01 ロンドンで経験したハロウィン(地味です)
皆さま ご無沙汰しています。
いらしてくださりありがとうございます。
ハロウィンは、この時期限定デザインの袋に大量に入って売られているお菓子を買うくらいしか一生縁がないだろうと思っていた。急にパッケージのオレンジ・黒・紫率が増え、カボチャのおばけジャック・オー・ランタンやコウモリ、黒猫が現れるあれである。
けれども、ロンドンで通っていた語学学校でクラス対抗のハロウィンコスプレ大会が行われることになった。評価が良いクラスには、学校からピザがふるまわれるという。
ハロウィン用の衣装などどこで扱っているか知らなかった。でもそんなに心配することはなかった。
近所にある、洗剤とマイクロ SD カードと皿とのど飴を一つの店で売っているような生活雑貨店にハロウィンコーナーができていて、カボチャのくり抜かれた目鼻部分のステッカーなどとともに、ちゃんと魔女のドレスが売られていたのだ。しかもお値段は安めのTシャツくらい。ありがたや。
うっすい生地だが黒や銀で蜘蛛の巣が描かれところどころ虹色光沢もある。本当は魔女ではなく蜘蛛女用だったかもしれない。でも私の中では蜘蛛女のイメージはスパイダーウーマンのように全身ぱっつんぱっつんのスーツに身を包んでいるか脚が蜘蛛で目の前のドレスとは全然違うものだった。なので、迷わず購入した。
帰宅後着てみると下半身があたたかかった。
先が尖りつばが広い黒い帽子も買った。
さてコートの下に黒い長袖シャツとドレスを着、バッグに帽子を忍ばせて学校に行くと、顔が青白く唇が紫の女性や小鬼、フランケンシュタインなどがいた。
出身はイタリア、スペイン、トルコ、フランスなどだ。皆、私よりだいぶ若い。
何しろ私は学校の入口付近で、よそのクラスの若い男子学生に「彼女もここの学生なのか!」(以下「」内の会話は全部英語)と素っ頓狂な声を上げられたこともあるのだ。
――しょうがないじゃないか、夫の海外赴任に伴い、この歳で生まれて初めて海外暮らしをしてるんだもの。学校くらい来るよ! とは言えなかった。
話が逸れたが、ともかくそんな若い彼女ら彼らと互いに姿を見合ってにまにました。
顔色が悪く見えるファンデーションなんてものがあることを初めて知った。その場で友人の顔に白、赤、青のピエロ風(映画未見だがジョーカー?)ペインティングを施し始めた人もいて、ささっとそれっぽいものが出来上がっていくので、上手いなあ、と私は眺めていた。化粧品の対面販売などすごく合っていそうだ。
授業が始まると、事務局の人たちがクラスを見に来た。そして
「このクラスは全員ハロウィンを楽しんでるね! いいね!」
「見た中で一番じゃない?」
とバシバシ写真を撮っていった。
いつの間にか記憶が変化し、クラス対抗の基準は単にコスプレしている人の数だ、となっていた。けれども、この文章を投稿した日に風呂に入っているときに、ふと記憶がよみがえったのだ。記憶の変化は恐ろしい。そして風呂はすごい。
休憩時間が終わると、担任の先生が颯爽と入ってきた。
「私たちのクラスが1位に決定したよ」
インド系の彼女は大きな目を輝かせ、白い歯を見せて笑った。
拍手したかは忘れたが、皆でおおお、と顔を見合わせた。イエーイ! と言った気もする。とにかく眠気が吹き飛んだ。
ピザは後日ということで、先生は、帰りに事務局でお菓子がもらえるとも教えてくれた。
授業が終わって足早に菓子をもらいに行くと、
「ハロウィンのコスプレをしてる人にしかあげませんよ」
シンガーソングライターのアンジェラ・アキに似た、シャープな顔に大きな目の女性は、小ぶりなクッキーが入った袋を持ち上げ怪訝な顔で私を見下ろした。
なのでコートの前を開けてドレスを見せた。
すると彼女は黒縁眼鏡をかけたままぐっと顔を近づけ、
「Oh! 分かりました」
と意外そうに笑い、クッキーをくれたのだった。
次の回(ピザ、ピザ……♪)と思いながら出席したけれど、最後までピザは出てこなかった。でも、先生が
「ごめんね~。事務局の都合で昨日ピザを頼んでしまったの。◯◯は食べられなかったらこれあげるね!」
と小さな袋をくれた。パッケージに茶色と緑の二色使いの丸い菓子が描かれていた。
礼を言って受け取った。同じクラスでも私は毎日びっしり通うコースの学生ではないし、まあこんなこともあるわな……。先生の心遣いに改めて感謝した。
にしても、授業中お腹が鳴らなくて良かった。
あとで食べると、甘さ強めなピスタチオ風味の小さなチョコは、エアリーで口の中でシュワッと溶けた。
使い捨てを覚悟していた魔女のドレスも、無事、洗濯に耐えたのだった。
ここまでお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
ご来訪に心から感謝いたします。
【追記】2023.11.2 クラス対抗の内容やドレスのことなど記憶が違っていたり認識が不十分だったりしたところを中心に大幅に加筆しました。
よろしければまたお越しください。