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文学系

明日も陽気に踊るババ

作者: 七宝

 その日は友人のシュンギクと久々に会って、シュンギクの家で飲んでいたんだ。

 で、ある時「つまみと酒を追加で買いにいくにょ」ということになって、2人で家を出た。


 幸運なことにシュンギクのデパートの近くにはコンビニがあったので、「あまり歩かなくて済むな」とほっとしていたのだが、シュンギクが「あそこはやめといた方がいい」と言うのだ。


 なんでもそのコンビニの駐車場には、不定期に不審者が現れるというのだ。

 その不審者は70代のババアで、突然現れては何時間も踊り続け、気が済むとすぐに帰っていくのだそうだ。


「こんな夜中だし、さすがに寝てんじゃねぇかな」


 今は夜中の1時だ。嫌がるシュンギクの手を引き、俺は無理やりそのコンビニへ向かった。


 案の定ババアはいなかった。シュンギクはほっとしていたが、正直俺はガッカリしていた。酔って気が大きくなっていたのもあって、ババアをひと目見てみたかったのだ。


 コンビニでビーフジャーキー、冷凍ハンバーグ、カップ麺、最新型のiPhone、レクサス、家、チロルチョコを購入し、俺たちは店を出た。


 帰り道にもババアはいなかった。

 もしかしたら買い物をしている間に⋯⋯なんて考えていたが、期待は裏切られた。ババアめ。


 シュンギクのデパートはすでに閉店していたため、彼の家である屋上までは壁をよじ登って行った。


「レクサスと家担いで屋上まで登んのキツかったわぁ」


 俺があてつけがましく言うと、シュンギクはそれに反論した。


「俺だってカップ麺とか持ってんだぞ」


「まぁ、おあいこだな」


「にゃっはっは!」


 そう、俺たちは喧嘩をしてもすぐに仲直りをする、超スーパー仲良しホモ疑惑コンビとして有名なのだ。


「あ、ハンバーグ温めるの忘れた!」


「本当だ! てか、酒も忘れた!」


「もう1回行くか」


「それがいいにょ」


 ということで、俺たちはまたデパートの屋上から飛び降りた。

 地上で1回ペシャンコになり、空気入れでムクムクと復活する。本日2回目のくだりだ。


「そこのコンビニでいいか?」


「そこのコンビニ、不審者が出るんだよ。俺ヤダなぁ」


 シュンギクの話によると、なんでもそのコンビニの駐車場には、昼夜問わずシュンギクの知り合いのババアが踊りに来るのだそうで、他のコンビニに行きたいと言うのだ。


「ダイジョブダイジョブ! イマヨナカノ2ジ! サスガニババアネテルヨ!」


 通りかかった外国人が俺の気持ちを代弁してくれた。


「シカタナイネ、ツイテッテヤルヨ」


 シュンギクはカタコトで答えた。


「マネシテンジャネーヨ!」


 外国人の右フックがシュンギクの左足の小指にヒットした。小指はボンボンに腫れ、靴を破って飛び出し、166センチまで成長したところで小指は自我を持ち、シュンギクとの繋がりを断った。


「どうも、ワリシタと申します」


 シュンギクの小指はワリシタと名乗った。


「今生まれたばっかなのに、もう名前があるのか?」


「それを言うなら、『今生まれたばかりなのに、もう喋れるのか?』が先じゃないか?」


「先じゃねーよ」


 名前があるほうが気になるだろ。


「そんなの簡単だよ。俺は自分の指20本にそれぞれ名前付けてたからな」


「そんなことより早くコンビニ行こうぜ」


 シュンギクは話し始めると長いんだ。


 コンビニには、ワリシタもついてきた。


「ひゃ〜、ほろへれぇ〜♪ ほほへぇ〜♪」


 駐車場には、300日間乾燥させたレインボーアニサキスのようにやせ細った俺の生き別れの父親が、下半身は何もつけず、上半身だけボロボロの服を着た状態でとぐろを巻いてなにやら唱えていた。


「親父! こんなところにいたのかよ! 10年間どこ行ってたんだよ!」


 いつの間にか涙が溢れていた。今日は薄いピンクだった。


「にゃほ〜♪ ほへぇ〜♪ あうあうらぁ〜♪」


「話通じなさそうだし、おつまみとして持ち帰るか? 美味そうじゃね?」


「なに俺の親父食おうとしてんの!?」


 満場一致でつまみにするということになり、シュンギクが親父をポケットにしまった。


 さて、どんな酒がいいかなぁ。


「分担しましょ!」


 ワリシタが言った。

 ハンバーグ温め係とか酒買う係とかか?


