終焉の世界①
空にあるのは、太陽ではなかった。
スポットライトのような白い光が、水平線から溢れ出ている。
高地からフィンドレー市内を見渡すと、白い霧が街を覆っていた。
海から温かい潮風が吹き、ショートカットの私の髪を揺らす。
とても静か。穏やかな気持ち。
苦しみから解放されていて、ここがどこなのか、すぐ分かった。
数人の人影は、白い光に向かって歩いている。
海の向こうが、天国なのかな?
私も、あの光のところまで行こう。
フィンドレー駅から私のアパートまで下る、長い長い階段を一歩踏み出そうとしたら、私の横にお父さんが立っていた。
「お父さん?!」
「よお、ノエル。元気だったか?」
「元気だったか? じゃないよ、んもーっ。お母さんが変な奴と再婚して、滅茶苦茶大変だったんだからね!」
文句を言いながらも、お父さんの腕にしがみついて歯を出して笑った。
「でも、一つだけ良いことがあったよ。ブライアンが私を助けてくれたの。それにね、弁護士さんと相談して、私のラストネームをミラーに戻したの! お父さんとブライアンと一緒だよ。私、アノ人と同じラストネームなんて、絶対に嫌だもん!」
「一つじゃないだろ。ノエルは、大人になっても算数ができないのかあ」
お父さんの写真は、お母さんに全部捨てられてしまったし、ブライアンの家に飾ってある写真は直視出来なかった。数年ぶりに見るお父さんの顔は、ブライアンとキャムレンさんを混ぜたような顔をしている。
キャムレンさんって、お父さんに似てたんだ……。
ブライアンとサラさんが「キャムレンさんは、ノエルが好きな男性のタイプ」と、私に言っていたけど、そういうことね……。
ファザコンは自覚してたけど、私って、ファザコンをこじらせてたのかも。
殺されたのに、悲しい、悔しいといったマイナスの感情はなかった。
一言で言うならば、ガッカリ。
だけど、お父さんとまた会うことが出来た。
私と同じ青がかった紫色の瞳を歪ませると、お父さんは子供の時のように手を握ってくれた。
「ほら、行くぞ。今度は下りだから、脚が痛いって泣かないだろ?」
「私、もう十九歳なんですけど。いくつの時の話をしてるのよ」
また文句を言いながらも、お父さんの手を握りしめて、階段を降りる。
「お父さん、どうして幽霊になって出てきてくれなかったの? 私、ずっと待ってたのに」
「お父さんに、超人的なパワーがあると思うか?」
「ないの?」
「この階段で、ノエルを待ってるのが精一杯だ。だけど、ノエルがフィンドレーに引っ越してきてくれたから、時々は様子を見に行ってたぞ。ノエルは、全く気が付いてなかったけどな」
「あれ? 霊感がない私が悪いのかな?」
二人で思い出深い階段を降りていくと途中の踊り場で、若い女性がぼーっと地平線の白い光を眺めていた。
ああ、エマだ。ブライアンの事が好きだった、エマだ。
「知り合いか?」
「ブライアンのお店に来てた、お客さんだよ」
すれ違う時、彼女の顔を見たけれど、どういうわけか顔がない。
「こんにちは。ここで待ってても、ブライアンは当分来ないと思いますよ」
顔がないエマは、私が誰か分かったようで、軽く会釈を返してくれた。
「ママとパパを待ってるの」
「そうなんですか? だったら、ご自宅に帰った方が良いかもしれませんよ」
エマは躊躇いがちに頷き、階段を上がっていった。
恋をしていたエマの服は淡いピンクで、やっと彼女のことが分かった気がしてホッとする。
血塗れで倒れていたエマの服は、可愛いピンクだったんだ。
数歩下って振り返ると、階段を上っていったはずのエマは、踊り場に戻っている。
顔がないエマは、さっきと同じようにぼーっと、水平線からくる白い光を見ていた。
「ノエル、もう放っておきなさい。ノエルが出来る事はしただろ。世の中には、どうしようもない事だってあるんだ」
「うん……」
エマは、地縛霊になっちゃったのかな?
