株式会社Heaven
「ん…んん、」
カーテンの隙間から漏れる光が顔に当たり、眩しさで目が覚めた。
「……」
なんとも目覚めが良くない。
酒が残っているとか、体調が悪いとかそんなんじゃない。
昨日、寝る寸前にあんな出来事があったからだ。
そういえば風呂も入らず、歯磨きもせずに寝てしまったんだった。
そのせいで口の中は気持ち悪いし、髪はパサついて最悪だ。
くそ、こんなんじゃライブの疲れも取れやしない。
「…ああ、そういえば今日は事務所だったか」
マネージャーはゲームのセッティングと会議で今日は迎えにも来れないらしい。まったく使えない。
いつもなら誰か女に電話して迎えを寄越す所だが…昨日の事を考えると暫く女はやめておいた方が良さそうだな。
もしかしたら美優が余計な事を吹き込んでいる可能性もなくは無いし。
これ以上のトラブルはごめんだ。
「しょうがない、タクシーで行くか」
取り敢えずシャワーでも浴びようなんて考えながら、フゥと深く息を吐き出し立ち上がり、カーテンを開ける。
俺の気分なんてお構い無しと言わんばかりの晴天だ。
昨日の夜は散々な気分を味わったからな。よし、ここは気持ちを切り替えて、スーパーモテ男の俺らしい爽やかな朝を味わおう。
そうさ、トラブルなんて俺の手にかかれば大体なんとかなる。
そもそも気にする程の事でもないか。彼女にしてやった女どもは俺の信者とも言えるし、マスコミ関係者や報道局、テレビやラジオの関係者諸々、俺に惚れ込んでいる女はゴロゴロといる。なんなら男だっているぞ。まあ実際範囲外ではあるが、その気にさせておくのも悪くないからね。
そう考えるとなんだか気分が戻ってきたぞ。
そうそう、これでこそ俺じゃないか。
鼻歌なんて歌いながら歯を磨き、シャワーを浴び、鏡を見れば自分でも惚れ惚れする程の完璧な顔が映っている。
「はは、我ながらそこらの女より綺麗な顔だよ」
髪を乾かし服を着替えたら、少し苦手な果実酢を飲む。
あまり得意ではない味だが、美容の為だからな。
グラスを片手にテレビの電源を着けると、ニュース番組でフルダイブ型ゲームの危険性について、なんて事を語っている。
「昨今人気を集めているフルダイブ型?と言うんですか?私はああいうゲームは本当に危険だと考えております。そもそも昔からゲームそのものが子供に危険な思考を植え付ける害悪な物だと訴えてきましたが…バーチャル世界に入るなんてとんでもない!これでは現実逃避をする若者が増えてしまいますよ」
50代半ばくらいの男性コメンテーターが険しい表情でそんな事を話している。
なんて古臭い考えをしたおっさんなんだろうか。
まあ、現実逃避をしたいやつの心境なんて俺にはわからないが、危険な思考になるやつなんてゲームをやらずともそういう思考になるんだろうし、むしろバーチャル世界で発散させた方が安全なんじゃないのか?
ふむ、我ながらなかなか良い討論が出来そうだな。
今度この類のニュース番組にも声をかけてみても良いかもしれない。俺のイメージは少しチャラチャラした印象が強いからな、真面目に討論できる姿も見せていけば俺に注目する年齢層も増えるだろう。
まあとはいえ、忙しすぎるのも困りものだ。そこそこでガッポリ稼げるように俺の人生をイージーモードに調節をしておかないとな。
そうそう、実はあいつらには言ってないが数年後にはバンドも解散の予定だ。
適当に注目を浴びて稼いだら、あとはセレブ生活が俺の予定だからな。
もはや労働など俺には似合わない。
自由に遊んで、注目を浴び続け、最高なセレブ人生をエンジョイする、それが俺の未来予定だ。
予定、というよりかは最早確定事項と言っても過言ではないがな!
その為には、邪魔な女は今の内に切っておかないと。これからは昨日のような事が起きないように、女も厳選して選んでいかなければいけないと学んだからな。
「…おっと、その前に数年後の自分に向けて今はタクシーを呼ばないと」
そろそろ事務所に来いと呼ばれた時間になる。
いつもならばマネージャーが迎えにくるが今日はこれないらしいからな、この俺を直々に呼び出すらしい。
事務所までは車で20分程度、今から準備して出れば…まあ多少の遅刻で済むだろう。
今日はミーティングルームであいつらとゲームをするだけだ。
特別急ぐ必要もないか。
♢
「あっ…!咲夜さんお見えになりました!」
「ああ、咲夜おはよう」
「…やっと来たか。たく、20分も遅刻しやがって…」
事務所の入り口を通ると、マネージャーが慌てて近寄ってきた。
その後ろからは、椅子に座って悠長にコーヒーを飲んでいる純樹と奏が覗き込むようにして俺の姿を確認している。
「ああ」
昨日の事もあって、純樹がもっと煩く声を荒げてくるかと思っていたが…
意外だな、特に怒っている様子はない。どころか、遅刻への愚痴を漏らしながらも少し機嫌良くさえ見えるのは気のせいだろうか。
大声を出さないのは結構だが、何だか気持ち悪い。
「咲夜さん、今日はお迎えに上がれずすみません!で、皆さん早速なんですが…今日は特別に株式会社Heavenの方がゲームの説明に来てくださるそうで…取り敢えず、こちらのミーティングルームへ」
「え?そんな話聞いてないけど」
ミーティングルームへ俺達を通すと、マネージャーが珈琲を用意しようとカップを手に取り、ポットのボタンを押した。
広くて静かな部屋にゴボゴボとお湯を沸かす音がよく聞こえる。
「ええ、先ほど突然連絡がありまして…最近よくフルダイブ型ゲームがニュース番組などで良くない取り上げ方をされているので、そのイメージを覆したいと」
「覆す為にここに来るのか?別に俺はファスプレに悪いイメージは抱いてないよ」
純樹と奏もゲームは好きな方だと思っていたが、まさかこいつらがやりたくないとでも言い出したか?
