娘さんが当時、梅たちと連んでいることもな。その娘さんが今、探偵をしていることも風の噂で聞いた」

鮫洲はしばし沈黙する。梅屋敷は黙ったまま鮫洲を見つめ次の言葉を待つ。


「だからさ、俺は、黙っているほうがいいんじゃないかって思ってたんだよ。ヤバい組織だ。知らぬが仏って事もある。半端な決意ではないんだな?」

「はい」

「わかった。お前にはお前の大義がある様に俺にも俺の大義がある。俺にとって今は家族だ。家族に害が及ぶ事は、俺が全力で阻止する。仮に追い込まれたら俺はお前を売るかも知れない。それでも良いか?」

「もちろんです。涼さんに迷惑がかかるのは俺も本意ではないです」

二人の視線がかち合う。鮫洲は梅屋敷の決意の程を見定める。


「いいだろう。端的に言えば、あの通り魔事件の黒幕は六郷興業だ」

「六郷興業?」

「ああ、表向きは消費者金融だ。キチンと返済しているうちは問題ない。奴らもそれが飯のタネだからな。だがひとたび、返済が滞れば、奴らは本性を出す。手段を選ばずに取り立てる。そう言う組織だ」


「六郷興業がなぜ汐入の親父さんを?」

「六郷興業と勢力を争っている花月組ってのがある。詳しいことは知らんが、花月組が探偵さんに六郷興業の何かについて調べるよう依頼したのさ。勿論、表向きはそんな分かり易い話じゃない。上手いこと一般市民を装い依頼内容も表向きは別の理由で説明したんだろ」


「つまり汐入の親父さんは騙されて六郷と花月の抗争に巻き込まれたってことですか?」

「シンプルに言やぁ、そう言うことになる」


「涼さん、その話、もう少し詳しく教えてくれませんか?」

「すまんな、梅。俺も人づてに聞いた話でこれ以上のことは知らないんだ。具体的な依頼内容とか、依頼主とかについては知らない。本当だ」


嘘はついていないだろうな、と梅屋敷は思った。そんな事が地域の不良どもに知れ渡るほどガードが甘い奴らではないはずだ。当時、鮫洲はトップシークレットに触れていたに違いない。これは鮫洲だからこそ知り得た情報なのだろう。


「わかりました、涼さん。あの世間話については何か事情があったんですか?」

「ああ、あれも深くは知らないんだ。当時2個上の先輩が六郷にいたんだよ。何の脈絡なく、その先輩が話してたんだよ。恐らく、その先輩も六郷の中の誰かから聞いたんだろう。そう言う世間の裏を知っている事を後輩の俺たちに自慢したかったんだろうな。要するに六郷の中でその手の話がその時にあったって事だ」


「そうですか。わかりました。それだけでも十分です」

「この話はこれでお仕舞いだ。よし、飲もう!すみませーん、生ビール2つおかわり!」



   第二章

 

翌日、梅屋敷は六郷ファイナンスのカウンターにいた。通常の借り入れは無人取引機で済んでしまう。これでは全く六郷の人間と接点を持つことができない。


まずはきっかけが欲しい。そう考えた梅屋敷は、お問い合わせ先として掲示してある電話番号に電話をした。


そして「無担保で借りられる枠を超えて借り入れをしたいが、ちょっと急ぎなんだ。きっと審査とかあるんだろ?無人機ではなく、担当と話をして、なんとか急ぎ手続したい。なんとかならないだろうか」とかけあったら、この事務所に来るように言われた。


