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04 ある意味、切実な問題――ロンドンのトイレについて

皆さま ご無沙汰しています。

いらしてくださりありがとうございます。今回は自分にしては長めです。

 今回は、すみません、お食事中の方にはふさわしくない話題です。ご注意ください。




 日本では普通に、地下鉄の駅にトイレがありますよね。改札口の中やホームでも結構見かけます。電車に乗っていてトイレに行きたくなっても、なんとなれば次の駅で降りて行けばいいやと思えるのは大いなる安心感。日本のすごくいいところの一つです。


 ロンドンでは地下鉄の駅にトイレはまずありません。たまーに運良くあっても改札口の外。私は記憶にありませんが、改札口内にあって使用禁止でなければかなりラッキーだと思います。


 ではどうするかと言いますとーー駅近くのカフェチェーンのカフェや大きめなスーパーマーケット、美術館、博物館、大きめなホテルのトイレを借りるのです。

 例えば、カフェチェーンのカフェでコーヒーを注文し「トイレを借りたい」と付け加えます。すると、店員さんが数桁の数字やアルファベットが書かれた紙をくれます。


 コーヒーをテーブルに置きひと口くらい飲んだら、カップの上に紙ナプキンと何か押さえになるものをかぶせます。そして一目散にしかし表情的には何もないふうを装いトイレへ。


 私が行ったカフェチェーンのカフェのトイレでは皆、個室でなくトイレ全体の入口となる扉(扉自体重いのが多かったです)に鍵がかかっていました。一面にズラッと並んだボタンのいくつかを押して開ける分厚くて大きな金属製の鍵が多いですね。店員さんがくれた紙に書いてあるのは、この扉の暗証番号なのです。


 間違えないように押し、解錠します。このとき周りの人に見られぬように気をつけること。残念ながら銀行のATMでもトイレでも、後ろから暗証番号を覗き込もうとしてる人がたまにいるんですよ……。


 さて、無事に鍵も開きました。中略。その後は心底ほっとしてコーヒータイムを迎えられます。

 ーーはぁ。良い香りを深々とかぎ、解放感とともに苦みや甘みを味わうのです。


 困ってしまうのが、ふだん頼りにしている店のトイレが水道関係の故障などで使えない時です。その絶望感といったら!! そして、トイレが大丈夫かどうかは コーヒーを買う前に確認しましょう(経験者は語る)。


 次のカフェが近くにあればいいのですが、そうでないときは、落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら目とスマホの地図アプリでカフェや美術館・博物館、大きめなスーパーマーケットやホテルを探すことになります。

 ロンドンの美術館や博物館は多くが入館無料なので、お財布にも優しかったですね。ただで入れるか事前にチェックするといいと思います。


 ちなみに、近くのカフェは休みか店が開いていてもコロナ対策のためトイレの使用禁止、美術館・博物館までは距離があり私がもたない、スーパーマーケットにトイレなし、歩道にある汚いと噂の公衆トイレ(1人用の歴史的建造物がぽつんと建っている)は使用禁止、という四すくみ状態の時使ったのは、近くにあった大きめなホテルです。

 ささっと行ってささっと使いました。きれいなトイレでした。


 ところで、トイレに関しては忘れられない思い出があります。

 外出帰りによく寄る大きめなスーパーマーケットがあり、同じ店内のカフェとトイレもよく使わせてもらっていました。カフェとトイレは違う階にありました。

 スーパーマーケットのトイレは、日本のスーパーマーケットのそれとあまり変わりません。

 違いはウォッシュレットがない、水を流すボタンが大小の銀色の半円形2つ、トイレットペーパーが1枚ずつ出てくるタイプのことがある、男性が普通に清掃しに来る、くらい。売り場に客が少ないときもたいてい混んでいて、並びます。


 並んで順番を待っていたある日、同じ階の売り場の大柄な男性店員が私を見て「来たぞ!」と彼より小柄な男性店員に寄っていきました。もう一人も加わり、離れた場所で男性店員同士の会話が始まります。一応フロアの隅の方とはいえ、こちらからは丸見えです。チラッチラッとしか見ませんでしたけど。


「彼女また来てるぞ」

「◯✕△※%〜」(聞き取れませんでした)

 笑い声混じりに会話は続いていきます。そして

「あいつにとってこの店はただのトイレでしかないんだ!」

 比較的小柄な男性が胸を反らし、輝くような笑顔で体を揺すっています。この人が話の輪の中心っぽい。

 

 あとの人たちもうなずいたりしながら爆笑。会話はまだ盛り上がっています。

 トイレに並ぶ人以外お客がほとんどいないエリアや時間帯とはいえ、会話が丸聞こえの声の大きさはどうなんだ。日本人だからか、あるいは年齢・容姿・雰囲気・謎の要因などのせいで英語がまったくわからないと思われてるのかな……。


