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モヤビト  作者: 鉄火市
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お呼ばれ3


 香織が亡き祖父母の家を改築して造っている診療所は、外観や内観はほぼ完成していると言っても良かった。だが、それでも未完成な部分も多かった。


「やっぱり若い男手があると作業効率が全然違うね」


 割と一人でもきつい大きさの荷物を運んでいると、後ろから香織のものと思われる声がかけられた。


「別にこれくらいならお安い御用だよ」


 荷物を外に出してというオーダーに応え、所定の場所に持っていた荷物を置くと、香織が白地のタオルを渡してきたので、軍手を外してそれを受け取り、額に浮き出た汗を拭う。

 きついと内心では思っていても、それを表に出せば気を使わせてしまうだろうし、なにより彼女の華奢な身体ではこういった重めの荷物を運ぶのは一苦労だろう。

 せっかくなんだから俺がいるうちに彼女の苦労を少しでも軽減させておきたい。


「もう十二時過ぎちゃったし、休憩にしない?」


 その言葉で俺は自分の腕時計を確認した。

 どうやら時間が経つのも忘れる程働いていたようで、いつの間にかそんな時間になっていた。

 もう少し働けると言おうとしたところで、俺の腹が空腹を訴えかけてきた。


「ふふっ、さっき戻った時に梓君の弁当も持ってきてるから、一緒に食べる?」


 腹の音を聞かれて俺が紅潮していると、彼女が笑顔でそう言ってきた。こういうところで人をおちょくったりしない彼女の優しさが、俺は昔から好きだった。


「……さっさと告っておけば良かったのかな……」

「え? なに? なんか言った?」


 彼女が首を傾げながらそう聞いてきたことで、俺は思わず口に出していたことに気付く。どうやら気付いてないみたいだが、本当に迂闊だった。

 俺はなんでもないと一言告げて、彼女と共に居間へと向かった。


 彼女は元々、今日は祭が始まるまでここに籠もって掃除をするつもりだったらしい。その為、俺がいつお腹が減ってもいいようにとお弁当を作っておいてくれたそうだ。

 俺は心の内でガッツポーズをしてから、そのお弁当を受け取った。

 彼女が持ってきてくれた弁当は、見た感じ手作りと一目でわかるもので、少し黒く焦げた卵焼きやタコさんウインナーといったごくごく普通のおかずが詰め込まれたお弁当だった。残念なことに、スイカの皮の漬物は入ってなかった。


 弁当を開けてからずっともじもじしながらこちらを見てくる香織を見て色々察した俺は、まず卵焼きから食べた。

 その卵焼きは砂糖が隠し味なのだとわかる程甘かった。卵焼きはシンプルに作る俺からしてみれば甘すぎるのだが、ここでそう告げるのは違うと思う。


「美味しいよ。砂糖が入ってるの?」


 そう聞いた瞬間、彼女の表情は花が咲いたような笑顔になった。


「そうなの!! ちょっと焦げちゃって失敗したかなって思ったんだけど、梓君が喜んでくれたなら良かった!!」


 そう言って彼女も卵焼きをパクリ。すると、彼女はいぶかしげな目をこちらに向けてきた。


「……嘘つき……」


 明らかにこちらのより黒くなった卵焼きを食べた彼女からゆっくりと目を逸らす。どうやら甘すぎると思ったのは俺だけじゃなかったらしい。

 香織は露骨な溜め息を吐いた。


「これ砂糖の分量間違えてるし、道理でやけに焦げるなって思った。梓君も無理して食べなくていいからね。今日はお母さんと一緒に作ってないから失敗ばかりだと思うし……」

「なんで? 別に少し甘いってだけでこの卵焼きだって全然食えるよ? 少し不格好だからって、せっかく作ってくれた弁当を残すなんてする訳無いだろ?」


 ましてや大多数の男が憧れる好きな女子が作ってくれた手作り弁当だぞ?

