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甘味と秘密の甘い関係④

「家族団欒しなくて良かったのか?」

「いいんです。だって引き離されていた恋人達が、やっと再会できたんですよ? 空気を読んで帰ります」


 ブライアンの家の前に車を止めたままのキャムレンさんは、少し笑いながら「確かにそうだな」と言う。


「ブライアンと何を話してたんですか? 随分話し込んでましたけど」

「本人の口から聞いただけだ。店長は、大学生の子を殺してない」

「何度も言ってるじゃないですか。ブライアンは、そんな酷いことしません」


 一歩先を歩くキャムレンさんが、迷うことなく突き当たりを右折する。あれ? と思うと、次の十字路をまた右折した。その足取りに迷いがなくて、私は立ち止まった。


「どうした?」

「アパートの場所を、キャムレンさんに教えてないんですけど」


 足を止めたキャムレンさんは、首を少し傾けた。


「ノエルと一緒に居られる時間が増えるから迷子になりたかったけど、不安にさせるつもりはなかったんだ。道案内してくれないか?」


 本当に? それにしては、『知ってる』みたいな足取りだったけど……。


 恐る恐る頷くと、キャムレンさんは、わざとらしいほどニッコリ微笑んだ。


「ノエル。今日のデートは、どこが一番良かったんだ?」

「クルージングですね。工場の夜景なんて、たいしたことないと思ってたのに凄く綺麗だったし、風が気持ちよかったです」


「夜景が気に入ったなら、今度はヘリコプターに乗ってみないか?」

「え? あれって、消防士やテレビ局の人じゃなくても乗れるんですか?」


 あれ? もしかして、次のデートへ誘導されてる?


「いつもみたいに、前世の話をしないんですね」

「して欲しいか?」

「いいえ、あの話をするキャムレンさんは苦手です」


「駐車場でノエルに言われたから、今日は黙ってたんだ。だけど、信じてないわけじゃない。前世で恋人同士だったからこそ、自分でもコントロール出来ないほど、強烈に惹かれるんだ。今日デートして分かったけど、人生を達観したような涼しい顔をしながらも、淋しそうにしてるのが……。笑って欲しい。できれば、俺に」


 そこまで言うと、キャムレンさんは首を左右に振った。


「いや、違うな。ノエルは意外と強いんだ。年上の俺に自分の意見を言うのは、なかなか出来ないことだぞ。気後れしない性格なのかと思ったけど、強くなろうと藻掻いているのが垣間見れた。ソレを見ると、守ってあげたくなる。だけどそれは、俺のエゴだな」


 欠けた月の光が、キャムレンさんのシャープな頬骨に影を落とす。

 やっぱりキャムレンさんって、カッコいいよなあ。


 思わず見とれてしまっている私に、キャムレンさんは白い歯を見せながら困ったように細い眉を下げ、オールバックの髪を掻き上げた。


「駄目だな、上手く言えない」

「ううん、そんなことないですよ。私、強くなりたいんです。負けたくないんです」


「負けたくないって、誰に?」

「自分の過去に。……や、やだ! なんか、すごーくクサイ台詞を言っちゃいましたよね?! キャムレンさんのがうつっちゃったのかも。は、恥ずかしくなってきました」


 耳まで赤くなりながら、えへへと照れ笑いすると、愛おしそうに青緑色の瞳を細めている。


 どうして。どうしてこんなに、ドキドキするんだろう。


 答えは一つしかないのに、あれこれ理由を付けて否定したい。


 恋愛なんてしたことないから、恥ずかしくて、どうしたら良いのか分からなくなる。


人より遅くやってきた初恋に心を掻き乱されて、呼吸の仕方さえも忘れそうになった。


 きっと、キャムレンさんも同じだ。


「ここ、私の家。言っときますけど、中でお茶するつもりはありませんよ。部屋が汚すぎて、百年の恋も冷めます」


 表札も出していない二階建てアパートの部屋を指差し、私は忠告した。

 「俺の恋は冷めないよ」と、さらりと恥ずかしいことを口走りながら、ドアの横に置かれている男物の黒い安全長靴に、敵意を含んだ視線をぶつけていた。


「私、屈強な土木作業員と同棲中らしいですよ」

「え? だって恋人はいないって……」


「そうなんですよ。でもコレを置いておくと、セールスも宗教の勧誘の人も来なくなるんです。不思議ですよね」

「なるほど、防犯対策か。ノエルは賢いな」


 そう言ってキャムレンさんは、寄せていた眉根を広くする。

 その安堵の笑みを見て、じわじわと私も口の端が吊り上がっていく。


 私、笑えてる。良かった、笑えてるよね?


