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第三幕 『二重の意味』

「全員揃ったところで会議をはじめる」


 赤月がホテルの居間の窓際に立つと、ソファに座る黄蝶、緑埜、千景を順に見つめていき、やがて青兎の顔を見て眉間にしわを寄せる。


「青兎、気安いぞ。千景から距離を取れ」


「いいじゃん、別にー。僕も千景ちゃんと楽しくお話ししたーい」


 そういって彼は頬を膨らませ、千景に寄り添うように体を傾ける。


「ねえ、いいでしょ?」


 彼は眼鏡越しに、猫のように丸い瞳を細める。


(あ、この目。なにかを探る目だわ)


 千景は青兎の距離感に戸惑いを抱くが、誰かが自分を知ろうとしてくれるのは少し嬉しいかもしれない、と思い、控えめに苦笑した。


「かまいませんよ」


「ええ……⁉ 本当に? いいの?」


 青兎は大袈裟に両手で口元を押さえて言葉を失った。


(どんな反応なの⁉)


 千景が訝し気な表情を浮かべると、黄蝶が哀愁漂う顔で告げる。


「青兎は胡散臭い見た目のせいで、一般人の女の子から敬遠されがちなの……寄って来るのは青兎から情報を抜き取ろうとする悪意を持った女性ぐらいだから。よかったね、かまってもらえて」


「……うん」


 彼は子どものようにはにかんだ。


 千景は困惑したまま青兎に視線を向けると、あることに気づく。千景は人差し指を横に寝かせ、彼の鼻下を隠す。


「神崎さま……?」


 青兎の姿が、園遊会で出会った黒縁眼鏡にちょび髭が特徴的だった紳士の姿と重なった。


「嬉しい! よく気づいたね」


 青兎がぱっと目を輝かし、千景の手を取ろうとしたとき、ヒュンッとなにかが飛んできて、彼の口に入った。


「いった、あま。なにこれ、飴?」


「ほおら、俺もお前に優しいぞ。おとなしくしてくれるなら、もうひとつあげよう」


 赤月は指先ひとつで飴玉を青兎の口まで飛ばしたようだ。彼の手にはすでに二発目の飴玉が準備されている。


「……はいはい、静かにしますぅ」


 青兎は苦いものをなめるように顔をしかめ、口を閉ざした。


「気を取り直して。黄蝶、緑埜。お前たちの調べと緒方和冴の発言に相違点はあったか?」


 厳かな声に、メイド服姿の黄蝶が告げる。


「ご当主の花岡誠がギャンブルで大損していたのは本当だね。しかも損失を取り返すために、篠田家の結納返しに手をつけていたよ」


 次に緑埜が言葉を続ける。


「男爵夫人である佐代子さまのお相手は、家令のようですね。同世代ということや、花岡卿の金遣いの荒さに対する不満でよほど気が合ったのでしょう。二人の仲は使用人たちに知られてしましたが……佐代子さまも誠一郎さまと同様に誰に対しても分け隔てなく接する方のようで、みな黙認していたようですね」


 千景は彼らの発言に舌を巻く。


(和冴さまと同じくらい優秀だわ……)


 警察官になったほうが世のため人のためになるのではないか、と口に出したくなったが、会話に水を差すことになるのでやめておく。


「青兎、内部と外部からの干渉はあったか?」


「公家と旗本のいがみ合いは特になかったかな。当事者たちがほとんど亡くなっているのもあるだろうね。外部からの干渉も特になくて、園遊会に参加していた悪党は僕たちだけだったよ。あの泥棒騒ぎはでっちあげだね」


