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わたしの愛①

海沿いの観光スポットエリアにある、ペルカ伯爵博物館。


 連休中じゃないのに、凄く混んでいた。

 初めて来た。行こうとも思わなかった。だって、入館料が観光地価格なんだもん。


 観光客と同じように並んでチケットを買うと、キャムレンさんが「初めて来た」と呟いているので、苦笑いを返してしまった。


「ペルカ家の長男なのに?」

「行く必要はないだろ。……デートじゃなきゃ」


「どこかの国では、寄生虫博物館でデートするのが流行ってるらしいですよ。ここも一緒です。拷問の道具を見て、きゃー!って言いながらイチャイチャするんですよ。どこの国でも、人間って単純ですよね」

「テレビっ子め」


 キャムレンさんは私の額を突いて、ちょっと意地悪な表情を浮かべる。

 情報源がテレビだと、すぐにバレてしまった。


 フィンドレー高校に中途半端な時期に転校したから、既にグループが出来上がっていて独りぼっちだったし、お母さんに見つからないようにずっと家にいたら……。


 昔も今も、私の友達は、テレビしかいない。


 勿論、テレビばかり見てるわけじゃない。『手紙』も、ちゃんと探してる。一気に家具を動かすと、探していることをキャムレンさんに気づかれてしまうから、少しずつ掃除をしながら。


 チケットをちぎられ博物館に足を踏み入れると、巨大な家系図が目の前に広がる。

 有名な人がいるらしいけど、歴史は苦手だから分かんない。それにしても……。一世、二世って、雑な言い方は止めて欲しい。あれで試験前に、何度も心が折れそうになった。


 ホールには物悲しく吹雪く音が聞こえるので、意味が分からなくてキャムレンさんに尋ねると教えてくれた。


「ペルカ家は、ティフィン地方の貴族だ。田舎の貧乏伯爵だった。小麦もまともに育たない貧しい北国で、金融業と薬学に成功し富を得たんだ」

「お金と薬……。ペルカ銀行とペルカ製薬会社の礎になったってことですか?」


「そうだ。よく分かったな。それもテレビの情報か?」

「毎日テレビを見て、賢くなってます」


 冗談交じりに言うと、キャムレンさんは、まだ拷問器具のコーナーに来てもいないのに、肩が触れ合うほど近づいてくる。照れ笑いでヘラヘラしていると、キャムレンさんの目尻が下がっていく。ああ、これって、イチャイチャだあ。


 壁に設置されている大型テレビには、現在のフィンドレーの気温は二十六度と表示されている。画面は切り替わり、ティフィンの気温。


「え? ええっ? 最高気温が氷点下?! 体感温度はマイナス……二十度?!」

「家の中は温かいぞ。でも寒いからと言って、ずっと家に閉じ籠もっているのは良くない。日照時間が少ないから、スノースポーツを習得して気分転換しないと心を病むぞ」

「だからって、スパルタでスケートを教えないで下さいよ。氷点下かあ、やだなあ。私、寒いの苦手なのに」


「…………雪の結晶を見たことあるか? 乾燥しているから、あの形のまま振ってくるんだ。俺は見飽きたが、綺麗だとは思う。日によっては、オーロラだって見れるぞ。北の海は、プランクトンが豊富だから魚料理が旨い。夏はここより短いが熱すぎず、過ごしやすい。土地は有り余ってるから、ノエルのアパートの家賃で一軒家が借りれるぞ。田舎と言っても、ティフィンは北部最大の都市だ。デパートはいくつかあるし、チェーン店もちゃんとある。それに」


「急にプレゼンを始めないで下さいよ」

「住めば都って言葉は知ってるだろ? ティフィンは、良い所だぞ」

「キャムレンさんって、本当に押しが強いですよね」


 繋いだ手からキャムレンさんの体温がジワジワ伝わってきて、頬も心も温かくなる。

 今なら聞けそうな気がした。


 『手紙』は、殺人事件に関係してるの? どこに隠してるの? どうして隠してるの?


 だけど、聞けなかった。


「キャムレンさんは、いつ家業を継ぎにティフィンに帰るんですか?」

「ノエルが一緒に来てくれるなら、いつでもいい。明日だっていいぞ」

「明日は、早いですよ」


 ティフィンは、確かに首都に近いフィンドレーに比べたら田舎だろうけど、北部最大の都市。お母さんから逃げるならフィンドレーからなるべく遠く、それでいて私と関わりのない土地にすべきだから、ティフィンは条件に合う。


 だけどティフィンに行ったら、あっという間に言いくるめられて婚姻届を出されてしまいそう。キャムレンさんの事は好きだけど、隠し事をするような人とは、一生一緒にいられない。


「ペルカ伯爵の両親が兄妹で、その両親も兄妹婚だ。その前は、もっと酷い。母子婚だ。だけど、この時代なら多少の同族婚は仕方がないけどな」

「なんで昔の貴族って、近親婚を繰り返すんですか?」


「簡単なことだ。地方の貧乏貴族だったペルカ家は、事業に成功して皇室に意見できるほどの巨大な富を得た。当然、それを面白くないと思う貴族達は、沢山いた。近親婚を繰り返せば、財産がそのまま相続され分散はされないし、嫁いできた余所者が口を出すこともない」


