深山あらたの過去
常識ってなんだろう?
小学四年生の頃、そんな疑問が僕の中で生じた。
男の子は女の子とは遊ばない。
男の子はスカートなんて履かない。
男の子の癖にそんなに髪を伸ばすんじゃない。
僕の周りでそんなことを言う人が増えたのは、確か小学四年生くらいの頃だった。
僕は僕なのに、皆は僕を僕として見てくれない。
でも、お母さんだけは、僕を僕として育ててくれた。
お父さんは世間からの目を気にする人だった。
小さい頃から、僕の髪が伸びると無理矢理坊主にしてきたり、女児用のアニメを見ていると、すごく怒られた。
たまの休日には無理矢理僕を外に連れ出して、やりたくないのにキャッチボールをさせる。
でも、それはまだいい方だった。
お父さんはお酒を飲むと、暴力を振るうようになる。
寝ているといきなり部屋に入ってきて、お前はなぜ女みたいな喋り方をするんだとか、なんでお前はお父さんの言う通りにできないんだとか怒鳴ってきて、僕の顔や体を殴ってきた。
そんなお父さんから僕を守ってくれるお母さんも、お父さんに殴られた。
お前がしっかりしないからあらたは変なんだ。お前がちゃんと育てていればあらたは普通の子どもとして育ったんだとか、酷い言葉でお母さんを責め立て、泣かせる。
そんなお父さんが、僕は大っ嫌いだった。
でも、面と向かって言うには、お父さんは怖すぎた。
意見を言おうとすると、決まって鋭い目付きで見下ろしてくる。そのせいで人の目というものが怖くなって、僕は目を見て喋ることが出来なくなっていった。
目を見た時、あの目を向けられたらどうしよう。
そう思うようになってからだった。
お母さんがお父さんと離婚して、僕はお母さんと共に引っ越した。
そこはお母さんの地元で、僕はお母さんの実家でおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らした。
でも、そこにも男は男らしくという常識があった。
昔は可愛がってくれたおじいちゃんとおばあちゃんも、僕のことを少しおかしいんじゃないかと陰で言ってきたのを聞いた。
でも、そんなことを言われるのは日常茶飯事だったから、気にしなかった。
それよりも辛いことがあったから。
僕は新しい小学校でいじめられるようになった。
最初は変だとからかわれ、大切にしていたランドセルを隠されるようになった。
僕を本当は女なんだろとからかい、服を無理矢理脱がそうとしてくる子もいた。
今までは、幼稚園の頃から仲良くしてくれた友達や、下級生ということもあって、そういうのはあまりされなかったけど、あの場所に僕を助けてくれる人なんていなかった。
そして、いじめが徐々にエスカレートしてきた頃、僕はゲームやアニメといった一人で楽しめる遊びにはまった。
ゲームやアニメはいい。
僕をバカにする人がいない。
少ないけど、僕のように女の子の格好が好きな男の子もいた。
いじめのことを知ったお母さんも、学校に行かなくていいと言ってくれて、僕は日がな一日、ゲームで遊ぶようになっていった。
そんなある日、お母さんが男の人を紹介してきた。
前からネットというやつで交流があった人らしく、結婚する予定なんだと聞いた。
僕は正直乗り気じゃなかった。でも、ずっと迷惑をかけることしか出来なかった僕にとって、お母さんがしたいなら、どんなに辛くても受け入れるつもりだった。
それに、あの学校から離れられるんだったら、なんでも良かった。
あの人は、連れ子の僕に受け入れてもらおうと必死だったのか、ネット環境の整った部屋をくれた。お陰でアニメやゲームは出来たけど、不便なことには変わりなかった。
お母さんに気に入られる為だったんだろうけど、少なくともあの人は暴力を振るってこなかった。
そう、あの人は……。
僕は村の皆に歓迎されなかった。
お母さんは、まだ村の人と交流を深めることができていたみたいだけど、新しいお父さんの血が通っていない僕は、道ゆく人によく睨まれた。
時には、よくわからない日本語で怒鳴られたし、勇気を出してもう一度行こうと思った学校では、他所者扱いされた。
唯一受け入れてくれたのは、いきなり部屋に突撃してきた逸香お姉さんだけ。
でも、他の人は僕を奇異の目で見てくる。
どうして僕ばっかりこんな辛い目にあうの?
僕はなにもしてないのに、どうしてバカにされなくちゃいけないの!!
お母さん似の目元も、お母さんと同じ髪の色も、お母さんと同じ口元も全部僕が気に入ってるんだからいいじゃないか!!!
なのに、どうして皆は僕を否定するのさ!!!!
『常識とは十八歳までに積み重なった、偏見の累積でしかない』
お母さんがよく僕に言ってくれたアインなんとかさんの有名な言葉。
お母さんは決まっていつも、その後をこう締めくくる。
『あらたのことをバカにする人はあらたの良さを知りもしない人達だけだよ。大丈夫、お母さんはあらたをバカにしない。だって、あらたの良いところを世界の誰よりもいっぱい知ってるから。それに、いつかきっと、お母さん以上にあらたのことをわかってくれる人が現れるよ』
見つけたよ、お母さん。
僕を受け入れてくれた人達。
僕のことを気持ち悪いとか言わずに受け入れてくれて、会ったばかりだけど、僕のことをちゃんとわかってくれてる。
今まで僕の伸ばした手を掴んでくれたのはお母さん一人だけだったけど、この優しいお兄さんは、自分の命を顧みずに手を掴み取ろうとしてくる。
……僕がお母さんの次に大好きな人へ……
※ ※ ※
靄に覆われていくあらた君の姿を目の当たりにした俺は、明らかに冷静な判断を欠いていた。
どっからどう見ても、もう間に合わない。
そんなことは百も承知だ。
それでも、俺は彼を守ると約束した。あらた君と一緒に東京へ帰ると約束したんだ!!
彼の左腕がこちらに伸ばされている。
あと少し、あと少しで手が届くというところで、俺は香織を抱きしめている方の左腕を後ろから引っ張られる感覚を覚えた。
振り返れば、そこには涙を流す逸香がいて、俺をあらた君から引き離すように引っ張っていた。
「もう無理ばい!! はよ諦めんと梓も!!」
「離せ逸香!! まだ引っ張り出せればどうにかなるかもしれねぇだろうが!!!」
胸に痛みが走って、逸香を振りほどけない。
それどころか、体にうまく力が入らず、徐々にあらた君との距離を引き離されそうになっていた。
「もっと手を伸ばせ!! 絶対助けるから!! 絶対助けてみせるから!! 手を!!!」
腕が限界を感じるまで伸ばした。
限界を感じて尚、彼に向かって伸ばした。
すると、彼は何故か、腕を引き戻した。
そして、靄に覆われていない彼の右半分の顔が、涙を流しながらも笑顔を形作った。
そして、彼の震える声が、その口から放たれた。
「僕を受け入れてくれて……ありがどうございまじだ」
その言葉を最後に、彼の体は完全に靄に飲まれた。
鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!
このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。
第23回の方言は「しゃんもんでん」について。
この方言は、無理矢理という意味で使われます。
この方言は今まで普通に使っていて、調べて初めて熊本弁だったんだと驚かせてくれた方言ですが、よくよく考えれば、他県の人がこれ使ってるの聞いたことないし、標準語っぽくはないなとも思いました。
正直無理矢理と言われてもしっくり来ない感じです。
しゃんもんでんはしゃんもんでん。それ以上でもそれ以下でもないって感じです。
それではまた次回!! お会いしましょう!!




