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『素晴らしい。実に素晴らしい。こんなにも優雅な舞を見せてくれたのは君達が初めてだ』
それは明るい子ども、いや、声の掠れた老人、はたまた落ち着き払った青年の声とも取れた。いや、今は女性の声のようにも聞こえる。
もしかしたら一人じゃないのかもしれない。いくつもの声が混ざり合いながらも、不思議と一人の声だと判断してしまうその声は、目の前にいる靄人間の口から放たれた。
今までの靄人間とは違って声を発していることにも驚きだったけど、一番驚いたのはその異様な声質。
横をちらりと見れば、いっちゃんも青ざめた表情でその存在を見ていた。
もしかしたら私以上に、その存在から得体の知れない恐怖に怯えているのかもしれないが、少なくともそれを確認する術は無い。
あなたは何者かと尋ねようとした。
しかし、底知れぬ恐怖を感じたせいか、声が全然出なくなっていた。
それに驚いていると、再びその大きな口が動き出した。
『最初は正直期待すらしていなかった。舞を邪魔しようとした者と重圧に押しつぶされそうになっていた新しい巫女。我々を遣わす程の怒りに震えておられた至高なる御方のお目に酷い舞を見せようとしたなら、すぐにでもここを滅ぼそうかと思っていた。だが、至高なる御方も君達の舞を見たことで君達を許すと仰られた。今後、今までのように加護を与えるつもりはないが、この地からは黙って立ち去るとのことだ』
「……皆はどうなるんですか?」
靄人間にされた人間はどうなるかと聞きたかったが、声が出ないせいで伝えることが出来なかった。
そんな私の心中を察してか、いっちゃんが私の代わりに聞いてくれた。しかし、願っていた答えとはまったく別の答えがその存在の口から放たれた。
『安心しろ。彼らは我々が消えるのと同時に霧散する。至高なる御方を怒らせた報いは受けなくてはならない』
その言葉は、いっちゃんの顔を悔しそうに歪ませた。
私達が原因なのだから、いっちゃんがそんな表情を見せるのはわかっていた。でも、私は目の前にいる存在の言葉が信じきれなくて、諦めなければなんとかなると思っていた。
次に告げるその言葉を聞くまでは……。
『さて、そろそろか……それで、どちらの巫女が生贄になるつもりだ?』
その言葉がはっきりと聞けた瞬間、私は背筋が凍りつく程の悪寒を感じた。
どういうこと?
生贄なんて聞いて無いし……そんなの決められるはずが……。
『どうした? 本来であれば責任者である巫女を連れていくよう言われているんだが、今回は特別に選ばせてやると言っているんだ。早くしろ。なんなら両方でも構わんぞ?』
「そんな!!」
衝撃が強かったせいで、私の口から悲鳴に近い声が漏れた。そのせいか、目の前にいる存在の顔がこちらを向いた。
『どうした? 君が正式な巫女として死ぬか?』
その紅く輝く相貌に見られ、体が震える。
再び大きく開かれた口が怯える私を面白がるように、笑みの形を作る。
『もしかして嫌だって言っちゃうの? いいのかい? それだと全員殺しちゃうよ?』
私をあざ笑うかのように、その存在は残酷な選択を迫ってくる。
私一人が犠牲になるか、三人とも犠牲になるか……そんなの、決まってるようなものじゃない!!
『あと三秒以内に決めてもらおっか。はい、三、にぃ……』
「待ってください!!」
私は目から流れ落ちる涙を拭う。
『答えを聞こうか?』
「…………私が……」
「あたしが生贄になります」
その言葉が聞こえた瞬間、私はいっちゃんの方に顔を向けた。
いっちゃんは普段のおちゃらけた表情とは違い、一切の冗談を疑わせない真剣な表情で目の前にいる存在を見ていた。ふと、気付いたのか、彼女の顔がこちらを向いて、いつもの優しい笑顔を向けてきた。
「なんば泣きよっとね?」
そう言われて初めて気付いた。
私の意思に反して、目から涙が流れていた。
それは、どんなに拭っても止まらなくて、徐々に嗚咽を漏らしてしまう。
離れたくない。
死んでもらいたくなんてない。
せっかく仲直り出来たのに、なんでこんなことになっとね。
「泣かんでよ……かおちゃんが泣くと、あたしも涙が出てくっじゃなかね……」
いっちゃんの笑顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
それは多分、はたから見ればとても変な顔だっただろうけど、私にはそれを笑う気にはなれなかった。
私は感極まって彼女に抱きついた。
一瞬よろめいたものの、いっちゃんは私を抱きとめてくれた。
「死んで欲しくない! 私まだ……いっちゃんといっぱい話したいことがあるのに!! なんでいっちゃんが死ななんと!!」
「…………」
「いっちゃんは何も悪くなかとよ!! いっちゃんが死ぬ必要なんかどこにもなか!!」
「それは違うよ」
「…………え?」
いっちゃんの抱きしめる手に力がこもる。
「かおちゃんや梓がなんと言おうと今回の件はあたしの責任たい。どんなに否定しようと皆が死んだのはあたしのせい。それなのに、かおちゃんが責任取って生贄になるなんて耐えられるはずが無か……」
「だって……」
「だってもくそもなか!! あたしはかおちゃんには生きとってほしか! 生きて、梓と幸せになってほしかとよ……だけん、あたしが行くと」
その言葉に声が出なかった。
話せば話す程、いっちゃんの意思の強さを思い知らされて、私は涙を流すことしかできなくなっていた。
「もう……そんなに泣かんでよ……心配せんでもあたしはかおちゃんばちゃんと見守っとるけん。」
「…………」
「どうせ百年くらい経ったら再会できっとやけん、そんなに泣かんでよ……」
「…………」
「…………泣かんでってば……」
「だって……だって……」
「……あたしだって……本当は死にたくなんてなか。でも、誰かがやらんといかんとやけん、あたしが行くとが筋たい」
いっちゃんは私から離れると、私の顔を真っ直ぐに見てきた。
そこで初めて気付いた。
いっちゃんの体はキラキラ光っていて、今にも消えて無くなりそうなことに。
「かおちゃんはちゃんと幸せにならんといかんよ。あたしの分も、あらたの分も、村の皆の分もちゃんと幸せにならんといかん」
「……うん……」
「でも、もしも辛くなった時とかは梓にちゃんと言いなっせ。あいつなら、きっと喜んでかおちゃんの力になってくれっけん」
「……うん……」
「それから、こっだけは梓に伝えとって。これからはかおちゃんば守る役目は譲ってやっけん。かおちゃんば泣かせたりしたら承知せんけんて……ちゃんと伝えとってね……」
「……うん……」
もっと色々話したいことがあるはずなのに、私はいっちゃんの言葉にただただ頷くことしかできなかった。
すると、いっちゃんはもう一度私を強く抱きしめて、私の耳元に囁いてきた。
「ばいばい。あたしの大切で大好きなたった一人の親友。……あたしん代わりに梓ば頼むね」
その言葉を最後に、いっちゃんの体は光の粒子となって、消えた。
鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!
このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。
第28回の方言は「ねまる」について。
この方言は腐るという意味です。
正直、これが熊本の方言リストにあったのを見た時は、かなり驚きました。
世間一般でねまると使われていると思っていたからなのですが、実際に調べてみると九州や東北でしか使われていないらしいです。
県民がこれって方言だったんだ〜って言葉、結構多いですよね……
話は変わるのですが、この逸香という人物が亡くなる流れが納得いかなくて、一時期小説執筆が滞りました。
それくらい気に入ってたんですよぉ……( ;∀;)
それではまた次回!! お会いしましょう!!