 俺がこれを貰えるのを何年間望んできたと思ってるんだ。大金積まれたってこの弁当は誰にもやらん。

 そんなことを心の中で思っていると、香織は俯いて何も喋らなくなってしまった。

 俺は自分の失言が原因かと思って考えていると、彼女は目に涙を溜めた笑顔をこちらに向けてきた。

 泣くほど傷つけてしまったのかと思い、彼女に謝ろうとした瞬間、彼女は溜まった涙を指で拭いながら「ありがとね」と伝えてきた。

 その笑顔を見た瞬間、俺は自分の頬が紅潮していくような感覚を覚え、それを誤魔化すように弁当のおかずを口に運んだ。


 香織の弁当をじっくり味わった結果、彼女の料理スキルはまだ未成熟であることが判明した。特別下手とは思わないが、上手といえる段階では無いと思う。

 昨日の夕飯は母親ありきの味だったようだ。

 しかし、出来とは別に、努力の色は窺えた。特に卵焼きは甘すぎるだけでふんわりと柔らかかった。多分火の加減を押さえたことによってじっくり焼いた為、なんかいい感じになったのだろう。一度の失敗で諦めず、改善を施し、より良いものを作ろうとしている心意気が窺えるいい卵焼きだった。


「ごちそうさま。美味しかったよ」

「嘘ばっかり。殆ど美味しくなかったでしょ? やっぱりお母さんに手伝って貰えば良かったかなぁ……」

「嘘じゃないって、俺は香織が一生懸命作ってくれたんだなってわかるこの弁当が好きだよ。香織はきっといいお嫁さんになるよ」

「……あ……ありがとう」


 声がどんどん小さくなっていく香織の姿を見て、俺はどうしてここであと一言が言えないんだと自分を責める。

 あと一言、例えばこれからは俺の為に隣でずっと作ってくれないかとか言えれば、このもどかしい関係も少しは変わるだろうに……でも、肝心なセリフを言おうとすると、心臓が早鐘を打って、いつも出していた自分の声が上擦って、言いたい言葉が出なくなってしまう。そして、最後にはいつも『なんでもない』と言ってしまう。


「どうかした?」

「……ううん、なんでもない……」


 また、言ってしまった。

 急にガラガラという音を立てて、玄関の引き戸が開けられる。

 気になった俺は居間から顔を覗かせ、入ってきた者の正体に目を向ける。そこには昨日会った時と同じく手首まで隠した暑そうな格好をした逸香が中に入ってきていた。


「やっぱここに居ったとね。かおちゃん()に行っても誰もおらんかったけんここにおる思ったばい」

「お疲れ、成果はどんな感じ?」


 俺がそう聞くと、彼女はこちらに向かって笑顔でサムズアップしてきた。


「上々。明日までおっとなら振る舞っちゃるよ」

「……もしかして……うさぎ?」


 彼女は笑顔で頷く。

 …………まじですか。


「梓君にはまだ無理だと思うよ? あと、いっちゃん、猟銃持ってきとらんよね? 私、あの硝煙ってやつ? あれの匂い嫌いなんだけど」

「わかっちょるよ。かおちゃん嫌やと思ったけん、ちゃんと銃は家に置いてきたばい」

「ならいいけど。そうだ、お茶飲む?」

「飲むぅ!!!」


 彼女は興奮したようにそう言うと、履いていた靴を脱ぎ散らかして居間まで走ってきた。彼女は香織から飲みかけのペットボトルを受け取ると、喉の渇きを潤す為に、そのお茶を一気に飲み干した。


「ぷはぁ! いやぁ、外は暑かったばい。もうこんな暑か服着てられん!!」


 そう言った逸香はいきなり上着を脱ぎだそうとして裾を掴んで上にあげた。その下に見えた彼女の肌が、俺の危機察知能力を働かせ、俺は慌てて彼女に背を向けた。しかし、どうやらその必要は無かったらしい。


