第二章 17話 愛し亡くなり
『先ほどの威勢はどこにいったのやら。』
地面に膝をつき息を整えているガレット。
(まずい、このままじゃ、)
『今までどれだけ甘やかされて育ってきたのやら。だから弱い、だから守れない。』
(弱い、)
『弱き者は強き者が提示することしか選択できない。今この場では僕が強者。僕は君に死ぬという選択を提示する。』
“絶対的真理のもと、君は死を迎えるのだ。”
(今までの旅や出来事は私を知るため、強くなるためのこと。ここで倒せなかったら全て無駄だったことになる。ここでエルノを倒す。そうすれば今までやってきたことは無駄じゃなくなる。)
悠然とガレットに近づいたエルノ。
『ごめんね。』
「ガレット!」
手をガレットに翳し、自身の魔力を込めた。
『一撃で屠るよ。』
手から魔力弾が放たれる直前、一瞬で間合いを詰めた。
『無駄だよ。』
「無駄なんて誰が決めたの。」
ヤンドールから譲り受けたナイフでエルノの体を貫いた。
「ガレット!」
直に人の体を貫くことは初めてだった。生々しい感触、傷口から溢れ出る血。
『はは。強く、なったね。』
「その声は!」
手を振るわせながら仮面とフードを外した。
「僕だよ。ガレット。」
ヤンドールだった。
「そんな、ヤンドールさん、」
(ナオミさんが言ってた“裏切られた”・“陰謀”ってそういうことだったの?本当は革命なんか望んでないってこと?そんなはず、)
「ごめん、ね。」
「裏切ったんですか?」
「違う、よ。僕は、君を、君たちを、守りたかったんだ。このような形になって、ごめんね。」
ガレットの頭を撫でた。
「君達に、かけられた、“呪い”を、解く方法が、見つかったんだ。」
「呪い?」
「ごめん、もう、時間、みたいなんだ。」
「待って、行かないで!ダメ!」
“女神の愛し子に、幸あれ。”
ヤンドールの脈は消え、体は光となり消失した。
「いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!ダメ!」
目の前で愛しの師を亡くした。
「ああ、あぁ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
来賓室は暴風に見舞われた。
「マズイな、このままじゃ崩壊する。」
「マーガレット!」
「兄貴、ガリント。俺がガレットを止める。」
「無茶だ。止めるなんて、」
「ダチを見捨てるわけにはいかないからな。」
アルスは、ガレットが張った結界を出てガレットのもとへいった。
(なんて風だ。強すぎる。それだけ悲しかったのか、辛かったのか。失ったことが。)
「ガレット。」
ガレットは耳を貸さず咆哮のような泣き声をしていた。
「ガレット!」
ガレットの頬を軽く叩き自分に向けた。その瞬間暴風は止んだ。
「アルス、」
目に透明な雫を浮かべた。
「もう大丈夫だ。」
「ヤンドールざんが、」
「また、逢えるさ。お前があいつを思えば、きっと。」
「私、私、」
堰き止めていた雫が一気に流れ出てきた。
「父さんと母さん、サーレットとナユレットを亡くして、マキロさんも、全部、私の、せいで、私が弱いせいで、」
「お前のせいじゃない。それに、お前は強い。お前は、ガレットは、誰よりも優しくて、強い。陰口を言っていた奴も助けるような慈悲深さを持ってる、良い奴だ。誰も、お前のことを責めたりはしない。」
ガレットのことを優しく、包み込むように抱擁した。
「ガレットは、愛されているんだ。自分を卑下したら、愛してくれた人に対する冒涜になる。頼むから自分を、愛せ。長所も短所もお前たらしめる大事な要素だ。」
そっと、赤子をあやすように背中を摩る。
「何があっても、俺はお前を守る。明日この世界が終わるとしても、俺はお前を守る。誓ってな。だから大丈夫だ。」
すると力が抜けたのかガレットは眠りについた。
「マーガレット!」
「アルス!」
ガレットが張った結界は全て解け、リンダとガリントが側に寄った。
「兄貴、ガリント。」
「ほんっとうに無茶ばかりしやがって。この愚弟は。よくやった。」
「ああ。で、皇太子兄弟とロイスはどこに?」
「地下にいる。安全だからね。」
「そうか、よかっ、」
膝の力が抜けて地面に落ちた。
「大丈夫では、ないな。救護室に運ぶ。ガリント、マーガレットを救護室に運んでくれ。」
「分かった。」
1人犠牲者を出したが騒動は一時収束した。
「最高峰の魔法士が亡くなったか。」
“誰か”が暗闇に言った。
「まぁ、“これ”も計算の範囲内。全てを知る者が手に入らなかったのは惜しい。偽りを見抜く者がまだ残っているが、下位互換なんて必要ない。」
(しかし双子の呪いを解いたとは。なぜそれを言わないのか。こちらも動かなければいけなくなるのが分からないのか。まぁいい。少しくらい計画を早めても良いだろう。たのしみにしているよ。)
暗闇に“誰か”の薄汚い笑い声が響いた。