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甘味と秘密の甘い関係⑧

 キャムレンさんが口にしていた『ロミオとジュリエット』と『ルイザ・ミラー』の、あらすじを読む終わってしまった。どちらの物語も、両親に交際を反対された末、毒で心中。毒で死ぬのって、苦しそうで嫌だなあ。


 ブラウザを閉じると、スマホの画面は、十八時五十九分から十九時に変わった。


 ずっと立ちっぱなしで、脚が痛くなってきた。でも連絡手段はないから、ひたすら待つしかない。こんなことなら、昨日のうちに電話番号を聞いておけば良かった。


 どうして来ないんだろう。待ち合わせ場所は、絶対にココなのに。

 交通事故に遭った? 仕事で来れなくなっちゃった?

 貴族様が気まぐれに、不幸そうな女の子をからかっただけだったの?


 そうは……見えなかったし、そうだったとは思いたくない。


 あと一時間だけ待ってみよう。それでもキャムレンさんが来なかったら……。

 百貨店が閉店しても来なかったら……。バー・オアシスにも、来なかったら……?


私のこの思いは、どこへ行っちゃうんだろう。


「ノエルちゃん?」


 画面が暗くなったスマホから視線を上げると、癖毛がいつもより逆立っているオルソさんが目の前に立っていた。


「キャムレンは、仕事が入って来られなくなっちゃったんだ」

「あ……。そう……なんですね」


 事故じゃなくて良かった。あの後、ルーカスさんと乱闘になって、警察署に拘留されているわけでもない。私のことを、からかったわけでもない。仕事が忙しいだけなんだ。


 ホッとしたけどガッカリした顔を隠せなかったら、オルソさんが提案してくれた。

「ノエルちゃん、お腹空いてない?」


美食家のオルソさんが案内してくれたのは、大学病院の向かいに聳え立つ商業ビルの二階にある多国籍レストラン。

 初めて来るお店だったから迷いに迷って、結局オルソさんが勧めてくれたヌードルにした。


「えっ?! 待ち合わせ、十八時だったの?! ……ごめんね。キャムレンから二時間前に連絡は来てたんだけど、僕も仕事中だったから」

「そんな……。オルソさんが来てくれなきゃ、百貨店が閉店するまで待ってました。わざわざ伝言を伝えに来てくれて、ありがとうございます」


 湯気を掻き分けるようにヌードルを啜ったら、疲れた体も心も回復してきた。


「オルソさんって、キャムレンさんといつからの付き合いなんですか?」

「受験生の時からなんだ。大学受験の試験会場で、僕は人生で一番緊張してて実家で飼ってる犬の写真を見て心を落ち着かせてたら、急に後ろの席の奴が犬の写真見せろと詰め寄ってきてさ。そしたら『犬に免じて、ヤマを教えてやる』とか言って、勝手に参考書を開いてココとコレが出るぞって……。ま~ぁ、これが大当たり。記念受験だったのに、合格しちゃったの。キャムレンのおかげで」


「でも合格できたのは、オルソさんの実力じゃないですか」

「まさかあ。あのアドバイスがなかったら、きっと今頃は普通のサラリーマンをしてたよ」

「普通のサラリーマンじゃないんですか?」

「ん? もしかして、キャムレンの職業を当てるクイズは、解に辿り着いてない?」


 頷くと、オルソさんが慌てて両手で口を塞いだ。

 どうしても抜けられない仕事が急に入ってしまって、しかも何時に終わるかも分からない。

 そういうのって、よく聞く台詞だけど……。


 オルソさんとマリアさん、昨日のルーカスさんも。キャムレンさんと同じ会社勤めのはずなのに、普通のサラリーマンじゃないって何だろう?


「でもさあ、いざ入学してみたら、キャムレンは無愛想な無感動人間で、口癖は『生きるのに飽きた』『何をしても楽しくないし、好奇心が湧かない』だし。とんでもない奴と友達になっちゃった、と若干後悔したね、正直」

「想像できないです。そんな無気力なキャムレンさん」


「やっぱり? その口癖を全然聞かなくなったのは、ノエルちゃんに出会ってからなんだよ。喜ばしい事だと思うだろ? でも、今度は奇人さが尖ってきて、うざったいんだよ~!」

「同性の目から見ても、やっぱりちょっと変わってるんですね。キャムレンさんって」

「そこが一緒に居て楽しいところでもあるんだけどさ。研修が終わって専攻を…………危ない。クイズの解を教えちゃったら、キャムレンに何を言われるか分かんないよ」


「二人は、仲が良いんですね」

「うん、まあね。キャムレンって何事にも無関心で人間関係が希薄だから、僕が傍にいなきゃいけないって思っちゃうんだよ」

「その話を聞いてたら、なんか……。ダメな彼氏と別れられない女の子の相談に乗ってるような気がしてきました」


 前髪が揺れるほどの声量でオルソさんが笑い出したので、つられて私もヘラヘラ笑う。

 キャムレンさん以外の男の人と、こうやって談笑できることに私は安心した。


 お母さんとアノ人に殴られ続けてきたから、もう楽しく過ごすなんて無理だと思ってたし、お母さんが言うように、私の存在自体が皆に不快感を与えてるわけじゃない。


 呪縛が解けてきたのが実感出来た。絡まった呪いの言葉をほどいて、糸口を見つけてくれたのは、他でもないキャムレンさんだ。


 キャムレンさんに会いたい。会いたい。


「オルソさん、キャムレンさんへ伝言をお願いしちゃっても良いですか?」

「いいけど、なに?」

「私の電話番号を」

「まだお店に百回通ってないのに?」


 冗談を言うオルソさんのふくよかな頬には、笑窪が浮かぶ。こんなに穏やかで優しい人と親友になれたキャムレンさんは、癖が強いけどやっぱりいい人なんだろうな。それに、同性でも見とれちゃうほどの美貌を持つマリアさんが、オルソさんを選んだのも納得できる。


「僕もノエルちゃんの番号を登録してもいい? キャムレンに酷いことされたら、僕に言うんだよ。叱ってあげるから」

「はい!」




 オルソさんと別れてアパートに帰ると、知らない番号から電話がかかってきた。

 迷わず緑の丸をタップし一呼吸置くと、わざと不機嫌な声を出す。


「もしもし、キャムレンさん? もうっ、待ちくたびれましたよ!」

「…………」

「あ、ごめんなさい。オルソさんですか?」

「やっぱり。あんたね」 


 聞き覚えのある声に、息が止まった。


 鼓膜が震え、鞭のようにしなる刺激に脳みそが揺さぶられる。


 おかあさん。お母さんだ。


 やばい。殺される。殺されちゃう!


「親切な人が教えてくれたのよ、よくも逃げ」


 最後まで聞かずに通話を切ると、手が震えてスマホが落ちていく。しつこく鳴り響く着信音が恐ろしくて、悲鳴を上げるけど、叫んだところで着信音は途切れてくれない。


 電源を落としたスマホを胸に抱え、ブライアンの家へ向かって、私は泣きながら走り出した。


 どうして。


 ラストネームも、国民識別番号だって変えているのに。


 なんでバレたの?


 誰がお母さんに、この番号を伝えたの?!


 誰が……。


 今日、この電話番号を伝えた二人の顔が浮かんだけど、そうは思いたくなくて、考えるのを止めた。


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