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モヤビト  作者: 鉄火市
28/31

推して参ります


「くそっ……いったい何人いるんだよ……」


 鍬を大振りしてきた靄人間を霧散させた俺は、目の前に広がる光景を見て、思わずそう呟いた。

 この場所で靄人間を斬り始めて既に三十分が経過していたが、彼らの数は減るどころか増える一方だった。

 階段の中盤辺りで靄人間が上ってきたところを斬っている為、体力に関してはまだまだ余裕はある。

 あまり気が進まない戦法だが、いつあの代行者が来るかわからない以上、体力を無駄にする訳にはいかない。

 幸いなことに、靄人間達はこの階段を上って攻めてきている。

 坂を上ってこられたらどうしようと考えていたが、今のところはそんな気配は感じられない。

 気配と言えば、さっき上から妙な気配を感じ取ったが、逸香や香織が俺を呼ばないってことは俺の勘違いだったのかもしれない。


(もしかして靄人間か靄が別ルートから上に行ったとか? いや、それだったら二人が何も言わないのはおかしいか……うおっと!?)


 意識を上に向けていたせいで、靄人間が近くまで迫っていることに気付けなかった。

 稲刈りで使う時によく見かけられる鎌が俺の首に迫っていたが、間一髪のところで頭を下げて回避し、その狭い足場に手をつき、靄人間の膝目掛けて引っ掛けるように蹴った。

 重心を崩された靄人間は階段に頭をぶつける前に、服と鎌だけ残して、その場から跡形もなく消えた。


「あぶなかったぁ……危うく死体残したまま死ぬとこだった……」


 まだ数時間足らずだが、身体がボロボロな上、連戦に次ぐ連戦、体力的にも精神的にもかなり厳しい状況で他を心配している余裕はない。


 二人を信じると決めた以上、俺が信じないでどうするんだ。


「逸香に法被と刀を返さないといけないし、香織にもちゃんと俺の気持ちを伝えなきゃいけないんだから、ここで死ぬ訳にはいかない……よ……な?」


 前を見れば、次の靄人間との距離は十段程もあった。

 だが、俺が驚いたのはそこじゃない。


 他の靄人間が半袖やタンクトップといった涼しそうな格好をしている中、その靄人間は季節外れの長袖シャツを着ていた。

 暗くて遠目だったが、その明るいベージュパンツを見紛うはずがない。


 なぜならそれは、あらた君が靄に襲われる直前まで履いていたものなのだから。


 信じたくはない。

 だが、目の前にある現実がそれを許さない。

 一歩、また一歩と確実にこちらへと歩み寄ってくる彼の姿を見ていると、刀を持っていない右手に力が入り、思わず拳を握ってしまう。

 会って半日も経ってない?

 そんなのは関係無い。

 彼は俺の立派な仲間だ。例え数分だろうと、何年だろうと、共にこの事件を解決するべく動いた大切な仲間だ。

 靄に飲まれる直前に見せた最期の彼の姿が脳裏に浮かび、噛みしめる歯に力がこもる。


 自分の弱さが招いた結果。

 目を逸らしてはならない。

 だが、こんな姿になったあらた君を相手に俺はいったいどうすればいいって言うんだ!!

 刀を振るうなんて出来ない。

 刺すことも、彼を投げることも俺には無理だ。

 わかってる。近付く以上、彼をこのままにしてしまっては、上の二人に危害が及ぶ。


 俺の葛藤はおそらく一分はかかっていただろう。

 だが、そこで俺の中に違和感が生まれた。

 何故か、あらた君の位置はあまり変わっていないのだ。

 いや、実際には半分の五段程は進んでいるが、いくらなんでも遅すぎると感じてしまった。

 そして、すぐに理由がわかった。

 あらた君は一歩進んでいるように見えて、実際は同じ段と同じ場所を踏んで歩くのを遅くしていた。

 それを悟った瞬間、俺は刀を足元に置いた。


 彼は今、抗っている。

 自分の身体を操り、人を襲わせようとしてくる靄に全力で抗っている。

 見た目は小さくて可愛らしい男の子。

 そんな彼が、必死に頑張っている。


 これ以上、彼を苦しませるのか?


 俺は大きく腕を広げ、目の前まで迫ってきた彼を受け入れた。

 彼は殴りかかるでもなく、蹴りかかるでもなく、ただ、俺の腰に手を回し、胸に顔を寄せてきた。


「お兄さん」


 耳に残るその言葉、まるで彼が今そう言ったような錯覚を覚えた。

 目から勝手に流れる涙が、彼の頭に滴り落ちた。


「……ごめん……君を守れなかった……。今更謝ったところでもうどうしようもないかもしれない。……でも、せめて……あらた君が安らかに眠れるように、心から願ってる」


 そして、俺は最後に、彼の身体を強く抱きしめた。


 あらた君の身体は、俺の力に耐えることが出来ず、靄となって霧散し、最後には彼の着ていた服だけが残った。

 でも、まだ終わりじゃない。

 目の前には多くの靄人間が残っている。

 俺は階段に置いておいた白鞘を手に取り、右手で刀を引き抜いた。

 刀を片手で構えながら、鞘を持つ左手の甲で目元を濡らす涙を乱雑に拭った。


「俺は酷いやつだ。自分が苦しみたくないからって、あなた達に辛い苦しみを味わわせすぎた。あなた達は良い人だ。きっと人を襲うなんて本当はしたくないはずなんだ。それなのにあの靄にいいように扱われ、知り合いや友人、あまつさえ大切な人まで襲ってしまった。……それがどれだけ苦しかったことか……」


