深夜の訪問者
俺が帰宅してから2時間程。
疲れていたという事もあってだいぶ酔いが回ってきたな。
「明日も仕事だし、今日はそろそろお開きにしようか」
俺がそう言い出すと、「えー、残念ー」「もう少し良いじゃなァい」「は~い」なんて彼女達が口々に言いながら、片付けを始めた。
「あァ〜、もっと咲夜と一緒にいたかったなァ〜」
俺の肩にピトッと頬を乗せる優子が上目遣いで俺を見ている。
潤んだ瞳に、艶がかった唇、酒で少し赤くなった頬。
まあ、普通の男ならこれでコイツを家に泊めるんだろうな。だが残念ながら俺は違う。こんな三軍女を俺が家に泊める訳無いだろう。
三軍彼女達は所詮財布だ。ファンの中からまあまあ良い顔を選んではいるが、二軍に上がれるほどの見た目でも無い。
「優子、我儘言っちゃあダメだろ?」
「えぇ〜、だってぇ〜…」
「だって…何だい?あんまり我儘な子は、前にいたあの子…えっと名前はなんだったけな?ああ…ミサコ、だった?そのミサコみたいに俺とはもう会えなくなってしまうかもしれないね…」
口を尖らせる優子に、先月まで仲良く一緒に俺の家に来ていた女の名前を出すと、途端に口をグッと閉じた。
「っ…、ああ、違うの違うの!!少し名残惜しいなァって!そう思っただけなの!気にしないで、咲夜!ね?」
焦る様にそう言う優子を見て、愛華も目を逸らした。
「…咲夜、ミサコじゃ無くてミサエちゃんよ、」
「あぁ、そうだった?ごめんごめん、一度お別れしちゃうと新しい女の子も増えるし、名前もいちいち覚えていられなくてね。俺は優子の名前まで忘れたくは無いんだけどな…」
「だ、大丈夫よ…!私はミサエみたいに、変な事はしないから!安心して、咲夜!ほ、ほら…!早く片付けしなくちゃ、」
この話を早く終わらせたいばかりの優子が目の前のテーブルに広がるグラスや皿をテキパキと片付け初め、「ほらほら、皆も早く片付けちゃいましょ〜、咲夜明日も仕事早いみたいだしねぇ〜」なんて仕切り始める有り様だ。
率先して仕切るのは普段なら愛華だが、今日は優子がそうしたいらしい。はは、三軍彼女は実にわかり易く扱いやすいよ。
先程のミサコだかミサエだかは、三軍になれただけで勘違いしてSNSに俺のプライベート写真を載せた馬鹿女だ。
幸い、二軍彼女達の様な人気者では無かった為、ミサコの投稿した写真は合成だと噂になり、事務所が迅速に処理をして事無きを得たが。
そもそも俺の三軍彼女達には写真を禁止している。のにも関わらず盗撮し、データフォルダまで作っていたなんて鳥肌が立つってもんだ。
「あれ、優子そういえばこの後お店入ってるんじゃなかった?」
「あぁ〜…嫌ァ〜、現実思い出させないでよォ~愛華の意地悪〜」
「うふ、大丈夫よ。私も出勤だから私と2人で同伴しましょ♡」
そう言いながら腕を絡める愛華と優子は同じキャバクラで働いているらしい。こんな夜遅くから出勤があるなんてご苦労な事だな。
まぁせいぜい俺の為に接客するなり、枕するなりでたんまりと稼いで来てくれ。
「ああ、それじゃ片付けは私達3人でやっていくから、2人は気にせずお店行って」
「えぇ、悪いわよ~、私散らかしちゃったしィ〜」
真奈美がそう提案すると優子は申し訳なさそうに、真奈美、遥、美優を見た。
「気にしないで、ほら…先に帰ってさっきの事も咲夜にさっさと忘れてもらった方がいいわよ…」
「……、…そう?本当に悪いわねェ、じゃあ咲夜私たち先に行くわね〜、また呼んでちょうだい♡」
真奈美と何かコソッと話したかと思うと、いつもの様子に戻った優子がニッコリと笑い、愛華と絡めた腕にギュッと抱きついた。
「ああ、今夜も楽しかったよ。じゃあまた、愛華も優子も気をつけて」
そう優しく言いながら、酒の匂いがする2人の口元へ軽くキスをする。2人の客は俺の太客も同然だ。早く行って気分良くさせて来こいよな。
「ありがとう、咲夜愛してる♡」
「咲夜、私も愛してるわ」
「ああ、ありがとう」
愛してる、そんな別れの言葉を口にして、愛華と優子が部屋を後にした。実にめんどくさい言葉だ。
そして振り向くと何だか不満気な、ジットリとした目線で美優が俺を見ている。
「美優、どうしたんだい?」
おそらく、2人の愛してるに対して「愛してる」と返事をしなかったからなのだろう。こういう女は本当に困る。
「別に、…咲夜って私達彼女に愛してる、とか好きって絶対言わないわよね。何でなの?」
ほら思った通りだ。最近特に美優は細かい所に敏感に反応してくる事が多くなってきた気がするな。実際何人彼女がいるのだとか、有名人もいるのかとか…俺からの連絡意外は連絡寄越すなと言ってあるのにも関わらず、最近メッセージを送ってきた事もあったな。
面倒な事になる前にこの女もそろそろ切るか…。
本来ならばもうこの場で切りたい所だが、他の女の目もある。後日適当に連絡でもしておくか。
「はは、仕方ないだろう。1人に言えばみんなが欲しがる。私は言われてない、私の方がたくさん言われてる、そんなくだらない喧嘩の元にしたくないんだよ。俺なんかの為に君たちが言い争うのは見たくないしね」
とは言いつつ実際そんな事よりも、後々「あの時愛してると言ったのは嘘だったの!?」とか「私にだけ言ってくれた」とか、それこそ録音されて都合よく編集されてもめんどくさい。と言うのが本音だ。
女同士の醜い争いなど正直どうでもいい。だが俺を巻き込むのだけは勘弁して欲しいって事だ。
「ふぅん、そうね…確かに咲夜の言う通りかもしれないわ。せっかく私たち貴方の彼女が仲良くしてるのに、良くないかもしれないわね」
切られたくない一心なのか、一応納得はしてくれたようだ。が、少し不満そうにも見える。まあ、残念なから君はもう用無しと決まっているけどね。
「ほらほら美優ちゃん!明日は咲夜の仕事もあるし、早く片付けちゃおう!ね!」
空気を察したのか、真奈美が急かすように美優の肩をポンポンと叩き、「さ、ほらほら!」と着々とグラスや食事を片付けだした。
「そうだね」なんて言いながら真奈美と遥に続くように美優も片付けを始め出す。が、なんだ?さっきから時計をチラチラと確認しているように見える。この後用事でもあるのか?
