ムカつく野郎だ
ガシャン!と大きな音がメイクルーム中に響き渡った。
無論、パイプ椅子を俺が蹴ったからだ。
「咲夜の野郎、何様だよ!本っ当にムカつくぜ!」
「まあまあ、いつもの事じゃん。そうイライラするなって」
俺の蹴っ飛ばしたパイプ椅子を奏が拾って起こしてくれている。
「ああ、これ壊れちゃってるや。会場の備品だから怒られるぞ〜…」
「い、まじかよ。悪ぃ…」
「はは、冗談だって。それに咲夜の事だけどさ、あいつの言ってる事も間違ってないだろ?だからまあ、なんて言うの?少しくらい大目に見てやれば良いんじゃない?」
「んな…!あいつの言いなりになれって言うのかよ!?」
「いやまあ、言いなりとまでは…でも、俺らがあいつに助けられてきたのは事実…今の俺らがあるのも咲夜のおかげってのも間違いじゃない。とは言っても、あいつのお陰だけで今があるってのは流石に異議有りだけどな。音楽に関してはそれなりに自信もあるし。だけどまあ…人気度だけで言ったら咲夜の人気が圧倒的なのも事実。さっき咲夜も言ってた通り、もう今更俺らだけでバンドからアイツを追い出すなんてのは到底無理な話だしな」
確かに、奏の言っている事は間違っちゃいない。
咲夜が目立つ為に俺らを使ってきた様に、俺らだって咲夜を利用した部分も無い訳じゃない。
性格の不一致、なんて今更過ぎる事。
そんな事で咲夜と決別するならば、とっくの昔にバンドは解散していただろう。いや寧ろ結成すらしていなかったかもしれないな。
こいつと一緒にいればのし上がれるチャンスが無数に増える、そんな軽い下心で咲夜をバンドに誘ったんだ。
だからこそ、咲夜の性格がどれだけ悪かろうと耐えてきた。
そして事実、咲夜の人気のお陰で俺たちは有名になれた。
そりゃ音楽に関しては、奏も言った通りそれなりの実力には自信がある。だが、何だかんだ言っても実力だけでどうにかなる甘い世界では無い。多少の運やコネがあった方が、やはり有利なのだ。
そんな訳で俺たちは、咲夜の圧倒的人気力を利用して有名なバンドとなり、実力も評価され始めて、こんな大きなステージに立てるまでの人気バンドとなれたのだ。
そこは否定しないし、WinWinだなんて言うつもりもない。
それに関して言えば咲夜には普通に感謝さえしている。
そりゃあ昔は「売れたら咲夜にクビ宣告してやろう!そしたら意外と泣きついてくるかもしれないぞ!」なんて奏と話していた事もあった。
が、現実はそう簡単ではない。
実際あいつはバンドをクビになろうが大した痛手にはならない。モデルでもタレントでも何にでもなれるだろう。なんなら「奏と純樹にバンドを辞めるよう脅されて…」なんてマスコミに言い出し兼ねない。
そうなれば最悪だ。世間はおそらく、俺達の言い分よりも咲夜の方を信じるだろう。咲夜と一緒にやってきて学んだ事だ。嘘みたいだが、見た目とはそういう物らしい。
それに現状、咲夜をクビにして痛手があるとしたら俺たちの方だ。
咲夜のファンからはバッシングの嵐、ボーカル不在のバンド。咲夜の代わりに入ってくれる人が見つかったとして、ファンに簡単に受け入れてもらえるとは思い難い。最悪、事務所から契約を切られる可能性だってある。曲の人気だけで売れている先輩バンド達とは違い、俺たちのバンド人気は咲夜の顔ファンが大半を占めいている。
悲しいが、それが現実だ。
「………。」
「純樹、大丈夫か?」
「あ、ああ、ありがとう…そうだな、奏の言う通りだ。俺たちだって咲夜を散々利用してきたんだ。今更文句なんて言えた立場じゃないよな」
ふっと笑いながら奏を見ると、少し安心した様子の表情で俺を見ていた。奏は本当に良い奴だ。
咲夜の横暴にも、多少の文句は言うものの笑って受け流せる懐の大きさがあって、俺とは大違い。
ドラムの練習も人一倍努力をし、スタッフにも優しく、人懐っこく、ジョークも上手い。当然だが、誰からも好かれている。
本当に、咲夜には奏の爪の垢を煎じて飲んで欲しい。
…割と本気でな。今度コーヒーにでも混ぜてやるか。
「はは、態度に関しては多少文句言っても良いと思うけどね!それにさ、純樹…お前なんだかんだ言って、咲夜の事嫌いじゃないだろ?」
「はあ?いや普通に嫌いだよ」
「そうか?んー、じゃあ大嫌いでは無いだろ?」
「んんー……まぁ、百歩譲って大嫌いでは…とは言っても好きって訳じゃない。ただ、事実あの外見と外面の良さには何度も助けられてるし…普通に感謝はしてるよ…好き嫌いって言うよりかは感謝という名の情みたいなもんだよ。ま、だからってクソ野郎なのは変わんねえけどな!」
そう、あいつは自分の利しか考えていない正真正銘、最低野郎のクズだ。
何人もの女と同時に付き合うし、その上すぐ捨てる。そういえば1軍〜3軍の女がいるとか何とか言っていたのを聞いた事もあるな…。
