ルミ
ピピピピ、
「ん、ああ…もう1時前か」
ーー2時頃からはこいつの記憶普通に残るから、時間は必ず守ってね。
ログアウト直前にそんな事を言われたのを思い出し、ベッドに転がったままのハードギアを手に取った。
「……たかがゲームだってわかってても、なぁんか気が滅入るなあ。」
正直ファスプレはすごく面白い。
大学から帰ってきてすぐにログインして遊ぶくらいだ。
最近なんて友達と遊ぶよりもファスプレにいる方が楽しいなんて思っちゃうくらいにはハマってる。
まあ、ファスプレ内に友達もできたし、友達と遊んでるって言っても嘘ではないんだけど。
とは言っても、ファスプレ内の友達が【ルミの中の人はこんなんでした】なんて知ったらガッカリされちゃうかもしれない。
ファスプレは基本ルールとして実際の見た目からかけ離れたアバターは作成不可能だ。だけど種族は選べるし、髪の毛に関しては割と自由だったりする。髪型も色も結構変えれる。
あとはホクロを取ったりつけたり、その程度の事も可能だ。
そんな訳で、私の場合はこのコンプレックスのそばかすを排除、そしてこの剛毛な黒髪を艶々な金髪に…という具合で、意外と見た目は変えられている。因みに種族はエルフ。
そう、私は晴れて大学デビューならぬ、ファスプレデビューを果たしたのだ。
だからルミの中身が実は根暗な真面目学生だという事がバレては困るのだ。
まあ、そんな訳でファスプレ内では派手な友達の話し方をちょっと大袈裟に真似ていたりする。
「ちょっと気が乗らないけど、約束は一応守るか…」
ボソリとそう呟くと、ヘルメット状のハードギアを頭から被った。
静かに目を閉じると、キーーーンと古い機械の様な音が耳鳴りのように響く。
ふわりと身体が浮いた感覚になると目を開け、宇宙の様な場所にいるのを確認した。
ログイン空間、所謂ログイン画面のようなものだ。
そして腕に浮かんでいるファスプレマークに触れる。
するとプレイヤーモードと呼ばれる画面が目の前に浮かび、真ん中に大きく【ログイン】【キャンセル】の文字。
【ログイン】に指でフッと触れると、目の前の宇宙空間から一瞬で最後にログアウトした地点、宿屋に到着だ。
時間は深夜1時ジャスト。
「やあ、ルミ!ちゃんと約束は守ってくれたみたいだね!」
「ま、まあ…共犯とまで言われちゃぁ…もう流石に後に引けないっていうかなんていうか…」
あとはまあ、なんだかんだ言っても金貨一枚という大金を捨てきれなかったというのが本音だ。
「はは、なるほどね。ま、素直に金欲しさって言っても誰も怒らないと思うけど?」
そう言いながらピカピカと輝く金貨を一枚、テーブルの上に差し出してきた。
「っ…べ、別にそういう訳じゃ、…」
図星を突かれながらも一応否定してしまう私は、置かれた金貨をゆっくりと手に取った。
ショウの横をチラリと見ると、金を取られたとも知らないゴブリンが幸せそうにスヤスヤと寝息を立てている。
「素直じゃないね〜」
ニヤニヤとそう言いながら、私の手のひらに渡った金貨を確認すると「じゃ、これでアルバイト契約は終了だね!」と重たそうな巾着をじゃらりと鳴らしたショウ。
「あ、フレ登録はお互いに足が付きやすいから無しね!」
「いや、そもそもするつもりなんてないし…」
「はは、だね。君はそういうと思った!んじゃ、これでもう会う事はないけど、お互い良いファスプレライフを!」
二本指を立てて、スチャっと星が出てきそうな挨拶をしたショウは、宿をとっているのか階段へ向かっていく。
「ああ、あとは最終ログアウト地点、早めに変えといた方がいいんじゃないかな。2時頃から記憶が残るって言ったけど前後する事あるし、正確には分からないからさ、行動は早めにね〜!まあ、君が気にしないなら別にどっちでも構わないけどね!」
そう言い残して階段を登って行った。
もちろんゴブリンを置き去りにして。
「ハァ〜…」
手のひらに収まっている金貨を見つめ、ため息をつく。
正直、銀貨を集めるのが精一杯の私が金貨なんて手にしたのはいつぶりだろうか…
そして横目で視界に入る安らかにお眠りになるゴブリン。
机に転がる小瓶は一体何のアイテムが入っていたのだろうか、ショウが去って行った今、私には知る由はないが…
「さて…確かにここが最終ログアウト地点になってるのは良くないか、」
罪無き迷惑ゴブリン、本当にごめん。
心の中でそう言い残し、私は宿屋を足早に出ていった。
チラリと時計を確認すると、時刻は1:15。
ショウの話だと2時頃からは記憶が無くなるような事が起きないようになっているらしい。
それにさっきの話だと、少し怪しい部分もあるし…ショウの言う通り早めに動いておいた方が良いだろう。
宿屋の食堂は2時に閉店だから、その前にはステファがゴブリンを起こしにくるはずだ。
そうなる前にはゴブリンの目の前から消えておかなければいけない。
……そう思ったんだけど、
「ほらほら冒険者様、そろそろお部屋に行かれないと」
「ん、…んん、」
「そろそろ食堂は閉店の時間になりますから、立てますか?」
「ん、あ…ああ」
あああ、罪悪感からか様子を見に戻ってきてしまった…!
現在の時刻1:50。
もうそろそろ閉店の為、ステファに起こされたゴブリンはヨロヨロと起き上がり始めている。
ショウが使ったであろう謎のアイテムの効果はもう切れているのだろうか…それすらも不明だけど。
「ん、あれ…一緒に飲んでいた奴は、」
ゴブリンのそんな一言に、ギクリと肩が強張ったがこの角度からならゴブリンからもステファからも見えていないはず。
ギュっとフードを深く被り、顔を隠すように様子を伺う。
「あのお客様なら随分前にお部屋へ行かれましたよ。ふふ、冒険者様も手を振ってお見送りになっていたじゃないですか。あ、もうお一方は先にログアウトなさっていましたけど」
ショウのやつ、私と1時に待ち合わせる前にゴブリンとは解散してたのか。
「…ありがとう、俺もそろそろ部屋で休むよ。酔い潰れてしまって悪かったね」
ステファに肩を借りながら宿階段まで行くのを見届け、もうこれ以上は…
そんな風に思い、宿屋を出ようと早足でステファを横切った時。
「クスッ…」
何だろう、なんか笑われた?少しクスッと聞こえた気がしないでもないが…いやでも、顔はフードで隠してあるし、ステファに私の正体はバレていないはず…
いやいや、てかそもそも相手はNPCだ。
見られていようが関係ない。どころか、そんなプレイヤーにわざわざ干渉するような小馬鹿にした笑い方するはずがない。
悪い事をしたせいか、NPCにまで気をつかうなんて、やっぱりこんなアルバイト引き受けるんじゃなかったかも、なんて少しため息をついて宿屋の看板を背中越しに少し歩いた。