 給湯室でやれよ、と言いたくなりましたが、果たしてロンドンのスーパーマーケットに従業員用の給湯室はあるのか。

 話のノリは、男子高校生の休み時間や放課後の会話にも近いです。


「……俺たちの◆△●(聞き取れませんでした)なんて彼女にはわからねえよ」

「▼□✕◎♪#☆ー〜」(聞き取れませんでした)

 FHAHAHAHAHA!!(全員で)


 ーーいや、私けっこうここのスーパーに来ていっぱい食べ物や飲み物買ってるんだけど! 毎日通うこともあるし。カフェでもがっつり飲み食いしてるし。


 列に並んだまま背中越しに彼らの会話を聞き続けながら、私は胸のうちでつぶやきました。

 もちろん、ここまでで3回も「(聞き取れませんでした)」と書いている自分のリスニング能力の低さは棚に上げています。


 とはいえ、このフロアでは確かにほとんど買い物をしていません。


 ーーまあ、確かにスーパーは慈善事業じゃないし、客が他の売り場で買い物してても自分の売り場で買ってくれなきゃ、買ったってことわかんないもんね。気づかせてくれたといえば気づかせてくれたのか。

 それに、ひょっとしたら、売り場同士での競争なんてものもあるかもしれない。もしそうであれば、この売り場にもお礼はすべきかな……。


 心はともかく身はすっきりした私は、そのフロアで買えるものはないかを探し始めました。

 とはえ、夫は自分の欲しいもの・必要なもの以外のものを買うのをいやがるため、勝手に靴下や下着を買うわけにもいかず。


 私が使えるハンカチでも売っていればいいのですが、ロンドンではなぜかハンカチを売っているところを見たことがありません。

 結局、この日はこのフロアで包装紙など贈り物に使える雑貨を少し買い、その後別のフロアで食べ物や飲み物を買って帰りました。


 週末、私は夫を連れてそのスーパーマーケットに行きました。

 離れたところに立っていた大柄な店員が、唇の端を上げたいのを我慢しているような顔でこちらを見、キョロキョロと辺りを見回しました。あの、「あいつにとってこの店はただのトイレでしかないんだ!」と演説(?)していた比較的小柄な店員に「あいつまた来たぞ」とでも言いたいのでしょうか。


 でもこの日は私はトイレには行きませんでした。夫を連れ、ハンガーに掛けられたスーツが並んでいるところに進みます。

 大柄な店員が直立したままあれっという顔をしたのまでは見えました。比較的小柄な店員の姿はありません。


 ロンドンに来てから全然スーツを買っていなかったこともあり、夫とともに夫用のスーツをいくつか選び、近くにいた店員さんに話し、試着させてもらいました。


 グレーや彩度が低いブルーのジャケットの裏地に、ピーコックグリーンやマゼンタといったハッとするようなきれいな色が使われているものがあるのが、地味な着物に鮮やかな色の裏地がついていることがあるのと共通しているようで面白いです。

 洋服にほとんど興味や知識がないので、単純に(さすがサヴィル・ロウ《筆者注 背広の語源となったとも言われることがある、紳士服店が集まっている通りです》がある国は違うなあ)とも思いました。


 スーツのほかワイシャツも選び、会計を済ませました。いつのまにか大柄な店員は売場からいなくなっており、それまでに見かけたことのなかった、私より年上に感じられる店員さんが 「サンキューマダム(Thank you, madam.)」と私の目を見ながら言ってくれました。

 その言葉自体は他の売り場や店でもかけられるのです。が、いつものそれらとは少し違う、温かく、かつ真剣で重みのある響きを勝手に感じました。

「どういたしまして(Not at all.)」と答えました。


 ちなみに ロンドンでは、「マダム」は普通に「奥さん」と同じ意味で使われています。そこに高級感や有閑ゆうかんマダムのアンニュイな雰囲気は 一切ありません(笑)。

 また、語学学校の教師によればイギリスでは「どういたしまして」は You are welcome. よりNot at all. がよく使われるとのこと。聞いているとほんとにそうです。


 その後、トイレのことで何か言われることはありませんでした。

 後日、食べ物をたくさん買ってくだんのスーパーマーケットを出る時に、外から帰ってきた比較的小柄な男性店員ーー「あいつにとってこの店はただのトイレでしかないんだ!」と発言した人ーーとすれ違いました。

 食料品が詰まったバッグに彼が目をったかどうかはわかりません。


 まっすぐ前を見たまま、私は店の外に出たのでした。

ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

ご来訪に心から感謝いたします。

よろしければまたお越しください。

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