泥棒
「お、おい…!ルミ、見てみろ!あのゴブリンすげえ金持ってるぞ!?」
「お、おぉ…マジじゃん…なんであんなに持ってんの!?初心者じゃないんじゃないの!?つか、寧ろ熟練者なんじゃ……」
酒で火照る頬をエールの木製ジョッキで冷やしながらコソコソと横のゴブリンをショウと2人で盗み見る。
冷えたエールとは言え、木製ジョッキでは頬はあまり冷えてくれない。
そんな事ともつゆ知らず、まんまとアタシらの横のテーブル席に座ったゴブリン。
「熟練者な訳ないさ、見てみなよ。あの行動は初心者しかしない」
ショウがゴブリンの方を見てみろと言わんばかりに顎を動かした。
そこにはジャラジャラと硬貨を並べ、数えるのに夢中でアタシらの存在を気にすらしていないゴブリンの姿。
そーそー、やったやった。
アタシも最初の頃に各硬貨が何枚で何枚なのか、物価も全然わかんなくて適当なものひとつ買ってお金くずしたっけ。
……うん、まあ確かにこの行動ひとつで初心者なのは明白。
「じゃ、じゃあなんであんなに金持ってんの……?」
アタシらの隣の席に座っているゴブリンは、確か昼間に盛大なホラを吹きまくってたとファスプレ中で噂になっていた奴だ。
heaven's kissの咲夜が死んだと速報が流れた時には「自分が咲夜だ」なんと大声で大ぼらを吹いていた不謹慎でアホな迷惑ゴブリンらしい。
いや、その風貌でheaven's kissの咲夜は無理あるっしょ…
このゲームのキャラメイクのルールを知らないのか?
「正直何でかはどうでも良いよ。そこは俺には関係無いからね。でも、最ッ高じゃないか…!」
さっき「私が見たショウの表情の中で一番悪い顔を見た」って言ったけど、訂正する。マジ秒で更新してきたわコイツ。
「よしよし…もしコレが成功したらルミ、君の成功報酬金貨1枚にしてもいいよ」
「は、は!?まじかよ…」
「ああ、大マジさ...!元々君とカモに奢るエールと君への報酬差っ引いて儲けはせいぜい銀貨4〜5枚、悪くて3枚程度だと考えていたけど...」
溢れ出る欲が抑えきれていないショウは一番悪い顔を更に更新中だ。
「あ、だけどその為にはシッカリ働いてくれよ?中途半端な情はナシ。良い人はやめだ。ゲーム内の事ではあるけど今からやるのはれっきとした泥棒行為だし、それを君もちゃんと理解してくれ。途中で怖気ずいてやっぱりヤメタなんてのも止めてくれよ。」
「ぐッ……つー事はもうアタシはただ友達の少ないショウと仲良く酒を飲むだけのバイトっつう話は無しって事か…」
「うん、まあそうだね!と、そうは言ってもやる事は特に変わらないから安心してよ」
「え?そうなの?」
「うん!認識さえすれば君は俺を裏切れないって言う保険みたいなモンだからさ。ね?だって君は俺の泥棒の片棒を担ぐんだからそう簡単にアイツ泥棒してました、なんて言えないだろ?だって君、共犯者なんだから」
嫌な笑みを浮かべるショウは人の弱味を握り、漬け込むのが得意なんだろう。つか、泥棒自体初めてじゃないんだろうな。
「君はあくまでも相手を油断させる為の俺の盾、実際に盗むのは俺がやるからさ。そうじゃないとあの金額からの金貨1枚は少な過ぎるだろ?」
出会った時と変わらない笑顔でニッコリ笑うショウは表情がコロコロと変わり、本当に何を考えているのか不明だ。
実はこいつサイコパスなんじゃないの?
「……分かった」
金貨1枚もあればゾンビ犬攻略用の盾を買っても余裕でお釣りが返ってくる!そんな美味し過ぎる話、攻略に切羽詰った酔っ払いの目の前にぶら下げられたら乗るに決まっている。
それすらもコイツの想定内なのかもしれないけどね。
ま、まあ、言うてゲーム内通貨を貰うだけだ。別に現実世界リアルであいつの全財産を奪おうって訳じゃないんだから。
そう、ゲーム内での事。別にゲーム内で金が無くなったって死ぬ訳じゃない。
そう言い聞かせるように黙っていると、もはや胡散臭く見える笑顔をニッコニッコと私へ向ける目の前の男。
「うんうん、そうこなくっちゃ」
そんなショウを他所に、エールジョッキを力強く握った私はたっぷりと入ったその炭酸飲料を一気に流し込んだ。
「お、おいおい…そんなに一気にいって大丈夫?」
さすがのショウも少し心配気に笑顔を崩したが、構うもんか。
だって泥棒の片棒なんて酒の勢いが無いと遂行出来そうにない。
「らいじょぶ、らいじょぶ!」
「…な、ならいいけど……いいかい?まず、俺たちは盛り上がっててゴブリンには気がついて無い。アッチは壁側だからね、声をかけるなら俺達しかいないはず。わざわざ席を立ってまで他に話しかけに行くようなら俺から話しかける。」
「おけ〜」
徐々にフワフワとした感覚が脳に伝わってくる。
それと同時に、だんだんと楽しい気持ちさえ込み上げてきてしまう。
今から泥棒の片棒を担ごうというのに、お酒とは実に恐ろしい飲み物だ。




