わたしの愛③
アロンザさんに手を振って別れると、キャムレンさんが詰め寄ってくる。
「アロンザと何を話してたんだ? 俺の話か?」
「ヨガを勧めらたんです。アロンザさんは、毎日やってるんですって。だから、私もやってみようと思います! アロンザさんみたいに、スタイル良くなりたいです!」
アロンザさんは、ヨガを始めてからスタイルが激変したと教えてくれた。
私も、くびれが欲しい! マリアさんみたいな美女になるには、土台が違いすぎて美容整形しても無理だろうな~と諦めが付くけど、顔以外の所なら今からでも改善できるんじゃない?
キャムレンさんの視線が、私の顔から下へずれる。
「今のままでも、十分可愛いのに」
私の体を舐めるようにじっとりと見ないで、と抗議したかったけど、さっきの発言も相まって、どう考えても気持ち悪かったので、波の音で聞こえないふりをした。
「ヨガか。意外だな。ノエルは、オシャレとかそういうことに、興味がないのかと思ってた」
鋭くて痛い指摘だった。確かに以前の私だったら、アロンザさんにヨガを勧められても、愛想笑いしながら聞き流してたはず。
自分で後髪を切って失敗しても、誰も私のことなんか気にしてないから別に良い、と身なりを整えることから逃げてきた。
あの頃の私は、淋しくて悲しくて胸が張り裂けそうで、でも強くなろうと藻掻いて苦しんでいた。キャムレンさんに出会って、かなり強引だったけど色んな所に連れて行ってくれて、沢山の楽しさを知れた。間違いなく、私の世界は広がった。
私は独りぼっちなんかじゃなくて、自分以外の人が見えてなかっただけ。だから、オシャレもする必要がなかった。でも今は、無人島で暮らしているような淋しさと疎外感は、もうない。
ブライアンは、もっと人生を楽しめ、とよく私に言っていた。あの時は、そんなの無理って思ってたけど。だけど、なんとなくブライアンが本当に伝えたかったことが分かってきた。
ブライアン、元気かな? 連絡したいけど、ブライアンの傍にはお母さんがいるから出来ない。サラさんになら、メールしてもいいかな?
……止めとこう。これ以上、あの二人に迷惑をかけれない。
悲しい気持ちを吹き飛ばそうと、キャムレンさんをからかうように戯けた。
「オシャレしたいですよ。この街にいるとキャムレンさんの知り合いに、いっぱい会うんですもん。綺麗な人ばっかりで、嫉妬しちゃいます」
「ノエルが一番可愛いぞ」
「ふふ……。私にそう言ってくれる男の人は、キャムレンさんとブライアンだけですよ。年上の恋人の横に立っていても、恥じない格好をしたいです」
キャムレンさんと私は、車に乗り込む前に足に付いた砂を軽く払う。その些細な動作さえ、なんだか愛おしくなって、自分からキスしたくなった。疑惑を、胸の奥に置きながらも。
「キャムレンさん、恋人にはどんな服を着て欲しいですか? カジュアル? それともスポーティな感じですか?」
「俺が決めても良いのか? ノエルにも好みがあるだろ」
「うーん。私って、今まで自分というものがなかったから、そもそも好みがないんですよ」
こんなもの、お前には似合わない。色気づきやがって。
そう怒鳴って殴ってきた継父がいなくなってくれたおかげで、漸く私はオシャレをしよう、オシャレをしたいと思えた。
これは、ノエル・ミラーの大きな一歩!