「なんばすっとね!?」

「いっちゃんはいい加減自分が人目を惹く女性だって自覚してってば!! 少なくとも梓君の前で服ば脱がんで!!」

「だって暑かとやもん!!」

「じゃあ(うち)に帰った時に服ば着替えてくれば良かったでしょっ!!!」


 ちらりと後ろを見れば、逸香が胸元まで上げた腕を香織が必死に押さえていた。しかし、両手で右腕を抑えている為、左側の下着は見えていた。彼女の汗が引き締まった腹部を滴り落ちる(さま)に見惚れ、思わず生唾を飲んでしまう。

 そして、ハッと気付く。女性陣二人からの冷たい視線に。


「…………梓君……」

「……流石にそんな物欲しそうな目で見られっと照れるばい。……ちょっと家で着替えちからまたくっね」


 そう言いながら逸香は赤らめた顔で服を元に戻し、俺を避けるように横を通りすぎ、玄関から外に出ていった。


「梓君、ちょっと話があるとよ」


 その低く冷たい声に身体がびくつき、恐る恐る香織の方を見た。

 彼女は笑みを浮かべていたが、目だけは笑っていなかった。


「…………許して……許して……」


 彼女は薄目にし、俺に向かって微笑む。そして、告げた。


「だぁめ」


 その目からはいつも以上の怒りが窺え、俺は自分の死を覚悟した。


 ※ ※ ※


「……なんがあったと?」


 体育座りで部屋の隅にいたら、逸香の不安そうな表情が見え、俺は彼女からゆっくりと目を逸らした。


「……えっ? ほんとになんがあったと?」 

「別に何もしてないよぉ?」


 香織が小悪魔的な笑みでそう答えるのを横目で見ながら、俺は出来る限り逸香を視界に入れないよう視線をずらす。

 女は怒らせちゃいけない。素直にそう思った。

 まさか、香織があんなものを隠し持っているとは思わなかった。


 大学二年生の頃、文化祭にて男装女装コンテストというものがあり、香織と一緒に出ることになった。より正確に言うのであれば、周囲の連中が悪のりして俺に出ろと強要してきた為、俺が断固として拒否していたら、『じゃあ香織ちゃんも男装コンテストに出るって言ったらどう?』と言ってきた為、彼女の男装した姿を見たいがために、参加を決意したという形だ。

 だが、俺は自分で言うのもあれだが結構体格に自信があり、終始笑われるような出来にしかならなかったのである。

 そんな醜態を衆目に晒しただけでなく、それ以降もしばらくの間、梓ちゃんと馬鹿にされたので、あの日のことは一刻も早く忘れ去りたかった。ちなみに香織はそのスレンダー体型を活かした美形医師という形で参加したのだが、普通に出来が良すぎて黄色い悲鳴が上がる程だった。


 香織が持っていたのはその時に二人で半強制的に撮らされた写真で、ずっと記憶の奥底に封じ込めた過去だったのに、彼女があの時の感想や出来事を事細かに言ってくるため、トラウマが脳内再生されて危うく恥ずか死ぬところだった。

 お陰で俺は現在進行形で自分の自信やプライドが粉々に崩れ去って、今にも穴に埋まって消えてなくなりたい気分だった。

 ちなみに逸香のことを見ないようにしているのは、香織が『次、いっちゃんばえろい目で見たらこの写真をいっちゃんに見せるけん!』と言ってきたからである。

 それだけは断固拒否したい。その為、できるだけ逸香を視界に入れないようにしていた。


 その後、逸香も交えて掃除や片付けを再開したのだが、途中で香織と逸香の両名から、『なんか気が散るし、相手の目を見て話さないのは失礼だから今まで通りに接しろ』という無茶振りをされた為、俺は無防備な女子と好きな女子のいる空間で、できるだけ無心で頑張るのであった。



 鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。


 第5回の方言は「しこる」について。

 一応言っておくけど下ネタじゃないよ?

 しこるという方言は格好つける・威張るって意味で使われている言葉で、うちん子はようしこるとたいって言ったら、威張るとか格好つけてるって熊本の人は連想します。多分!!!

 ちなみに私は調べるまで知りませんでした(笑)


 それではまた次回!! お会いしましょう!!

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