 ちゃんと笑えているのは、キャムレンさんの嬉しそうな表情で分かった。


「ノエル、またデートしよう。今度は、取引なしだ」


 断る理由が『お母さんが、幸せになっちゃいけないって言ってたから』と、『なんとなく信用できない』しか、もう残ってない。


 私は迷っていた。


 『幸せになっちゃいけない』から、年齢差を伝えてキャムレンさんを突き放したけど、キャムレンさんは諦めないで、私を追いかけてきてくれた。


 その情熱に心が揺れ動き始めたけど、まだ信用は出来ない。


 引っかかるところが、いくつもある。


 今すぐ付き合うには信用が足りないけれど、もう少しだけ様子をみてもいいかも……。


「はい、楽しみにしてます」


 ひゅっと息を飲むキャムレンの青緑色の瞳が切なそうに歪むと、溜息交じりに囁かれた。


「また店に行くからな。おやすみ、ノエル」

「送ってくれてありがとうございます。おやすみなさい、キャムレンさん」


 玄関のドアを閉じ、鍵を閉める。電気を付ける前にドアスコープを覗いてみると、キャムレンさんは、無言でガッツポーズを決めていた。


 緩む頬を両手で包み、パンを捏ねるように、にやつく顔を押し揉んでいる。

 さっきまでニヒルな感じだったのに、無音で燥ぐキャムレンさんが微笑ましかった。

 キャムレンさんは頬を捏ね終えると、込み上げる歓喜に両手で顔を覆い、天を仰ぐ。


 そして、見知らぬアパートのドアの前に何故立っているのか分からない様子で、不可解そうに辺りを見回し始める。


 琥珀色の瞳と、ドアスコープ越しに目が合った気がした。


 彼は右手を軽く持ち上げたが、ドアをノックしない。けれども表札に書かれたナンバーを確認した後、静かに去って行く。



 暫く、声が出なかった。



 まだあの琥珀色の瞳が私を見ているような気がして、電気も付けずにそろりそろりと浴室へ行きスマホを取り出す。


 ブラウザを立ち上げ、少し迷ったけど検索するべきはコレだと思い、二重人格と打ち込んだ。

 正確には解離性同一障害、と呼ぶらしい。


 長ったらしい説明文を読んでも、専門用語ばかりで目が滑ってしまう。それでもなんとか詳細を読み、首を傾げた。


 顔つきが変わる、生育歴とは異なる訛りがでるとは書いてあるけど、瞳の色が変わるとは書いていない。じゃあ、なんで瞳の色が変わったの? 目の病気?


 ネットで検索を続けたけど、どの病気にも該当しない。

 浮かび上がる疑問は、風に攫われて飛んでいく風船みたい。

 見えているのに、手を伸ばしても届かない。掴めない。


 報道されない首に巻かれた紐。致命傷じゃないから?


 彼女の名前は、エマ。エマを殺したのは、誰?


 ブライアンがするわけない。


 じゃあ、キャムレンさん? 私を裏口で待ってたキャムレンさんに、そんな時間あった?


 二人とも、彼女を殺すメリットと理由がない。


 犯人はエマを恨む人? それとも通り魔?


 前世を盲信するキャムレンさん。


 琥珀色に変化する瞳。解離性同一障害? 目の病気?


 疲労感を吐き出すように、溜息をスマホに吹きかけた。


 もっと調べたい。調べたいことは色々ある。例え、答えが出なくても。

 けど、今日は疲れ切ってしまった。


 エマの葬式が行われている間、第一発見者同士がデートしてるなんて、遺族は知らない。知らないのを良いことに、夜景を見ながらドキドキしたり、好かれている優越感を噛み締めてしまって、なんて私は薄情な人間なんだろう。


 一人になると駄目だ。気丈に振る舞っていた反動で、弱気になってしまう。


 キャムレンさんが言うほど、私は強くない。私は、弱い。


 お母さんの言うとおり、私は幸せになれない気がした。


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