「とりあえず僕は万引き係やりますね! それじゃ!」


 ワリシタは店内にあったロキソニンを片っ端からポケットに詰め込んだ。


「弟よ、ロキソニンを買うには薬剤師の許可がいるんだぜ」


 なるほど、ワリシタはシュンギクの弟って認識でいいのか。


「ポケットに薬剤師も入ってますんで」


「ならよい」


 俺たちは『ほろよい』というシリーズのお酒を買った。俺はホワイトサワーと桃、シュンギクはカシスオレンジとカシスウーロン。アルコール度数は全て50%だ。


 店員の口の中で温めていたハンバーグを取り出し、俺たちはワリシタを置いて店を出た。


「あっ! あいつだ!」


 シュンギクの指さす先に、陽気に踊り狂う1人の老婆がいた。


「絶対に顔を見るなよ」


 シュンギクいわく、ヤツの顔を見た者は1人残らず気が狂ってちんちんが引っこ抜けて死んだり死ななかったりするらしい。


 クルッ!


「ばぁーっ!」


 老婆がいきなりこっちを向いた。とっさのことだったので2人とも目を閉じるのが間に合わず、老婆の顔をモロに見てしまった。


 老婆の顔は真っ白で、そのうちの半分が口だった。歯は何十年も磨かれていないような、真っ黒な歯だった。


 けど、別に驚きはしなかったし、気も狂わなかった。うちのかーちゃんもこんな感じだし、とーちゃんなんかほっそい虹色の蛇だし。顔の半分が口でも別にどうってことないよ。


「な、シュンギク」


「なにが?」


 シュンギクも落ち着いていた。


「シュンギク、気が狂うんじゃなかったのか?」


「ああ俺? 俺は狂わねぇよ、知り合いだもん」


 そういえば知り合いって言ってたな。知り合いだから狂わないってのもなかなか謎だが⋯⋯

 知り合いがこんなやつだったら普通はおかしくなるもんな。


「どういう知り合いなんだ?」


 気になるよな、アレと知り合いだなんて。


「俺の中学の同級生に、ビリヤードの玉って奴がいたんだけどさ」


「うんうん」


「そいつ、交通事故で死んじまったんだ」


「え⋯⋯」


 中学生で生涯を終えるなんて⋯⋯


「その現場がそこの道路なんだ」


 シュンギクが目の前の道を指さして言った。


「んで、そのビリヤードの玉くんとあの人と何の関係が?」


「ビリヤードの玉は、あの人の実の孫なんだ。あの日一緒に歩いていたらしく、ビリヤードの玉はあの人の目の前で車に轢かれたんだ」


 そんな⋯⋯


「それだけでもかなりショックだったと思うんだが、葬式に来たヤツらのせいであの人は狂っちまったんだ」


『ブピッ』


「ごめん屁が出た。実は俺もビリヤードの玉の葬式に行ったんだ、親友だったからな。そしたらもう、とんでもねぇ奴らばっかりでよ⋯⋯」


 しょうがないよな、屁は勝手に出るもんな。生理現象だから。


「マジでクズばっかだったよ。あの人に聞こえるように『あの子は神棚に手を合わせてなかったから死んだんだ』とか、ビリヤードの玉にはお姉さんがいたんだけど、それを『もう1人おるでええわな』とか言ったり、本当にとんでもねぇ奴らだった」


「すげーな」


「そのストレスで狂っちまったんだ、あの人は。それから約12年、ずっとここで踊りっぱなしなんだ。いつか孫が戻ってくるかもしれない、孫がいつ戻ってきてもいいようにって、毎日踊ってるんだとよ」


 もう戻って来ないのに⋯⋯


「ただ、もうボケちまったようで、最近は話しかけても言葉が通じなくなったらしいんだ。恐らく自分が踊ってる理由も忘れてると思うぜ。それを見るのがつらいから、遠くのコンビニに行こうって言ったんだ」


