大切な時間
「「「「カンパーイ」」」」
グラスを掲げた男数人、皆がそう口を揃えた。
少しだけ高価な個室居酒屋で、渇いた喉にビールを一気に流し込む。
「いやー、今日のライブマジで最高だったッスね!!」
「今日のライブも!な!」
笑いながら純樹が後輩の頭を鷲掴みにしている。
この後輩は、中学の頃からずっと俺たちを支えてくれている良介。
バンドを始めたての頃、良介は俺たちの曲のファンだと言ってくれ、それをきっかけにバンド活動を裏で支えてくれるスタッフとしてずっと俺たちと一緒にやってきてくれている。
高校卒業したての頃なんて、お礼もろくに払ってあげられなかったのに「俺が好きでやってるんだから気にしないで下さい」とか言っていたとんでもないお人好しだ。
売れ始めて、やっとちゃんとした給料を出してあげられるようになっても「こんなに貰えないッス!」なんて言ってくる。
まあ結局、良介ごと事務所に入れたから給料はきちんと出してあげられているので今は安心だ。
「今日は俺の奢りだからな!じゃんじゃん食って飲めよ!」
「いやいや、悪いッスよ!」
ほら、思った傍からまた言ってる。
「おいおい、良介が遠慮して飲まないなら俺が代わりに純樹の財布空にするけど良いのか?」
「げえ、奏が言うと冗談に聞こえねーよ!」
「はは、本当に!奏さんマジでザルッスからねー、恐ろしいッスよ」
そんな会話に、他の皆も楽しそうに笑い声を上げた。
「まあ、そんな訳でさ!俺の奢りだから、皆も遠慮無く飲み食いしてくれよ!奏以外は!」
「ケチケチしないで俺の分も出してくれよ〜」
個室に響く笑い声が楽しげに飛び交う。こんな時間が俺は好きだ。
ライブ終わりには、いつもこうして皆で飲みに来る。
俺、純樹、咲夜、良介を始めとした昔からのメンバーだ。
良介以外にも、事務所に所属した時からずっと一緒にスタッフとして働いてくれている林、中村、内田、斉藤、田中。
咲夜の態度に嫌気が差して辞めていく人が多い中、この5人だけは咲夜の態度云々よりも俺達の曲が好きだと、多くの人にheaven's kissの曲を聴いてもらう為に一緒に働きたいと言ってくれた奴らだ。
最初は良介含めた俺達4人だけだったのが、いつしかこの5人を含めた9人になって。
彼らには本当に感謝している。勿論、彼ら以外にも派遣会社に頼んで来て貰っているスタッフ達にも感謝はしているが、このメンバーはやはり特別だ。
咲夜も今こそこの飲み会にはあまり参加はしないけど、当時はあいつも一緒によく飲みに行っていた頃もある。
いつからか、男しかいないむさ苦しい飲み会だなんて言い出して、あまり顔を出さなくなったが、あいつの性格もこのメンバーはみんな周知してる。ああ、またパスしたのかって、それが咲夜だって。
だから俺は純樹の様にいちいち咲夜に文句は言わない。
まあ正直、純樹の怒りは最もなんだけど。
とは言え確かに多少ムカつく事もあるが、咲夜のあの性格は昔からだ。俺様で自分勝手。自分さえ良ければ全て良しな奴。
俺たちに対して態度こそ悪いが、実は特別仲自体が悪いって訳でもない。まあ純樹も言っていた通り俺もアイツは嫌いだし、ムカつく奴なのは間違いないんだけどね。
それに、いくら咲夜の態度が横暴だからと簡単には追い出せない程、俺たちは有名になり過ぎている。
それはとても良い事でもあるんだけど、いざこの件に関してだけ言えば良いと言えるのかどうか。
まあ、それだけ俺達が咲夜頼みでここまで来てしまったっていう証拠であり代償でもあるんだろう。
「咲夜さんは今日も帰宅ッスか?」
そういえば、と良介がメンバーを見渡した。
「ああ、そうらしい」
俺が軽くそう返事をすると、少し苛立ちを思い出したかのように純樹がため息混じりに口を開く。
