第二章
第二章
「セーフッ!!」
次の日の朝、杏が教室に飛び込んできた。
「辰巳さん遅い」
先生が苦笑いしながら注意する。
「えー、セーフにしてよ」
「チャイム鳴ってから30秒は経ってるよな」
「げっ、まじかよ!?」
男子のうちの誰かが茶化したのに杏が答えると、教室は笑いの渦に包まれた。
優は茶化した男子が自分の想い人だということに気付くと、周りにつられて自分自身も少し笑いながら思った。
(やっぱり杏ちゃんはいいな・・・)
この日は一日、文化祭の準備だった。
優のクラスでは、お化け屋敷をやることになっていた。
名前は『孤独血路』。その名のとおり、小学校高学年からは入場は一人ずつ。
友達は勿論、カップルでの入場も禁止にしてある。
もっともこれは「文化祭でまでイチャイチャしてるの見せ付けられたくない!!」という生徒の要望が発展したものなのだが。
お化け屋敷なだけあって、やはり準備は大変だ。
大道具から小道具や衣装までしっかりとそろえなければならない。
優は小道具の用意の担当なのだが、まじめに取り組むおかげで自分の担当はもうすぐ終わりそうだ。
だからこそと言っていいのか、他の女子達から仕事を押し付けられる。
「足立さん、ちょっと水汲んできてくれない?」
「ねえ、もう終わるでしょ?だったら、ちょっと生徒会室にこれ届けてきてよ」
「あ、衣装のほうが人手足りないって言うからちょっと頼んでもいい?」
優は断ることが出来なかった。
言われた仕事すべてを一生懸命になってやってのける。
そうしてそれがすべて終わると、今度は買出しや大道具班の手伝いが待っている。
「優ー!」
大道具に使う工具を運んでいると、優の背中に向かって叫ぶ声があった。
杏だ。
「杏ちゃん。大道具だっけ?」
「おう。まったく、男子がまじめにいやらないから長引きそうだぜ」
「お疲れ様」
優が少し微笑みながら言うと、杏は少し改まった様子で口を開いた。
「あのさ・・・」
「え?」
「優は、やっぱり達真が好きなのか?」
「なっ・・・」
優は顔を真っ赤にして呻いた。
「い、言わないでよ?」
「・・・ああ。分かってるよ」
杏はそう言うと、優の手から工具を取ると大道具班に戻っていってしまった。
(杏ちゃん、どうしたんだろう?)
いつもと様子が少し違った。
優が腕を組んで考え込んでいると、
「おい」
と声をかけてきた生徒がいた。
達真だ。
「あ、山間くん・・・」
「あのさ、杏みなかった?」
「え、見てないよ」
とっさに口から出た否定の言葉。
「そっか。じゃあ、すれ違いになったかな。サンキュー!」
「あ、ううん。がんばってね」
たったそれだけの会話。
しかし、優はわずかな優越感を覚えた。
(杏ちゃんがいないときに、男子と話せた)
それだけで、優にとっては大きな進歩に他ならなかった。
たとえ、それが友情を踏みにじるもの―
嘘
だったとしても。