 この話を聞いて、さすがの俺も(こた)えたよ。

 この日は酒を浴びるほど飲んで、シュンギクのデパートからロケットの要領で飛び立って、自分の小屋に帰ったんだ。


 後日、俺はまたあのコンビニを訪れた。理由はただひとつ、あのババに会うためだ。


 しばらく待っていると、ババは踊りながら現れた。


『自分が踊ってる理由も忘れてると思うぜ』


 必死に踊るババの姿を見て、この前のシュンギクの言葉を思い出した。

 俺は勇気を出して話しかけてみることにした。


「おばあちゃーん、久しぶり〜!」


「⋯⋯あんたは、誰⋯⋯だい?」


 話すのも大変なほど老衰しているようだ。


「ビリヤードの玉だよ! 僕、生き返ったんだ!」


「⋯⋯⋯⋯!? 玉ちゃん⋯⋯? 本当に玉ちゃんなのかい?」


「もちろん、だからこうしておばあちゃんに会いに来たんじゃない!」


「玉ちゃん⋯⋯玉ちゃん⋯⋯」


 ババは涙を流しながら俺を抱きしめた。


「おばあちゃん、あのね、実は僕⋯⋯うぅ⋯⋯うぅ⋯⋯」


「どうしたんだい玉ちゃん? 玉ちゃんを泣かせるやつはアタシが許しゃしないよ?」


 孫と再会できたと思った途端に流暢になりやがった。元気が戻ったのだろうか。人の身体ってのは不思議なもんだな。


「実は、お金が必要で⋯⋯」


「そんなことならおばあちゃんに任せなさいな! 玉ちゃんのためならいくらでも惜しくないよ!」


 ババはチョロかった。


 それから俺は毎日ギャンブルと女遊びに明け暮れ、金がなくなるとババのところにせびりに行くという生活をしていた。

 働かずに金を手に入れられて、豪遊できて、さらにババの心の癒しにもなれてるなんて一石なん鳥だよ。


 その日も俺はババに金をせびりに行った。キャバクラ帰りだったので深夜だったが、ババはコンビニで踊っていた。


「おばあちゃー⋯⋯」


 ババの周りに怖そうな若者がぞろぞろと集まってきたので、遠くから様子を見ることにした。


「おめぇいつもいつもうぜぇんだよ!」


 そんなような怒号がここまで聞こえてくる。


「おいババア、金出したら許してやるよ」


 カツアゲだ。


「ヤダよ」


「あンだと?」


 若者の1人がババを殴った。


「うぅっ! ⋯⋯ダメだ、この金は、玉ちゃんのためのお金なんだっ!」


 ババ⋯⋯!


「玉ちゃんだァ? まるちゃんのお友達のことかぁ? ナメてんじゃねーよババア!」


 また1人、また1人、とババを殴り始めた。


 しまいにはババを囲んでいた81人全員が殴ったり蹴ったりしていた。

 お祭りみたいで面白かった。


 12年間踊ってるんだ、過去に何回もこういったトラブルはあっただろう。それでも毎日元気に踊ってたんだから、明日も元気に踊ってることだろう。


 そう思って俺はシュンギクのデパートに寄り、屁をお見舞いして自宅に帰った。


 家に帰った俺は、寝る前に日課の川柳を書いた。今日は金づるが死なないことを祈って、特に心を込めて作った。


理由(わけ)もなく


 明日(あす)も陽気に


 踊るババ  』


 これを冷凍庫に入れて俺は床に就いた。


 翌日、ババが死亡したというニュースがテレビで流れた。さすがに若者81人には勝てなかったか、と少し笑ってしまった。


 そろそろ真面目に働くかなぁ。

 ババの名前はシラタキというそうです。


 主人公の名前はヤキドウフ・ハクサイ・シイタケ・ネギ・ギュウニク・トキタマゴ・パブロ・ピカソというそうです。


 感想待ってまっせ!

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― 新着の感想 ―
 うん、まあそうですね。  取り敢えずは合掌。  ロース・スキヤキスキー・ジョルジュ・ブラックより……って誰?
[一言]  何だかすごかったです。これは…怪作ですね。途中最後まで読めないだろうと思っていたのですが、無念にも読まされました。魅力的です。読み終わった途端「ブピッ」と屁が出ました。  楽しい作品をあり…
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