誓約書
マネージャーの一言から、ペレと名乗る目の前の人間ひとりにこの場の全員から不信感という目線が集中する。
「ペレさん、でしたっけ…?カードはどうしました?ほら、フロントで受け取ったでしょう?」
こちらの不信感をなるべく悟られない様に、ニッコリと笑いながらそう聞く。
だが、相手が不審者だった場合何をしてくるかは不明だ。先程引き出しを漁った時に出てきたカッターを念の為、バレないよう後ろ手に隠し持った。武器になりそうな物がたまたまあって良かった。
「カード…はて、」
首を傾げ顎に手を当てるコイツは、恐らくフロントでカードを受け取っていないらしい。
まったく、警備員は一体何をしていたんだ。…それにしてもカード無しでどうやってセキュリティをくぐり抜けて来たんだ?
まあ、とりあえず今はそんな事どうでもいい。
「まさかとは思うけど…Heavenを名乗って不法侵入した不審者じゃないだろうな…?」
俺の言葉に、ここにいる皆が警戒心を露にし、猫の仮面をジッと見つめた。
「ん、…ああ!これの事でしょうか?」
ソイツは今更思い出したかのように胸ポケットに手を突っ込み、ゴソゴソしたかと思ったら、スっと来客用カードを取り出した。
「咲夜様安心して下さい、私は不審者ではありませんから。その右手で握っている物騒な物は危ないですから、お離し下さい」
「!」
バレていたのか…後ろ手に握っていたからアイツの角度からは見えて無かったと思うが…取った時に見えたのか、はたまた机の上に出されていたのを知っていて、それが無くなったから俺が持っていると勘で言っているのか…。
どちらにせよ、コイツがカードを持っていた時点で俺がコレを握っているのは良くないか。
「はは、まさかバレてしまっていたとは。すみませんね、職業柄ストーカーや不審者に出会う事も少なくないので…つい」
言いながら、机の上に見えるようにカッターを置いた。
「お、おい咲夜…お前なんでカッターなんて持ってんだ!?危ねえな…」
「ん?あぁ、さっきその朱肉を探す時にね。朱肉が奥にあったから手前にあったコレを机に出してたんだよ」
「あ、そうそう朱肉…これは駄目です」
ゆっくり近づいて来たかと思うと、思い出したかのようにカッターと一緒に出していた朱肉を俺の横から取り上げる。
すると何処から出てきたのか手品のような仕草で細い針を出して見せ、その切っ先をこちらに向けた。
「申し訳ありませんが、印は血判でしか受け付けません。指の先に少し刺すだけです。大して痛くもないし、傷も残りませんよ」
そう言いながら1本にしか見えていなかった針をシャキンとズラして4本にしてみせた。さながら手品のようだ。
「さ、どうぞ」
自分たちで好きな針を選べと言わんばかりに差し出してくる。
さっきまでの盛り上がりは何処へやら、流石に少し不審に思っている純樹と奏だが、言われるがまま針を受け取ろうと手を伸ばす。
「…あれ、4本……?」
「ええ、ココには4名いらっしゃいますので」
「あ…そ、そうか、僕も含まれるんですね」
ハッとした様子のマネージャーが自身を指さし、苦笑いで針を見た。
確かに、誓約書の内容からしてみれば現状このペレとココで会ったマネージャーも判を押すべきか。
「は、はは、実は僕…先端恐怖症なんです…針で指なんて刺せるかな…」
「ふむ、なるほど…では貴方の指は私が刺して差し上げましょう。ほら、目を閉じていればなんて事ないですよ」
面の隙間から微かに見える目がニッコリと笑っている。
大して痛くないとは言え、人の指を笑顔でぶっ刺せるコイツはちょっとイカれてるんじゃないかとさえ思う。
ゲーム会社のイメージや遊び程度で、そこまでして血判にこだわるのか。
会社の方針だか何だか知らないが、社員皆こんな感じなのだとしたらHeavenはなかなかに狂った会社だな。
「は、はい」
自分が率先してやらねばと思っているのか、言われるがまま人差し指をペレに差し出すマネージャーはギュッと目を瞑って顔を背けている。
その指をそっと掴み、プツっと小さく針を刺した。
「っ、…」
「はい、終わりましたよ!さぁ、こちらに判をお願いします」
ほらほら、と誓約書をマネージャーの前へ差し出し、血が出ているその指で判を押せと催促している。
「こ、これで良いんでしょうか」
グッと人差し指を紙に押し付けると赤い血がベッタリと付き、素人の目視じゃ指紋の形すらも見えない。
こんな誓約書になんの意味があるって言うんだか。
「はい!ありがとうございます。さて…あと3名ですね、どうぞ」
早く受け取れと言わんばかりに針を差し出してくるペレの声が少し楽しそうに聞こえるのは気のせいだろうか。
「と、とにかく押せばいいんだな。分かった」
マネージャーが先に血判を押したのを見て、後にも引けなくなった純樹がそう言いながらゴクン、となにか意気込んだ様に唾を飲み込んだ。
そしてゆっくりとペレの手から針を1本受け取る。
その尖った先端を親指に刺すと、プクっと赤い粒が膨らんで出てくる。
「よし、誓約書をくれ」
「はい、どうぞ」
ペレが誓約書をスっと差し出すと、純樹はそこに力強く親指を押し付けた。
「……よし!、これで良いんだな!」
「はい、結構です。ありがとうございます」
その様子を見た奏も、続いて針を受け取るとチクリと自身の指を刺し、差し出された誓約書に血判を押す。
「血はすぐ止まると思いますので、こちらをどうぞ」
そう言いながらペレは先に指を刺した3人へ、胸ポケットから取り出した葉を三枚手渡した。
「え、葉っぱ…?」
「いえ!これは弊社で制作しているリアルに葉を再現したティッシュみたいな物ですよ。ささ、これで傷口を抑えて下さい。押さえておけば血はすぐに止まりますから」
リアルに再現、と言うよりは本当にただの葉っぱにしか見えないが…受け取った3人は「うわ、本当にリアルだな」「でも何かふわふわしてて確かにティッシュっぽい」「流石はHEAVENさんですね!ゲームのアイテムみたいで面白いです!」なんて言って大絶賛だ。
しかも「ん?あれ、もう血が止まった?」「あ、本当だ…え、んん?もう刺した所どこがわかんないぞ?」等と言い出している。
馬鹿かこいつら、そんな訳ないだろう。見た目と雰囲気に流されやがって。
そんな中、ペレがチラリと俺へと目線を移した。
「では、後は咲夜様のみですね」