可哀想だけど、確かに死んじゃった私には、どうすることも出来なかった。
「ねぇ、お父さん。私、生まれ変わってもお父さんの子供になりたいんだけど、神様にお願い出来るかなあ?」
「ノエル、そんなことも知らないのか。魂は一度きりだぞ」
「えーっ! そんなあ。輪廻転生って言葉があるのに?」
「お父さんは一般ピープルだから、一回だけだな。最近は世界の人口が増えすぎて、魂がリサイクルされる時もあるらしいが……。選ばれるのは運だな、運」
「一般ピープル?! それ、どの時代の言葉?!」
わっと腹を抱えて笑い出した私に、お父さんは頭を掻きながら「そんなに変だったか?」だって。こうやってお父さんと笑うの、不思議な感じがする。
病魔に冒されて次第に弱っていくお父さんと、お葬式の記憶が強かったから。
「やっぱり、お父さんが世界で一番好きだよ」
「キャムレンさんじゃなくて?」
「え? えー、やだ。お父さん、もしかして聞いてたの?」
「娘に初めての彼氏が出来たら、見に行くだろ」
「恋愛部門一位は、キャムレンさんだよ。でも総合順位だと、一位はお父さんで、二位がブライアンで、三位はキャムレンさん! 血族の絆は強いよ」
「そうだよなあ、確かに血族の絆は深い」
お父さんは、階段下を見下ろしながら誰かに手を振った。
「あの子、誰? お父さんの隠し子?」
「馬鹿、そんなわけないだろ」
階段を降りきったところに、三歳くらいの女の子が立っていた。親の趣味なのか、ロリータファッションみたいにレースがたっぷりで、ふわふわの服を着ている。スカートには鈴が縫い付いていて、女の子が手を振り返してくれるとリンリンと鳴る。
「ノエルの子だろ?」
「わ、私の?! やだ、止めてよ。だって私は……未経験だし」
親にこんなことを言うのは、恥ずかしいなあ。
こんなに早く死んじゃうんだったら、やっぱりキャムレンさんと思い出作りをすれば良かった。キャムレンさん、泣いて逃げ出しちゃうし……。
「おかぁーさーま」
階段を降りると、女の子は嬉しそうに私に抱きついてきた。
私のことをお母様と呼ぶ見知らぬ女の子を無碍には出来ず、頭を撫でてあげたらニッコリと笑ってくれて可愛い。
「お名前は、なんて言うの?」
「えーっとねぇ、わすれちゃったの!」
女の子は無邪気にそう言うと、私の周りをぐるぐる回り始めた。
子供って、死んでも元気なんだなあ。そんなに回ったら、バターになっちゃいそう。
「ノエル、ペルカ家のキャムレンさんと婚約したんだろ?」
「婚約って言うか……。まあ、指輪は貰ったけど」
左手を見ると、キャムレンさんから貰った婚約指輪が輝いている。光を浴びて輝いているのではなく、ダイヤモンドが自ら光を放っていた。
すごく綺麗。だけど、どうして光ってるんだろう……?
「ペルカ家の恩寵を受けれたんだ。ノエルと、この子は大丈夫だ」
大丈夫の中に、お父さんが含まれていなくて、途端に悲しい気持ちが波のように押し寄せてきた。
「どういう意味?」
「輪廻転生できるぞ、良かったな」
「お父さんは出来ないの?」
「一般ピープルだからなあ」
困ったように眉毛を下げるお父さんは、ちっとも困ってないように見えた。
「ノエル、先に行きなさい。お父さんは、この子を送り出すまで、ここにいるから」
「お父さん、死んじゃうの?」
「もう死んでるぞ!」
ガハハ、と大きく口を開けて笑っているお父さんを見て、胸が痛くなった。
「やっとお父さんに会えたのに……やだ。やだよぉ」
「また様子を見に行ってあげるからな」
「霊感ないから、わかんないよぉ」
胸の痛みで言葉が続かない。
胸を押さえてしゃがみこんだ私を見て、女の子が悲しそうな声を出した。
「おかあさま、なかないで」
「大丈夫、泣いてないよ。ちょっと痛かっただけ」
「なくと、おとうさまが」
「ノエル! 早く行きなさい!!」
お父さんの怒声、初めて聞いた。お父さんは、絶対に怒らないのに。
胸を両手で押さえながら顔を上げると、影のように黒い人が、階段を降りてきている。
あの黒い人、誰? 誰だっけ? 会った事あるのに……。
黒い人がナイフを持っているのに気が付くと、咄嗟に叫んだ。
「お父さん、この子を守ってあげて!」
胸の痛みは最高潮になり、目の前が真っ暗になった。




