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甘味と秘密の甘い関係②

 ホテルのロビーから直通エレベーターで十五階に着く。窓際の予約席に案内されると、自然と手は離れ、向かい合わせに座った。


 如何にも上等そうなベルベットの一人掛けソファーはふっくらしていて、ブライアンの家にあるスプリングが悪くなってきているソファーとの違いに驚きつつ、ウェイトレスからビュッフェの簡単な説明を受けながら、周囲を見渡す。


 上等なジャケットを羽織った夫婦や、着飾った若い女性達で満席だった。エレガントな高級ホテルも、ビュッフェも初めてで、サラさんがメイクしてくれなきゃ、気後れして俯いたままになっていたかも知れない。


 店内をぐるりと見回してから視線を前に戻すと、キャムレンさんは、不可解そうに自分の手のひらを見つめていた。


「どうしたんですか?」

「よく分からないんだが、手がキラキラしてるんだ」

「あっ! ごめんなさい。それ、ヘアースプレーのせいです」


 ああ、成る程な。そう小さく言うと、合点がいったキャムレンさんは、キャンディーを貰った子供のように、くすぐったくなる顔を向けた。


「妖精の粉みたいだな」


 そういうところ! そういうところ!!


 キャムレンさんのロマンチックで夢見がちな発言が、顔から火が出るほど恥ずかしくて嫌なのに。

 瞬間的に火照った頬と湧き上がる胸のときめきを慌てて飲み込んで、私は言いそびれていた礼を口にした。


「こないだは、色々と助けてくれてありがとうございました。私、頭が真っ白になっちゃって、どうしたらいいのか分からなかったんです」

「気にするな。あんな光景を見たら、誰だって動揺する」


 キャムレンさんは、死体を発見した時、動揺しているようには見えなかったけど……。

 オルソさんが前に「キャムレンは、いつも冷静だ」と言っていた意味が、なんとなく理解出来た気がした。


「キャムレンさんが紹介してくれた弁護士さんが、凄く親身になってくれて助かってます」


「ああ。今朝、電話が来た。商店街の防犯カメラの映像で、アリバイは証明されたんだろ? それでも犯人が捕まらない限り、重要参考人なのは変わりないがな。警察からマークはされるだろうが、そろそろ家に帰れるだろう。今頃、手続きでもしてるんじゃないか?」


「本当ですか?! 今日、ブライアンは帰ってくるんですか?!」


 大声を出してしまって、慌てて口を塞ぐ。こんなにエレガントなお店で燥ぐのは、みっともないと思ったけれど、誰もがおしゃべりに夢中で気にもしてなかった。


「やっと笑ったと思ったら、話題はソレか」

「安心したら急にお腹が空いてきました。早く取りに行きましょう!」


 急にむすっとした口調に変わったキャムレンさんも立ち上がると、テーブルに置かれた大きな白いお皿を手に取った。


 初めて体験したホテルビュッフェは、最高だった! 注文通りにその場で作ってくれるオムレツ。ほわっと口の中で卵は蕩けるし、私のリクエスト通り、ベーコンを多めに入れてくれた。

 血が滴っているローストビーフも、紙みたいに薄くなくて肉感がしっかりしている。


 どうやってもケーキは乗せられないから、二皿目にしようと思って席に戻ると、キャムレンさんのお皿には、オムレツとサンドイッチ、珈琲だけ。


 男の人の方が料金が高かったはずなのに、がっついて食べないのが大人だなあ……。

 それに比べて私は……。こんなに優雅なお店なのに、意地汚くお皿にあれこれと山盛りにしてしまったのが、子供っぽくてイヤだ。もうすぐ十九歳になるのに。


「キャムレンさんは、ここに良く来るんですか?」

「オルソと一回来たな。あいつの趣味は、グルメサイトのレビュー書きだ」


「そうなんですか。オルソさんは、美味しいお店をいっぱい知ってるですね」

「なあ、オルソの話はもう良いだろ」


 不機嫌そうにしながらも、真剣な眼差しで「俺は君のことが知りたいんだ」なんて言うから、少しむせてしまった。


 キャムレンさんって、どうしてクサイ台詞を真顔で言えるんだろう。


「何が知りたいんですか?」

 自分から知りたいって言った癖に、随分間があった。


 膝に置いた布ナプキンで口の周りを拭くと深呼吸を二回して、やっとキャムレンさんは覚悟を決めたらしい。


「店長とノエルは、どういう関係なんだ?」

「ブライアン? ブライアンは家族ですよ」


「家族?」

「お父さんの弟。私の叔父さんです」


「……あぁ、なるほど。そうだったのか! 確かに言われてみれば、垂れ目な所が似てるな!」

 キャムレンさんは今日一番の笑顔で、私に微笑みかける。


 そして、さらりと爆弾発言。


「店長と不倫してるのかと思った」

「え? やだ、止めて下さいよ。絶対にそんなんじゃありませんから」 


「ノエルが店長のことを愛してるって言うから、間違えたんだ」

「私のせいにしないで下さいよ。ブライアンの事は大好きですよ。家族愛です」


「恋愛で、好きな人はいるのか?」

「そういう人は、いないです」


 嬉しそうにした後、無表情になって、悲しそうな顔をするのは止めて欲しい。

 キャムレンさんの気持ちに応えられない私が悪いみたいじゃない。


「ノエルの初恋は、いつだ?」

「小学生の時に、水泳教室のコーチが格好いいな~と思ってました。だけど初恋ではないと思います。でも、それって別に悪い事じゃないでしょ?」

「そうだな、悪い事じゃない」


 キャムレンさんは、ランチドレッシングを零さずにサンドイッチを器用に食べ終わると、温くなった珈琲に砂糖もミルクも入れずに飲み始めた。


 そして、はめ込み硝子の窓から空を見ながら言葉を続けた。


「俺は、あまり恋愛に興味はなかった。だからよく、冷たい奴だと言われたよ。デートしたり長電話することに、何の意味があるんだ? そんな暇があるなら、本を読んだ方が良いに決まってる。自分の考えは正しいと思っていたし、恋愛で悩んでる奴を見ると内心馬鹿にしてたけど……。初恋を知ってしまったら、俺の方が視野が狭い愚か者だったんだと気が付いたよ」