「ったくよ、せめて10分でもいいから顔くらい出せっつーの」
グビクビと豪快に喉を鳴らし、ビールを飲み干すとドン!と机にグラスを強めに置いた。
「純樹、何度も言ってるだろ?咲夜はああいう奴なんだから、ほっとけば良いんだよ。ムカつく度にいちいち怒ってたら、こっちの身が持たない」
と言うより…本音では俺は酒の席で純樹の怒鳴り声が上がらない分、咲夜がいない方が気が楽だ、なんて思っているのかもしれないな。
純樹はかなり情に厚いヤツで、何かとこういう席に咲夜を呼びたがる。どうにか説教で咲夜を更生させようと必死なのだ。
それがheaven's kissと咲夜の為になると。正直そんな事よりも俺は平和にバンド活動が出来ればそれでいいんだけどね。
「そーそー、純樹さんは気にしすぎッスよ。咲夜さんは昔からそういう人じゃないッスか。それに自分勝手な所も多いけど、まあ色々数々…その、アレっすね。そういうの見逃せばそんな悪い人じゃないかもーって言うのが本音ッスかねえ〜はは!正直、キツいパシリの時はマジかーってなりますけどね!」
色々見逃せば悪い人じゃ無いってのは、流石に色々見逃しすぎな気もするが。良介に関しては咲夜の自分勝手な横暴にもこの対応なのだ。
まあ、そんなお人好しすぎるのがコイツだ。
軽く笑い飛ばすようにそういう良介は、目の前にある唐揚げを口に頬張ると、モゴモゴ言いながら「まあ昔はちょっとイラついた事もありますけど、慣れッスかねえ」とまた笑った。
「まあ…何だかんだ言って皆、咲夜に対しても一応情があるんだろう。それが無ければとっくに追い出されてるさ」
「はは、違いなねえな」
先程までイラついていた純樹だが、俺の一言で納得した様に眉を下げている。そう、なんだかんだ言っても結局純樹は咲夜に甘い。
昔からの仲という奴なんだろうか、咲夜の事を悪く言う奴を見かけると、すかさずフォローしに駆け出す。
俺達heaven's kissの印象の為なのかもしれないけれど…それでも咲夜個人の印象なんて事務所に頼まれない限り、俺はいちいち庇う気にもなれないのが本音だったりする。
…情に厚いなんてもんじゃないと言うかなんというか。良介並のお人好しだな、こいつも。
自分は咲夜に文句ばかりの癖に、全く変なやつだ。
「まあそれとアレだな…咲夜をheaven's kissクビなんかにしたらファンから大バッシングが来るぞ」
「ッスねえ〜」
俺の言葉に良介もうんうんと頷く。
無論、ほかの面々も「そもそも咲夜さんの後に進んでボーカルやってくれる人なんていないですよ〜」と苦笑いだ。
「まあ、あの超人気イケメンをクビにしてまで入ってきたメンバーって事になっちゃうもんな、はは」
「ですよねえ〜、それこそ咲夜さんに何かあったりしない限りは誰も認めてくれないですって」
林がそんな事を言い出し、良介が「こらこら!」と口を挟んだ。
「何かって何スか!変な事言うもんじゃないッスよ!」
「あ、いや!ごめんごめん、冗談に決まってるだろ!」
「はは!大丈夫大丈夫、そんなに焦るなって」
焦って弁解しようとする所へ俺が背中をポンポンと叩いてやると、純樹も意地悪そうな表情で肩を組んだ。
「そーそー!気にすんな気にすんな、近々咲夜が死んだりしたら林が殺ったって事で万事解決するしな!」
「ちょ…!か、勘弁して下さいよ〜!!」
あははは、なんて声高々に縁起でもない冗談で皆が笑う。
こんなくだらない冗談で笑い合える、このメンバーが俺は何より大事だ。
この時間を守れるなら、俺はどんなハードモードだってクリア出来るだろう。
…なんて、それは言い過ぎか。(笑)
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