 聞き流しながらも、キャムレンさんの真意が読み取れた。


 私に、自分の事を知って欲しいと思ってる。呪われた血は、大昔の話で、今は違うと伝えたがってる。五百年前のペルカ伯爵が起こした猟奇的快楽殺人も、自分とは無関係だと。


「ペルカ伯爵は、あのセッコ家の長女と結婚してるんだ」

「セッコ家って、マリアさんの……?」


「そうだ。久しぶりの外族からの嫁だから、政治的な婚姻だろう。それで六人の子供を作った。皇室に近い公爵家から嫁が来たことで、ペルカ家は、さらに力を増す」

「……マリアさん、綺麗ですもんね」


「おい、現在の話じゃない。マリアは関係ないだろ」

 乱暴な物言いに顔を上げると、キャムレンさんは少し気まずそうな顔をする。


「見合いは、ちゃんと断ったんだぞ」

「別に。どうも思ってません」

「機嫌直せよ。俺はノエルに出会っていなくても、マリアとだけは結婚しない」

「親友のオルソさんから、横取りする事になっちゃいますもんね」

「それもあるが、マリアは八方美人過ぎて信用できない」


 ニコニコしてたらキャムレンさんからは、八方美人と言われ。

 気を遣って誤魔化したら、オルソさんからは、ちょっと嘘つきだって。

 マリアさんは、とんでもない美人なんだから、多少の欠点くらい目を瞑れば良いのに。


 大昔の話だからな、と念押しするキャムレンさんの横に、ハイビスカスのワンピースを着た如何にも観光客の二人組のおばさんがぴったりくっついている。


 ……館内ガイドと勘違いされてない?


「近親相姦を繰り返していたから、この時代のペルカ家は、遺伝子疾患や異常行動者が多かったんだ。けど相手は伯爵様だ。異常な命令でも、家来は従わないといけない」

「殺すために人を集めたり?」

「そうだ」


 年表や家系図のコーナーは終わり、私とキャムレンさん……と、観光客のおばさん達は、次のエリアへ足を踏み入れた。


 戦争で使っていた甲冑や盾と剣のコーナーで、最初こそは施された銀細工が綺麗で見ていたけど、同じような物ばかりで飽きてきた。


 それでもキャムレンさんが「これは隣国と戦ってたときに」「甲冑の厚さが変わるだろ?」「戦争が長引いて資金不足で」と、熱心に説明してくれるから、欠伸を噛み締めた。


 つまらないと思ったのは私だけじゃなくって、キャムレンさんの横について説明を盗み聞きしていたおばさん達は、とっくに次の展示に向かっている。


 ペルカ家秘蔵のコレクションを見終わると、やっと有名なペルカ伯爵にスポットを当てた展示に切り替わる。


「ノエルは、五百年前のペルカ伯爵のことを、どの程度知ってるんだ?」

「楽しく、いっぱい殺しちゃった人としか……」

「まあ、そうだな。その通りだ。ペルカ伯爵は、快楽殺人者だ」


 フィンドレーで有名なペルカ伯爵の正式な名前は、ハーヴィー・グスタフ・デ・ペルカ。

 どうして昔の偉い人って、名前が長いんだろう。舌噛みそう。


 ペルカ伯爵はフィンドレーを気に入って離宮を作り、何年も滞在したらしい。気に入ったのは避寒地に適した温暖な気候だけじゃなくって、事業に口を出してくる他の貴族達の目が届かない土地だからな気がするけど……。


「俺たちに似てると思わないか?」

「え?」

「伯爵と平民の恋」


 にっこり笑うキャムレンさんは、ペルカ伯爵と愛人の侍女との恋愛が説明されているキャプションを指差していた。


 人を痛めつけて殺していた伯爵が、一人の侍女に恋をして真っ当な人間に変わっていく。

 けれど殺人の噂が王に届き、裁判にかけられて二人は離ればなれ。


 大勢の人が犠牲になったフィンドレーでペルカ伯爵が人気なのは、このロマンチックなストーリーのせいだと思う。サラさんだって、「ドラマ化か、映画化されたら絶対に見るのに。なんでやらないんだろう?」と、ぼやいていたくらいだ。