 聞かなきゃ良いのに、つい聞いてしまった。


「キャムレンさんの初恋は、いつですか?」

「いま、してる」


 また細い眉を下げて、困ったように笑った。

 キャムレンさんを困らせてばかりだ、私は。


「ノエル、食べ終わったら映画を見に行こう。デートと言えば、恋愛映画だろ? オルソもそう言ってたしな。この映画、高校生の間で流行ってるんだろ?」


 スマホの画面を差し出されたので見てみると、確かにテレビで頻繁に耳にする映画のタイトルの下に『予約済み』と書かれていた。


 ランチを食べたら帰れるのかな? と、思っていたけれど、今日は一日、キャムレンさんと……それと、きっとオルソさんも考えたデートプランをやり遂げなければならないみたい。


「あれ? 私、キャムレンさんに高校生だ、って言いましたっけ?」


 以前、キャムレンさんは私のことを大学生だと勘違いしていたけど、私は否定も肯定もしなかったはずなのに。


 些細な疑問を口にすると、キャムレンは私と同じように微かに首を傾げた。


「ブライアンに聞いたんですか? それとも、サラさん?」

「どうだったかな? 今はノエルの姿を、瞼に焼き付けるので忙しくて思い出せないな」


 なんだか誤魔化された気がするけれど、じっとりと見つめられると身体がムズムズしてくる。

 キャムレンさんの熱い視線から逃れるように、ケーキを取りに席を立った。





ソーダみたいに透き通っていて爽やかな恋愛映画は、所詮はファンタジーで、リアルな恋愛の参考にならないとよく分かった。飛ぶ鳥を落とすほど人気な少女漫画が原作らしいけど、綺麗な世界で美しい人たちが恋愛してて、クラスメイト達の顔を思い浮かべると違和感しかない。


 主演俳優の中性的で整った顔が耽美だとは思うけど、女の子みたいでカッコ良くない。

 それに、こんな気障な男の子がクラスメイトだったら、ヒロインに意地悪するライバル以外にも、もっと恋敵がいそうな気がする。


 そんな事を思いながら、横に座るキャムレンさんを盗み見た。


 襟付きカラーシャツとストレートジーンズ。ラフなようで、ちゃんと革靴を履いてる。高身長の細身だから、オールバックにしていても、ワイルドさよりインテリ感が強い。

 真剣に映画を観ながら、厚みのある下唇を軽く摘まみ弄っている。


 やっぱり主演俳優より、男らしくてカッコイイ。

 黙ってたらモテそうなのに、どうして私なんかに初恋してるんだろう?


 聞いても、いつものように「前世で恋人だったから」と、ふざけた事を言うだろうけど。


「映画、どうでした?」


 エンドロールが終わり、人の流れに乗って映画館を出たのに、キャムレンさんがずっと無言なので、恐る恐る声をかけてみたけど、感想は「若いな」の一言だけだった。


「それは……作品が? 役者さん達が?」

「ノエルは、あんなに若い奴らと一緒にいるのか……。俺もノエルと同い年になりたい」

「何を言ってるんですか?」


 社会人のキャムレンさんからしたら、ターゲットが学生の陳腐な映画だと感じたのかも知れないと思ったのに、全然違うことで落ち込んでいる。年の差に改めてショックを受けているキャムレンさんは、気持ちを切り替えるように長い溜息を吐きながら、腕時計で時刻を確認した。


「あ、しまった。ノエル、急がないと乗り遅れるぞ」

「え? 電車に乗るんですか? 車で来たのに?」

「違う、船だ。ノエル、走るぞ」


 船?! 

 素っ頓狂な声で聞き返した私の手を握ったと思ったら、全速力で走り始めた。デートなのに全力疾走ってなんなの?! サラさんから借りた慣れないパンプスのせいで、何度も転びそうになったけれど、その度にキャムレンさんは支えてくれた。


 ショッピングモールを通り抜け、臨海公園まで一直線。足元が掬われるような揺れる桟橋を渡り、出航直前の小型クルーザーに飛び乗った。


「待って! 待って下さいよ! 私、夜までに帰りたいんですけど!」

「どこか遠くの街に行って、ノエルと二人で暮らすのも悪くないだろ?」

「それ、誘拐ですよ!」


 一つも面白くないのに、キャムレンさんは声を出しながら笑い始める。


「キャムレンさん、酷いです! この船、どこに行くんですか?」

「冗談だよ。海を周回するだけだから、心配するな。ちゃんと夜までには、家に帰すから」

「キャムレンさんが言うと、冗談に聞こえないんですよ」


 唇を尖らせて苦情を言っても、キャムレンさんは、いつもの調子で「ノエルは怒ってても可愛いなあ」と褒めてくれる。だから私も、いつものように聞こえなかったふりをして、柵に捕まって海を見渡した。


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