幕間② 『ちかげとちひろ』
和冴は車から降りて東雲京介と妹のちひろがホテルに入る姿を見届けたあと、背を向けて歩き出す。
(まさか京介と再会するとは)
大学入学当初から品行方正と名が通っていた和冴は、遅刻欠席が多くて授業中も寝ている京介のことを、初めは嫌っていた。
だがあるとき、和冴は学部の討論会で白熱するあまり上級生と言い合いになり、『女のように色白な奴がここに来るな。場違いだ』と言われ、殴り合いに発展したことがあった。
その際、真っ先に応戦してくれたのが東雲京介だった。
彼は武道に精通していたのか、相手の拳を器用に交わしてから反撃していた。
あまりにも見事な戦い方に、和冴もつい興が乗って、警察でも取り入られている格闘術を披露し、完勝したのはいい思い出だ。
それから話す機会が増え、意外にも京介は和冴と同じくらい博識で、心赴くまで話ができることに気づいた。
それ以来、東雲京介は和冴にとって数少ない友人となった。
(しばらく会っていなかったが、あいつは相変わらず痛いところをつく)
――愛おしいと思うからこそ、そばで守ってやりたくなるものだろう?
和冴は胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認してから、自嘲する。
(だけど、僕の感情はそんな綺麗なものではない)
もっと濃密で、息をするのもままならない感情だ。
(結局、千景は現れなかったな)
花岡家の屋敷に、腰までの黒髪に、憂いをたたえた瞳に、真っすぐに引き結ばれた唇に、凛々しい眉に、すっきりとした頬を持つ女性はいなかった。
しかし一人だけ、背丈と指先の爪の丸みが似ている少女がいた。
「東雲ちひろ、か」
京介に腹違いの妹がいることは学生の頃から知っていた。実際に会ってみると、京介にはもったいないほどの娘だった。
(靴を差し出したときの、僕を見て怯えたような仕草は千景に似ていた。でも、すぐに気を許したような表情になったのが気になる。なぜだ?)
東雲ちひろは変装した千景なのか。仮にそうだとしたら、東雲京介と一緒にいた理由がわからない。
(まあいいか。確かめる方法ならいくらでもある。東雲兄妹が『白浪一族』について知っているのは間違いないのだから)
和冴は氷のような目を細め、ほくそ笑んだ。