「キャムレンさんは、まだ伯爵じゃないでしょ。それに、私と付き合って真っ当な人間になりましたっけ?」

「俺は、生まれたときから真っ当な人間だ」

「嘘つかないで下さいよ。変だもの、キャムレンさんって」


「そうか? 確かに変わってるとよく言われるが、自分じゃ分からないな」

「それに……。キャムレンさんが言うから調べたけど、ロミオとジュリエットも、なんとかミラーも、毒で死んでましたよ」

「確かにそれは困るな」


 昔の人って、ハッピーエンドが嫌いなのかな? 悲しい話は、好きじゃない。

 ペルカ伯爵は、正妻の間に六人も子供がいたのに、侍女が産んだ七番目の子供だけを可愛がっていたらしい。


 二、三歳ほどの愛娘の絵画は沢山壁に飾られており、当時の古めかしい揺り籠と、ボロボロのベビードレスが一緒に展示されている。


「殺人鬼が娘を溺愛するのは、なんだが変な感じがしますね」

「正妻とは政略結婚だから、愛がなかったんだろ。ペルカ伯爵が大量殺人の罪に問われて城に幽閉されてから、この子は病死してるらしいな」

「……本当に病死だったんですか?」


 どうして死因を疑ったのか、自分でもよく分からなかった。するりと口から出た言葉に少し驚いたけど、キャムレンさんは当然のように相づちを打つ。


「正妻は跡継ぎの男児を産んでいるし、身分違いの愛人が産んだ女児は邪魔だったんだろ。いずれにせよ、真相は闇の中だ」


 こんなに小さな子が、権力争いに巻き込まれて殺されちゃったなんて可哀想。この子にとっては、犯罪史に残る殺人鬼でも、唯一のお父さんだったのに。

 守ってくれるはずの大人を失ってしまうと、子供は弱い。


「ノエル、疲れたか?」

「あ、いいえ。大丈夫。ちょっと……お父さんの事を思い出してただけです」

「ノエルの淋しそうな顔、凄く良い。そんな顔をして欲しくないけど、妙に心に響くんだ」

「悪趣味ですね。大事な彼女が、死んだお父さんを思い出して悲しんでるのに」


 目玉の拷問器具のコーナーに足を踏み入れると、冷たい風が首筋に吹き付けられた。幽霊が出そうな、暗くてジメジメしたBGM。その凝った演出が気にならないほど混雑している。


 部屋の中央には、どう考えてもリラックスできない、棘だらけの椅子が置いてある。


 『実際に使用された際に付いた傷や錆がある。フィンドレー大学との合同調査の結果、女性の血液と判明』と、淡々と詳細が書かれていた。


 この太い棘に刺さって死ぬの? お尻が痛くなるだけで、死ぬのは、難しそうだけど……。

 現実感がなく、まじまじ見ていると、キャムレンさんの心底軽蔑したような冷たい声が上から降ってきた。


「こんな悪事を繰り返していたら、捕まるのは時間の問題だったはずだ。一回だけならまだしも、何事も回数を重ねることでミスが生じる。どうせ、貴族だから捕まらないと思ってたんだろ。貴族の傲慢さから、油断してたんだ。それに、秘密の徹底が出来るわけない。関わる家来の人数が多ければ多いほど、誰かが口を滑らせるからな」


「人を痛めつけて殺すのが趣味って、どういう感覚なんでしょうね。私には……分かりません」


「さあな。俺にも分からない。でも一つ分かるとすれば、止めたくても止めれないんだろう。アドレナリンは、より強い刺激を求める。一種の依存症だ」


 犠牲者の数は百人、千人と言われているけど、正確な人数は分かっていない。今でもフィンドレー離宮では、補修工事の度に人骨が出てくると聞くけれど。


 それだけの人数を殺すのは、どこか作業的だと私も思った。


「もしそうなら……ちょっと可哀想ですね」

「可哀想なのは、殺された村人達だろ。だが命令とは言え、家来達は人を集めたんだ。伯爵を煽っていた奴もいるかもな」


 錆だらけの拷問器具を物珍しそうに眺め終わると、もう出口に付いてしまう。


「あれ? ペルカ伯爵と愛人の絵画がないですね」

「彼は、ペルカ家の恥だ。死後、肖像画は燃やされた」


「でも駅前に彫刻がありますよ」

「あれは、近代の作品だ。観光名所には相応しいだろ。一家の恥には、死後も外貨を稼いで貰わないとな。こういった……血生臭くて、でもロマンチックな話はどういうわけか人気がある」


「分かります。映画化して欲しいですもん。サラさんが、見たいって言ってましたよ」

「ペルカ家が許可しないから無理だな。いくらご先祖様でも、悪評を広めたくはないだろ?」


「えー? でも先代后妃の泥沼不倫離婚裁判の映画は、大ヒットしてるじゃないですか」

「皇族と貴族は、似て非なる者だ。ノエルは、殺人鬼が作った薬を飲みたいか? 飲みたくないだろ。製薬会社は、クリーンのイメージを保持しなければならない」


 なるほど。頷くと、キャムレンさんは壁に飾られた絵画を指差した。


「これは、昔で言うお見合い写真だな。セッコ家に送られた、この一枚しか残っていない」


 視線をずらすと、キャムレンさんとは、似ても似つかない若い男の肖像画があった。


 糸杉の間をしんしんと雪が降り、ティフィンの冬の風景が描かれている。

 本を手に持っている背の高い男は、琥珀色の瞳で真っ直ぐこちらを見ていた。



 琥珀色! 琥珀色だ! 


 琥珀色のキャムレンさんは、この人!! 



 快楽殺人鬼のペルカ伯爵と同じ、琥珀色の瞳に変化するって、一体どういうことなの?!


「……あ、あっ」


 後ずさると、後ろに立っていたキャムレンさんの胸に、後頭部がぶつかる。

 恐る恐る振り返ると、瞳の色が変わっていなくて、ものすごくホッとした。


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