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幕間③ 『嫌な役回り』

 和冴は本庁のとある個室で、苛立ちのあまり足を上下に揺らす。


(クソッ、どいつもこいつも)


 机の上に置かれた書類の山を薙ぎ払いたい欲求に駆られるが、品のないことはしないという自制心が働く。


 いま和冴の頭の中を占めているのは、()()であるはずの上司に言われた言葉の数々だった。


『緒方、例の現場に居合わせたと聞いたよ。ご愁傷様。なるべく早く切り上げなよ』


『お前、今回の事件にやけに力が入っているな。他の事件にもっと時間を割いたほうがいいと思うぞ』


 明言はしないが、上司の一部はアーティファクトの存在と、それを政府が白浪一族を使って盗ませていることに気づいている。


 現状、警察がアーティファクトにからんだ事件に介入するのは、アーティファクトの被害を拡大させないための監視のためでもある。


 つまり警察が事件を切り上げる前に、白浪一族が盗みに来る可能性が高い。


 事件の被害者たちは、アーティファクトが盗まれると、その宝に対する執着をすっかり忘れ、人が変わったように人格も穏やかになり、事件も解決してひと段落ついてしまう。


(なぜ警察官がこんな茶番に付き合わないといけないんだ! 腹立たしい‼)


 一段と大きなため息をつくと、扉を叩く音が聞こえる。


「入れ」


「失礼いたします」


 現れたのは部下のひとりだった。


「緒方さん、頼まれていた手紙が届きました」


 和冴は黙ったまま手を伸ばし、部下が持っていた封筒を受け取る。そのとき、部下がじっとこちらを見ていることに気づいた。


「どうした」


「花岡家の事件が、自分の中で腑に落ちないのです」


 ああまたこれか、と和冴は眉間にしわを寄せる。


「泥棒騒ぎはでっちあげで、殺人未遂が本来の事件ではないでしょうか? そうなると犯人はまだ花岡家の近くにいます。殺人を止めるためにも追及すべきです」


「……お前の気持ちは痛いほどわかる」


「では!」


「しかし被害者である誠一郎さまがそれを望んでいない」


「なんですか、それは。醜聞が広がるより、自分が殺されても構わないと思っているとでも?」


 誠一郎はなにかを守ろうとしている。だがそれが侑希子なのか、花岡家なのか、和冴はまだ決めかねている。


「僕たちがいまできることがあるとすれば、泥棒騒ぎがでっちあげであることをきちんと立証し、誠一郎さまの御身を陰ながら守ることだろう」


「……」


 部下は納得していない表情だったが、和冴が「頼りにしているよ」と告げれば諦めたのか、踵を返して部屋から出て行った。


 和冴は部下の後ろ姿を見て、深々とため息をつく。


(花岡家にアーティファクトがあるのは間違いない。だから事件が起きた。事件を解決するのが警察官の仕事だというのに……! 時間稼ぎしかできないなんて)


 和冴の部下のほとんどが白浪一族の存在を知らない。そもそも和冴の年齢で知っているほうが稀なのだ。


(アーティファクトと白浪一族の情報を明かせば、警察官という存在意義が揺らぎかねない)


 政府はアーティファクトが無くならないかぎり、白浪一族を手放せない。仮に彼らを捕まえることができたとしても、知らないところですぐに釈放されるだろう。


(白浪一族を追い回しすぎると政府に目を付けられるのが腹立たしい)


 しかも上司からは「白浪一族のことを説明せずに部下をなだめろ」という無言の圧をかけられ、部下からは「もっと調査をさせてほしい」と直談判される日々が続いている。


(嫌な役回りだ)


 これほど不自由な捜査はない。


(千景さえいれば、このわずらわしさに終止符を打てるかもしれないというのに……なぜ僕から逃げた)


 あれだけ躾けてやったのに、恩をあだで返された。


(僕は父上が母上にやったように、罵倒を浴びせたり暴力を振るったことはなかった)


 母は度重なる罵倒と暴力により、体を壊してしまって流行り病にかかり、そのまま亡くなってしまった。


 一方で父は、妻を永遠に失うと想像したこともなかったようで、妻という所有物を失ったことに対する悲しみで、心が病んでしまった。


(僕は同じ轍は踏まない)


 長いまつ毛を伏せてから封筒を手に取ると、丁寧に封を開けようとする。


 しかし手が震えて上手くいかない。

 舌打ちと同時に封を開き、内容に目を通してから、口角を上げる。


「……京介、お前とは食事に行けそうにないな」


 東雲京介という戸籍は存在しなかった。帝大の名簿に刻まれていた情報はすべて偽物だった。


 そして、親指と人差し指をこすりつけ、自嘲する。


「やはりお前だったか、千景」


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