ブライアンの言うように、人生を楽しもう。
「オシャレしたいなら、今から服を買いに行くか?」
「いいですね」
「ノエル、安心しろ。俺が最高の女にしてやるからな!」
「アハハ! なんですか、それ」
まーたキャムレンさんが変なこと言ってる。
馬鹿笑いして聞き流してしまったのを、一時間後には後悔することになった。
フィンドレー百貨店に着くと、エントランスにあるサービスカウンターでキャムレンさんは名前を告げる。迷子を捜してるわけでもないのに、どうしてだろうと思っていたら、担当者が飛んできた。
百貨店で担当者? と思ってたら、まずは七階の美容院。
美容師さんに髪を切って貰いながら、ネイルを塗られる。一人で優雅な時間を味わって美容院を出ると、切り揃えて貰っただけなのに、キャムレンさんはいっぱい褒めてくれた。
一階に戻ってきたら、化粧品売り場のビューティアドバイザーさんが、肌の色と瞳の色がどうのこうの言いながら、私の顔にクリームを塗っていく。
これからナイトパーティーに出かけるみたいな顔に仕上がって、「ちょっと派手すぎません?」と、ポロリと本音を口にしたら、また最初からやり直し。
「クラシックさのある服が良いな、色は任せる。レースが付いてれば最高だな」
そうキャムレンさんが要望を伝えると、担当者さんはどこかに電話し始めている。
「あれ? キャムレンさん、お金払うの忘れてますよ」
「最後にまとめて払うから良いんだ」
「左様でございます、奥様」
奥様?!
「ちっ、違います!」
「そうだ。まだ、違うんだ」
まだ?!
キャムレンさんの言葉にわざとらしいほど大きく頷く担当者さんは、お化粧品が入った紙袋を持ち、「次は四階でございます」と言って歩き出す。
エレベーター前で待っていたカラーコーディネーターさんが、私たちを出迎えてくれた。
着る、褒められる、脱ぐ。
それを百回は、繰り返したんじゃないかと思う。
いつの間にか一人増えていて、キャムレンさんと親しげに話している。社長と呼ばれているので、この人がキャムレンさんが前に話してたフィンドレー百貨店の御曹司だと分かった。
キャムレンさんほどハンサムじゃないけど、甘いマスクに漲る自信がファッションに溢れ出ていた。御曹司は女にだらしない、とキャムレンさんが言ってたけど、女の人が彼を放っておかないんだと思う。
「キャムレン、おばさんは元気?」
「お見合いを勝手にセッテイングするぐらい元気だ。まあ、そのお陰で彼女が嫉妬してくれて、こうしてココに来れたんだが」
「へえ。まあ、雨降って地固まるだな。本当に刻印は、しなくてもいいのか?」
「何週間も待たされるんだろ? 早いほうが良いんだ」
何の話をしているのか分からないけど、互いの両親の近状報告をしているから親戚みたい。試着の間に尋ねたら、二人は「はとこ。いとこの、いとこ」と教えてくれた。
いとこの、いとこ? それって、どのくらい近い関係だっけ? 家系図っていうのかな? それとも関係図? それを頭の中で書こうとしたけど、次に差し出された服を着なくちゃいけなくて、とてもじゃないけど、そんな余裕はなかった。
喉は渇いたし、お腹もペコペコだし、百貨店は閉店の時刻が迫ってクラシック音楽が流れているのに、まだ終わらなかった。
三階に降りたら、ネックレスやピアスを顔の前で交互に揺らされて、わけが分からない。
穴の空いたコインを目の前で揺らして催眠術をかけるのってマジックショーの定番だけど、あんな感じで目の前で綺麗なダイヤモンドがゆらゆら揺れてて、眩しくて目がかすみ、買い物疲れで頭がぼーっとしてくる。
キャムレンさんに「どれがいいんだ?」と聞かれて、何も考えずに一際輝いているのを選んでしまった。
帰宅し、紙袋に埋もれたリビングのソファーに倒れ込んだら、もう一歩も動けない。
ショッピングって、もっと楽しいと思ってたのに。
貴族のショッピングって、ハードすぎない? それとも私が体力なさ過ぎるのかな?
もうこのまま、ソファーで寝ちゃいたい。
でもお腹は空いたし、鼻歌交じりに紙袋から洋服を取り出しているキャムレンさんの為にも、キッチンへ向かう。
どうしてあんなにテンションが高いんだろう。疲れてないのかな?
今日は、もう冷凍ピザでいいよね。そう思って、冷凍庫に手を伸ばして気が付いた。
「ああっ! や、やられた……!」
私の左手の薬指には、目映い光を乱反射させるダイヤモンドの婚約指輪が、いつの間にかはめられていた。