 あの、と千景はおそるおそる手を上げる。


「それが本当なら、いつ短刀が盗まれたのですか?」


 すると青兎が飴玉を噛んでから、顎に手を添える。


「誠一郎が頭を殴られて、お医者さまから治療を受けているときかな? 彼は自分を殴った相手が侑希子だと気づいたから、彼女を庇うために行動したと思うよ。健気だよねー」


「そのおかげで短刀がもとに戻れば、事件は一件落着だ。捜査は警察に任せておいて、俺たちは鈴蘭が描かれた花瓶を盗むことに集中するぞ」


 赤月の言葉に、黄蝶、緑埜、青兎が頷く。


「しばらく警察が花岡家に張りこんでいるけど」


「警察の監視が外れるとしたら一週間くらいではないでしょうか」


「じゃあそのあいだに盗めばいいね」


「ちょっと待ってください! 警察が張り込んでいる期間にどうして盗もうとするんですか⁉」


 千景の声に、全員が一斉に小首を傾げた。


「なぜと言われてもねえ……」

「理由はいろいろとありますが」

「ここは赤月がばしっと決めておくれよ」


 黄蝶、緑埜、青兎に促され、赤月は腕を組んで堂々と答える。


「そのほうがやりがいがあるからだ‼」


「……」


 千景は呆れ顔で無言を貫くが、彼は顔色ひとつ変えずに「泥棒の美学みたいなものだ。俺たちの意志は変わらんぞ」と言う。


「やりがいがなんだと言うのです? そんなことより侑希子の動機がまるっきりわかっていないではありませんか!」


 千景は声を張り上げてから、ぐっと拳を握り締める。


「侑希子が人を殴るなんてありえません。きっと深い理由があるはずです……!」


 一方で赤月は深々とため息をつく。


「それがアーティファクトの怖いところだ。人を不幸にするだけではなく、魅了された人の中から宿主を選び、より不幸になるよう行動させる習性がある」


「はあ⁉」


 千景は柄にもなく唖然とした声を出した。


「最悪の場合は、精神を乗っ取られる。そうなったら手の施しようがない」


 思えば以前、赤月はこう言っていた。


『アーティファクトは『意志を持つ宝』とも呼ばれていてな。周りにいる人の精神に干渉し、俺たちの邪魔をしてくる。だから段取りを組まなければ盗めない』


 つまり『意志を持つ宝』というのは魅了された人を不幸にすることと、精神を乗っ取ることの二重の意味が含まれていたというのか。


 侑希子がアーティファクトの影響を受けていたとしたら、彼女の行動に不可解な点があることに説明がつく。


 しかし、と千景は勢いよく立ち上がる。


「アーティファクトを盗めば侑希子はもとに戻るのですか?」


 じっと赤月を見つめると、彼は淡々と答える。


「ただ盗むだけでは駄目だ。アーティファクトから宿主を切り離すには、宿主が抱えている心の問題を解決する『鍵』のような言葉を投げかけなければならない」


 千景はそれを聞いて口元を引くつかせる。


「ではあなたたち白浪一族が『心まで盗む泥棒』と言われる由縁は、その宝に対する感心も失うという意味に加え、言葉通り宿主の負の感情を取り除く意図もあると?」

「そのようだな」


 赤月はすまし顔をつくり、肩をすくめた。


「だったら、わたくしが直接言葉を投げかけます。この中で侑希子のことを知っているのはわたくしだわ」


 誰もが口を閉ざし、辺りが静まり返った。


 それぞれの瞳だけが「小娘がなにを言い出すかと思えば」と苛立ちを含んだ色になる。


 赤月はややあって口を開く。


「確かに君は侑希子さまと共に学生生活を歩んでいた。しかし、友としての彼女しか見ていないだろう?」


「……」


「誰だって人には言えない苦しみや悩みをいくつも抱えている。君は彼女のすべてを知っているのか?」


「……それは」


 千景は唇を引き結び、眉を寄せた。

 案外、知らないことのほうが多いのかもしれない。


 侑希子は千景をよく気遣ってくれ、家庭環境のことも案じてくれたが、逆に両親と上手くいっている彼女の家庭環境に踏み込んだことはなかった。


「君の役目はここまでだ。いまの君ならどこへ行ってもやっていける」


 赤月は胸の内ポケットから、未だ壊れたままの懐中時計を見せつける。


「修理費と相殺する。俺たちが鈴蘭の花瓶を盗むまではここにいていいが……黄蝶、お前のことだ、千景に地方行きの提案をしているのだろう? 手配してやれ」


 黄蝶は赤月と千景の顔を見比べてから「任せて」と控えめに笑みを浮かべた。


 見えない空気の壁が、千景と白浪一族を隔てる。


(わたくしが白浪一族に協力できることなどないのはわかっているけど……なにかしら、この違和感は)


 最初に千景を巻き込んだのは赤月だ。それなのにいま、彼は千景を遠ざけようとしている。


(いまさら理由なんてどうでもいいわ。わたくしは親友のためならなんだってするわよ)


 千景は断髪を揺らしながら顔を上げ、にっこりと微笑む。


「白浪一族である『赤月あかつき』『黄蝶きちょう』『緑埜みどりの』『青兎あおと』『白藤しろふじ』、この五人の皆さまから許可をいただければ、わたくしも盗みに参加できますか?」


 きっぱりと言い切ると、赤月は意外にも口をつぐんだ。


「……おいおい、本気で言っているのか?」


「わたくしはもう部外者でいるつもりはありません」


 毅然とした態度を貫くと、意外にも黄蝶が口角を上げた。


「そこまでいうならいいじゃん、赤月」


 一方で、彼女の隣にいた緑埜は煮え切らない顔をして片手で頭を抱えている。


 なんとも言えない空気が漂った。重々しい空気の中で口を開いたのは青兎だった。


「千景ちゃん、すごい度胸だね。『白藤』は初代から途切れているのに」


「えっ」


 一瞬にして言葉を失った。ぽかんと口を開いて身を硬直させていると、青兎が事態を察したのか憐れみの視線を向ける。


「二代目も、僕たち三代目も、四人で活動しているんだけど。うーわ、みんな教えていなかったんだ。千景ちゃん、かわいそー」


 どういうことです⁉ という目で赤月たちを見つめると、さっと目を逸らされた。


(嘘でしょう⁉)


 いや、よくよく考えると『白藤』がいない予兆はあった。


 食卓の上座が空席だったことや、いままでの赤月たちの会話から『白藤』の名だけはほとんど出てこなかったことや、先ほどだって「全員揃ったところで会議をはじめる」と言っていた。


 千景は眉をつり上げて、青兎に詰め寄る。


「子孫は?」

「初代たちや政府も探したけど、見つかっていないんだよね」


 これには天を仰ぐしかない。


(――ああもう)


 目を閉じてから、千景は肩を震わせる。予想外の展開が起きすぎて、もう笑うしかない。


「いいでしょう、ひとまずみなさまから許可を得ます。白藤さまのことは一番最後に考えるので覚悟してくださいね」


 すると青兎は意味ありげな笑みを浮かべる。


「僕もそれでいいと思うよ。いざとなったら白藤の存在なんて、でっちあげればいいんだし」


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