自分好みの見た目じゃない人に対しては言うまでもなく先程の通り。
そして周りの人間を自分の使用人かの様に扱い、時間にルーズで自分勝手な遅刻は当たり前。クズのお手本のような奴だ。
女に貢がせるわ、ギャンブルするわ、ゲームの重課金もお手の物。言うまでも無いが、勿論自分の金では無く全て貢がせた金でだ。
聞いた話じゃ貢ぎ用の通帳があるとか。なんだよその通帳…
でも、自分を良く見せるという事に関しては天才だ。
自分の容姿をうまく利用し、言葉が上手く、今の事務所でここまで大きくなれたのも、咲夜が社長へ根回しをしてくれたからだ。
それだけは本当に感謝している。
が、あの態度なのだ…
ああ、それと感謝はしているが、あいつの私生活のせいで事務所や俺らが尻拭いに走っている事に関してはぶん殴っても気が済まない程度には怨んでいるがな。
「あー、ほんと…咲夜のあの性格だけ何とかなんねえかな〜!全部とは言わないから!少しだけでもどうにかしてくれ!」
「ははは、無理無理!諦めろ!」
「だよなあ〜、くそー!一日でも良いからあいつの見た目、ゴブリンとかになんねーかなぁ」
「はは、何だよそれ?」
「ほら、見た目がゴブリンならさ、あの性格は通用しないだろ?そんな事になれば少しでも改める気になったりしないかなって」
「なるほど?まあ1日じゃ意味ない気がするけどな、はは」
そんな冗談を笑い合いながら奏が帰り支度を始める。
この後の打ち上げもあるし、俺もそろそろ片付けを始めなければ。
「…と、ああ!ゴブリンと言えば、例のゲーム番組の収録、日にち決まったんだっけ?純樹、マネージャーから聞いてる?」
「ああ、ちょっと待ってな。さっきメッセージ来てたから…」
カバンからスマホを取り出し、メッセージを確認する。
ちなみに、マネージャーは咲夜の送り迎えをしている為、すでに会場をでている。
まったく、咲夜のやつ良い御身分だよな。
「あったあった、えーっと…来月に決まったらしい。前に話した通り、個人個人でゲームの予習はしてこいって。事務所にゲームハードが三台あるらしいから、そこでやれってさ」
「サンキュー、了解。俺実はこのゲーム結構気になってたから楽しみなんだよね」
「あ、俺も俺も!あのゲーム結構高いじゃん、練習とかライブ準備で時間無いってのもあるけど…マジで値段が、なあ…簡単には手出せないよな」
最近大人気のフルダイブ型ゲーム、First place。略してファスプレ。
株式会社Heavenという会社が出しているゲームで、俺たちのバンドheaven’s kissという名にちなんで、ファスプレの宣伝特集番組に出演オファーをしてもらえたと言う訳だ。
株式会社Heavenといえば、社員含む開発者もろもろ全てが謎に包まれていると言われる会社だ。
去年、彗星の如くゲーム業界に現れ、瞬く間にフルダイブ型ゲーム界の頂点に立った。
これまでは様々なバグが多かったフルダイブゲームだが、 Heavenが作ったゲームではまだ一度もそういったバグの類は起きていないらしい。
ゲーム内NPCも、インプットされている行動や言葉を繰り返す様なAIではなく、本当に誰かが操作しているのではとネットでは疑いの声が上がる程の出来らしい。
だが、そんな完璧な出来という事も含め、お値段はなかなかの高額。
小中学生やそこらの高校生なんかには到底手が出せないお値段なのだ。勿論、サンタクロースでさえ、セレブの家に来るサンタしか枕元には置いていってくれないだろう。
「いやー、まあ確かに...100万円くらいするらしいしなぁ...」
「はは、値段設定だいぶ強気だよな。それに確か、そもそも抽選販売しかしてないんだったよな?抽選に当たった人だけが買えるって…Heavenが転売禁止してるのにも関わらず、すぐに転売した奴がいて速攻捕まったって話もネットで見たよ」
「うぇ〜、マジか…値段云々の前にそもそも俺には購入権利すら無かったのかよ…ま!でもそれを仕事とは言え、俺たちもやって良いって言ってんだもんな!マジでこれラッキーじゃね?」
「はは、まあ確かにな!事務所での予習ゲームが楽しみだよ」
ファスプレはゲームハードとソフトが一体型になっている珍しいタイプで、ハードを購入すればソフトはダウンロード済だが、他のソフトをインストールする事は出来ない仕様となっているらしい。
それで100万だと言うのだ。ゲーム自体のアップデートはあるだろうし、新規要素追加等でファスプレ1本でも楽しめるのかも知れないが、新作ゲーム等が出た場合また高額なハードごと売るつもりなのだろうか…。
末恐ろしいな…。
だが、それでも大人気で、現在のゲーム売れ筋ナンバーワンらしい。
なんてこったい。最近のゲームは金額からしてハードモードだ。