ここで窓口担当レベルではなく、なんとか幹部を接触したい。担当者では判断しかねる相談を吹っ掛けなくては。梅屋敷はカウンターで

「借入額が大きいから、利息の面で責任のある人と交渉したい」

というと案の定、窓口担当は難色を示した。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


辛抱強く頼み込んでいると、担当者の後ろから、どうした、なんか揉めてんのか、と上の立場と思しき男が小声で担当者に声をかけてきた。


直接梅屋敷に話しかけられたわけではないが、この機に乗じ、梅屋敷は、

「実は少しまとまったお金が必要で、利息の面で少しご相談できないかと」

と話しかけた。


男は少し怪訝な顔をしたが、

「まずは話を聞きましょうか」

と接客用の丁寧な言葉で応じてくれた。相談ブースにどうぞ、と言われ場所を移す。


男は

「ここの責任者の新田です」

と名刺を差し出した。齢は四十代半ばから後半ぐらいか。中肉中背で日焼けをしており、目じりにはしわが刻まれている。腕に筋肉がついており工事現場の作業員を思わせる。


梅屋敷は世間話を装い、名詞の肩書きを見て

「エリアマネージャーさんですか。新田さんはここ、長いんですか?」

と聞いてみる。

「ええ、まぁここは十年ぐらいでしょうかね。その前は外回りもやっていて。個人の消費者金融が主ですが、他にもいろいろあるんですよ」

などと応じてくる。


なるほど。古参のようだ、当たりかも知れない。顔をしっかりインプットし、今日は適当に話を切り上げよう。10分程度いろいろ条件を聞いたり、話を適当に繋いだ。ちょっと失礼、と言ってスマホに連絡が入った風を装い、

「すみません、急用で。お恥ずかしい、小さな会社は私一人でもいないと大変なんで」

と、言いながら席を立ち

「またこちらからお電話します」

と引き止めるタイミングを与えぬよう、さっさと店をでた。


夕方。新田が業務を終え、店舗を出て駅に向かい歩いていく。


その少しあと、20メートルほど離れて、一人の男が後をつけている。梅屋敷だ。


新田の歩く方向から駅に向かうだろうと予想できた為、駅までは難なく尾行できた。上り方面の電車にのり15分程度、3駅目で新田は降りた。隣の車両に乗っていた梅屋敷もそれを追い降りた。


ここからは慎重にならないといけない。駅前のにぎやかな通りを後にすると急に商店がなくなり住宅地になる。人通りも一気に減る。角をひとつ、またひとつと経る度、道幅も狭くなる。


新田が次の角を曲がる。続いて梅屋敷も角を曲がる、と、新田がいない!


見失った。すぐ先の十字路まで行き、左右を見まわすが新田は確認できない。すると、いきなり後ろから後ろ手をとられ、そのまま顔を壁に押し付けられた。


「これはこれは、昼間のお客様ではないですか?何かお急ぎのご用でしょうか?」

と全く動じる様子もなく梅屋敷の左腕を逆間接に極め、顔を壁に押さえつけたまま話しかけてくる。


バレていた。いつからだ、と考えたが直ぐに意味がないことに気が付き、ここをどう凌ぐかに思考を切り替えた。

「あ、どうも。ちょいとお問い合わせ事項がありまして」

と、痛みに耐えながら梅屋敷も応じる。

「そうですか。でもね、今は営業時間外なのでお客様扱いとはいきませんよ」


極められた腕をさらに関節とは逆方向に捻られ、梅屋敷の左肘に激痛が走る。痛みで額に脂汗が滲む。

「そうだな、俺は客じゃない。汐入圭一郎の使いの者だ、と言えば事情は分かるか?」


「ほう。懐かしい名前だ。ほとんど忘れかけていたよ。でもね、偶然かなぁ。ついに三日前も昔馴染みがあった弁護士センセからその名前を聞いたんだよな。妙な女が訪ねてきたって。偶然のわけ、ないよな。これはちょっと見過ごせないな」

と言いながら更に腕を締め上げる。


弁護士?妙な女?もしかして汐入も裏で何か動いているのか?ヤバい。ここはひとまず逃げなくては。汐入に察知されていることを伝えてやらなくては。


締められていない右腕で後ろにいる新田に肘打ちを繰り出す。一瞬、左腕が緩んだ隙に向き直り態勢を立て直そうとし、振り返った瞬間ーーー


腹に膝を喰らい、梅屋敷は悶絶した。そのまま道にうずくまったところ、顎に強烈な蹴りを叩き込まれ気を失った。


             (汐入の道 後編に続く)


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