 目の前まで迫りくる靄人間の姿が視界に映る。

 その姿が、俺の心に怒りの感情を呼び覚ます。

 この状況下で、苦しんでいるのは自分達だけだと、心の中でそう考えて、中途半端なやり方しかしていなかった自分という人間に対しての怒りが、心の奥底で燃え上がっていく。


 足に力を込め、刀を強く握りしめる。

 そして、長く苦しませてしまった彼らの首目掛けて、素早く刀を振るった。


 そして、背後で霧散したのを背中越しに確認し、一気に不安定な石階段を駆け下りた。

 当然道中には靄人間がおり、彼らは俺の道を塞いだ。

 だが、彼らは俺が駆け抜けると同時に打ち込んだ峰打ちによって、次々と霧散していった。


 そして、俺は屋台の並ぶ神社の中腹辺りに着くと同時に、目の前に群がる靄人間達を一瞥し、刀を左手に握った鞘に収め、持ち手に軽く触れた状態で左腰に着けた。


「逸香の言う通りだ。苦しんでいるあなた達を長く苦しませるような真似、しちゃいけなかったんだ。それなのに俺はうだうだ考えて、結局今の今まであなた達を苦しめている……」


 ならば俺も逸香に則り、彼らと向き合う覚悟を決めよう。


「今宵限りの介錯人、遠山梓……推して参ります」


 ※ ※ ※


 もう何分経ったのかもわからない程の時間が経ち、私の体力は限界を感じていた。

 そもそも私には、舞を何度も舞う体力は無い。

 医者になる為の実習で体力は少しついたと思うけど、初めの頃は、舞を通しで踊りきる体力すら無かった。

 朝は毎日走り込みをさせられたし、何度も何度も鎮魂の舞を舞わされたせいで、ようやく巫女の舞を舞えるだけの体力がついた。

 でも、練習と本番は違う。

 失敗をしてはいけないというプレッシャーは、私の精神力を奪っていく。

 いつも以上に削れていく体力、薄くなっていく酸素、視界はいつブラックアウトしてもおかしくないような状態だった。

 多分、舞台に油がつけられていなくても、失敗していた気がする。


 早く終わってほしいとも思う。

 巫女の舞をやった後、梓君やいっちゃんのお陰で少しは休めたけど、それでも体力が満タンになった訳じゃない。

 村の中を歩かされたし、最後の階段ダッシュも、正直きつかった。

 今もとっくに体力は限界に達し、体力オバケのいっちゃんについていくのがやっとだ。

 正直、今すぐにでも投げ出して、その場で大の字になって寝転がりたい。


 でも、それは許されない。


 体力が限界なのは、きっと私だけじゃない。

 梓君といっちゃんだってとっくにきついと感じているはずなんだ。

 身体に大怪我を負ってまで戦う梓君。

 大好きなお師匠さんを失って、精神的に辛いのに前を向いて鎮魂の舞を舞ういっちゃん。


 二人が頑張っているのに、ここまでお荷物だった私が一番最初に諦めていいはずが無い。


 私は疲労で重たくなった足に力を込め、次の動きを行おうとした。

 その時だった。

 突然、ぱちぱちと手を打つ音が、私達の発する歌声の邪魔をした。

 いきなりのことで訳がわからなくなった私の目に、いっちゃんの手が映る。


 案の定、彼女ではなかった。


 では誰が?


 この場にいない梓君の手拍子がここまで聞こえた可能性も考えたが、すぐに違うと理解した。

 なぜなら、その拍手の音はあらゆる方向から聞こえてきたのだから。

 明らかに異様な雰囲気に、私は舞を()めていた。

 そして、一体の靄人間と目があった。


 正面に佇み、爛々と輝く紅い相貌と、耳元まで大きく開かれた口で象られた笑みの表情が私を震わせる。


 この靄人間も村人の誰かなのか?


 すぐにその考えを否定した。


 その靄人間が服を着ていなかったから?


 違う。


 その靄人間が襲ってこなかったから?


 違う。


 ただそこにいるだけで感じてしまう"死"という概念。見ているだけで呼吸を忘れてしまいそうになり、唇が震え、その存在から目を離せなくなってしまう。


「かおちゃん!!」


 急に私の手が誰かに握られ、私はゆっくりとそっちを向いた。

 そこには舞を()めてこちらに笑みを向けるいっちゃんがいた。


「落ち着いて。いっちゃんは一人じゃなかやろ?」


 その言葉が私に与えた影響は決して小さいものじゃなかった。

 子どもの頃からずっと、いっちゃんがいてどうにかならなかったことはない。

 その事実が、徐々に私に落ち着きを取り戻させてくれた。


「……落ち着いた?」

「うん、ありがとう、いっちゃん」

 

 感謝の気持ちを伝えると、いっちゃんはニシシと笑みを返してくれた。

 勇気が出て向き直ると、目の前の靄人間が拍手を()めた。直後、示し合わせたかのように、周りの靄から拍手の音が消えた。


鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!


 このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。


 第27回の方言は「やおいかん」について。

 この方言は簡単ではないという意味です。


 仕事もして、家事もして、小説毎日投稿はやおいかんばい……といった風に、使われるそうです。

 あいにく調べるまで知らなかった方言なので……方言に疎くて申し訳無い。

 でも、知っとる方言ば探すともやおいかんとばい?

 ( ・´ー・`)


 話は変わるのですが、本日と明日は諸事情があって、電波の届かない母の実家に行かなくてはならない為、予約投稿にしときます。

 8時ですが、是非いらしてくださると幸いです。


 それではまた次回!! お会いしましょう!!

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