そう思い、二人の顔を見るが特にそういう訳でもなさそうだ。
俺と同じように、どういう事だと首を傾げている。
「いえ、そういう事ではなく、今回の番組でそのイメージを払拭出来るよう、heaven's kissの皆さんにも協力して欲しいと言われまして、会議も含めてゲームの説明をなさりたいそうです。ただ、Heavenの社員の方々は基本的に姿を公開しない主義らしく、今日来る社員の方の事は一切の口外を控えるようにと…」
マネージャーが少し気まずそうに、一枚の紙を俺たちの前に差し出した。
「?」
そこには「誓約書」と大きく書かれており、内容はたった1文だけだ。
株式会社Heavenの社員に関する容姿、名前、声、行動、全てに関して一切の口外を致しません
上記の誓約を破った際には魂を捧げます
何だこれは?魂だって?
しかも、サインの場所には名を書くのではなく、血判を押せとまで書いてあるぞ。
「何だこれ…おい、ふざけてるのか?」
「い、いえ!本当に今朝、Heavenの方から連絡があって、その後すぐにこの誓約書が事務所に届きまして…」
「ははは!良いじゃん良いじゃん、なんかわかんないけど、その人の名前や見た目とかを誰にも言わなければ良いんだろ?別にわざわざいう必要もないし、誓約書の内容がゲームっぽくて面白くね?」
「はは、確かに。もしかしたら面白さを演出するためにわざと変な文章で誓約書を作っているんじゃないか?姿を一切見せないのも、ゲームのイメージ戦略って噂もあるしね」
俺の反応とは裏腹に、ノリノリの二人は「血判って事は指切らなきゃいけないのか?」なんて話し出している。
「ハァ…お前らの言うような目的だとしたら、こんなもの遊び半分な誓約書だろ。わざわざ指を切ってまで血で打つ必要はない。やりたいならお前らだけ切れよ、俺は朱肉で押すから」
言いながら、適当にその辺の引き出しから朱肉を探していると「咲夜様、それは困ります」と背後から声が聞こえてきた。
「…!」
急に声を掛けられ驚きながら振り向くと、不細工な猫の面で顔を隠したスーツ姿のヤツがいつの間にかドアの前に立っている。
身長が低く、声も中性的、身体付きも子供っぽくて女か男か区別がつかない。
「ほら、きっと貴方は今こう思ったでしょう?『身長が低くくて、声も中性的、身体付きも女か男かわからない』と…いえ、咲夜様だけでは無いはず、貴方方皆様少なからず私の容姿について何か思ったはずです」
「…!」
コツコツと足音をたてながら近ずいてくるソイツに、心中当を当てられ、俺、純樹、奏、マネージャーが目を合わせた。こいつの言う通り、恐らく皆同じ事を考えたのだろう。
「は、はは…そんな面を付けていれば誰だって容姿に目がいくでしょう、特別な意は無いですよ。ええっと…Heavenの方、ですよね?」
想像の斜め上を行くような妙な奴が来た為、笑顔が上手く作れているかは微妙だが、Heavenの社員であるならば取り敢えず失礼な態度を取る訳にもいない。
「ええ、申し遅れました…私、株式会社Heavenのペレと申します。以後お見知りおきを、と言いたい所ですが、貴方方には私の事はお忘れになって頂きたいので、必要ないですね」
なんなんだ、この舐めた奴は。
それに、ペレだと?ふざけてるのか?たかだかサンプル説明に来るようなペーペー社員が本名も名乗らずに偽名で挨拶とはな。
というか、こんな奴がHeavenの社員だなんて本当なのか?
「あ、あの…ペレさん、どうやってここに?」
マネージャーが困惑しながらも、突然現れたペレとやらにそう質問した。
そう言われてみればそうだ。
来客はフロントでアポの確認を取って、来客用カードを受け取らないと事務所内に入って来る事は不可能だ。
そもそも、俺達にアポの確認連絡は来ていないし、見た所こいつは来客用カードも持っていなさそうだ。
もし持っているのであれば首からぶら下げる様、フロントで言われているはず。
そして、カードが無いと入口のセキュリティが空くはずもない。
どういう事だ?