なんて考えていると「ピーンポーン」という音が部屋に響いた。
「……ん?誰だ?こんな時間に」
時間はもう23時過ぎている。
宅配業者なんて事は有り得ないし、万が一ファンなどに家を嗅ぎ付けられたとしても、インターホンを押す事も出来ないレベルのセキュリティがあるマンションだ。
「優子ちゃんか愛華ちゃんが忘れ物でもしたのかな?」
「…だとしたら私達に連絡するんじゃないでしょうか」
真奈美の言葉に、首を傾げながら返事をする遥は「それに忘れ物らしき物は見当たらないですし」と辺りを見渡した。
インターホンがなり終わった後のシーンとした部屋の中で、俺、真奈美、遥、美優が目を合わせ、ゆっくりとインターホンモニターへ目線を移した。
「……はは!何をビビってるんだよ皆!ストーカーか何かがこのマンションのセキュリティを突破して来たとでも?はは、もしかしたら今日呼ばなかった彼女が尋ねて来たのかもしれない。今出るからちょっと待って」
言いながら、モニターの画面を見た。
「……っ!?」
「咲夜、どうしたの?」
「誰が来たんですか?」
モニターを見た俺が明らかに動揺して見えたのか、真奈美と遥が心配気に声をかけてきた。
「い、いや!何でもない…」
くそ、今日は呼んでいないこの女が何故来ているんだ!?
インターホンのカメラに映っているのは夢々と言う二軍の彼女だ。
だがただの二軍彼女ではない。先程言っていた一軍へ昇格を予定していた彼女なのだ。
その夢々が何故連絡も無しに今日この時間に家にきたんだ!?
くそ…できる事ならコイツらと夢々の鉢合わせは避けたい。
ただの二軍女ならまだしも、夢々は特別だ。仕事さえクリアできれば一軍にしたい女だからな。どうしたものか…
「咲夜?どうしたの?インターホン、出なくていいの?」
「…?」
なんだ?
真奈美と遥とは違い、なんだか余裕そうな笑みで俺にそう言う美優がインターホンを覗き込む様に俺の方へ近づいて来た。
「こんな時間に宅配?…な訳ないよね」
マズイな…これ以上近づかれると夢々の顔を見られてしまう。
他に女がいるのは承知済みの奴らだから、女性が来たと言う事を知られる事自体は問題ないが、夢々は女性の中ではインフルエンサーとしてそこそこ有名らしいからな…三軍女共にそんな有名人が俺の彼女に混じっていると知られる訳にはいかない。
いや、それよりも夢々にコイツらみたいな女の存在を知られる事の方がマズイか。
「あらあら…?やっぱり女性だね。て事はさっき言ってた、今日呼ばれなかった彼女が急に来ちゃった感じかな?」
それにさっきから何だ、美優のこの妙な態度は…
すっとぼけたような面してインターホンに映る夢々を見ながら首を傾げている。
「ほらほら、咲夜!早く応答してあげないと可哀想だよ!今日は外も寒いし、風邪ひいちゃうかもよ?」
くそ、コイツ…どういうつもりだ?鬱陶しいな…
「え、他の彼女来ちゃったの…?大丈夫?」
「…こんな時間に突然来るなんて咲夜さんとのルール違反ですね」
美優がこれみよがしに騒ぎ立てた為、真奈美と遥が三軍女にしか与えていないルールを心配しだす始末だ。
連絡を寄越すな、突然家に来るな、写真を撮るな、なんてルールはそもそもお前らにしか与えていないんだよ。
二軍以上の女は連絡もしてくるし、予定を知った上で突然家に来る事もある。
だが勿論予定を教えている上で、だ。
そう、夢々には今日俺はバンドメンバーと打ち上げで家にはいないと伝えているのだ。
無論、他の二軍以上の彼女達全員にそう伝えてある。
それに彼女達は三軍女とは違い、有名人だ。自分の立場と俺の立場をよく理解している為、用事もなしに家に来るなんて不用心な行動はとらない。
だから今日突然ここに来る事自体が妙なんだ。