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モヤビト  作者: 鉄火市
22/31

再度の襲撃1


「落ち着いたか?」


 暫くの時間を要し、俺はあらた君の肩に手を置き、彼に優しい口調を心掛けて尋ねた。


「………………はい……」


 かなり間はあったものの、あらた君は沈んだ声で確かにはいと答えてくれた。


 家族を失ったことの無い俺には彼の気持ちはわからない。だが、十三の少年、ましてやたった一人で自分を育ててくれた母親の死が、彼の精神面にどれほど影響を与えるかは容易に想像できた。


 できることなら、今すぐにでも彼を休ませてあげたかった。


 だが、それでは彼の覚悟が無駄になってしまうかもしれない。いや、これはきっと建前で、俺はただこの忌まわしい事件を早く終わらせたいだけなのかもしれない。


「酷かもしれないが、まずは約五百年前に例の女性が残したと言われている書物を拝見したい。……もちろん見つけてくれるだけでいい。そっからは俺達が引き受けるから、その間は休んどいてくれ」


 言ってて自分が嫌になってくる。

 血の繋がった母親を亡くしたばかりの十三歳の少年に対し、働けと言うしかない自分の無力さが、本当に情けない。

 だが、あらた君は、そんな俺に対し、気丈にも儚げな笑顔を向けてきた。


「僕は大丈夫ですから、そんな顔しないでください。見たいと言ったのは僕で、お兄さんはちゃんと止めてくれてました。だからお兄さんは全然悪くないです」


 そこまで言い終えると、あらた君は室内にある襖を指差した。


「あそこに固定されている金庫があります。ダイヤルは右に三、左に七、右に二、最後に左に四で開きます」


 彼の気落ちした声が明確な解除方法を伝えてくれたことによって、俺達は最大の難関と思われた金庫の解除に成功した。


 中には金塊が数本あったが、そんなものよりも目を引いたのが一冊の古い書物だった。


「これが例の書物か?」

「中に本はそれしか無いので多分間違いないと思います」

「ありがとう、あらた君。ゆっくり休んどいてくれ」

「はい、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます」


 あらた君が体育座りで部屋の端に座ったのを横目で見ながら、俺は書物の中身を開いた。

 そして、俺の横から逸香と香織が顔を覗かせてきた。


 一項目を開いた瞬間、俺は鳥肌が立った。

 その書物は五百年も昔のものだというのに、劣化すらしていないのだ。インクがぼやけて見れなくなっている可能性も考えたが、それすらなっていなかった。

 国が適切な方法で保管したというなら話は別だが、ここは辺境の村で、適切な方法が取られていたとは到底思えない。


 書物はところどころ微かな染みが目立つものの、それ以外は完璧に読めた。


『モヤビトは、うら若き娘を好む。だが、清くなければ見向きもしない』

『かの存在は、安寧と絶望をもたらす。故に、かの存在を利用することにした』

『汝らが私との約束を遂行する限り、かの存在は永久の安寧をもたらすだろう』

『だが、かの存在の逆鱗に触れた時、かの存在は本性を現し、この混沌なき世界に滅びをもたらすことだろう』

『もし、かの存在を怒らせたというのなら、亥の刻が終わるより前に、かの存在の機嫌を取ることをおすすめする』


 ざっくり抜粋するとこんな感じのことが書かれてあったが、肝心の機嫌をなおす方法までは書かれていなかった。


 読み終えた頃に時間を確認すると、既に十時半を回っていた。

 亥の刻終了は夜の十二時、あと一時間半も無い。


「思ってた以上に時間が無いな……」

「どうするの、梓君?」

「正直今にでも解決に向かいたいが、どうすればいいのかが……」

「それならきっと、鎮魂の舞を舞えばいいんじゃないかな?」

「鎮魂の舞?」


 香織の口から聞き覚えの無い単語が聞こえ、俺は思わず聞き返してしまう。

 すると、香織ではなく逸香が答えを教えてくれた。


「かおちゃんが神楽鈴ば持って皆の前で舞ったとが巫女の舞ってやつで、それとは別でもう一つ教えられとるとが、鎮魂の舞ってやつとよ。あたしも鎮魂の舞は何度もやったことあっけど、あれは辛かよ? なんせ一時間も同じような舞ばせなんけんね」

「舞の動作自体は複雑じゃないから覚えやすいんだけど、なにぶん休憩も貰えないからすごく疲れるもんね?」

「そうそう。でもあれって確か……」


 逸香と香織が自由に話しているが、もしその舞をしないといけないのであれば、再び神社に赴く必要がある。

 それに舞が一時間もかかるとなると、あまりにも時間がなさ過ぎる!!!


「逸香、香織、あらた君!! すぐにここを出発して神社へ向かう。悪いが休むのは全てが終わってからにしてもらうぞ!!」


 そう言った瞬間、猛烈に嫌な予感がした。

 逸香の家が襲撃された時とは非にならない程の悪寒が全身を駆け巡り、俺は持っていた本を閉じ、急いで傍に置いていた白鞘を手に取った。


「香織!!」


 多くを語る余裕はなく、香織の胸元に本を押し付ける。

 彼女もそれで理解してくれたのか、慌てるように本を受け取ってくれた。


 その時だった。


 室内に風鈴の音が突如として響いた。

 本を読んでいる間ですら一度も鳴らなかった風鈴が、この時、この瞬間だけ音色を奏でた。

 そして、その音につられて俺は窓の方を見た。


 その場所からなら、あらた君を最初に見つけた池や、白塗りの壁等が見えていたはずだ。


 だが、今は何も見えない真っ暗な景色が広がっていた。


「逸香、二人を逃がせ!!!」


 そう指示を出すのと同時に、靄は網戸を通り抜けてこの広い和室に侵入してきた。


 刹那、防がなければいけないと思った。

 だが、果たして刀でどう防ぐ?


 呼吸を整える時間もなく、体勢の整わぬまま、一歩、前に出た。

 そして、何も乗っていない畳の端を持ち、勢いよく上に上げた。

 それは、よく考えての行動ではなかったが、幸運にも逸香が三人を連れて外に出る時間だけは稼げた。


 靄が畳を回り込んで俺に襲いかかってくるが、後ろに守るものがいないのなら避ければいい。

 俺は大きく横に跳んで、その攻撃をかわした。

 幸運にも、その靄は俺にターゲットを絞っているのか、窓や開いた入口から出ていく気配は無かった。

 ならば俺が次にやるべきことは……


「逸香!! 俺も隙を見て離脱する!! 先に神社へ向かえ!!!」


 俺だってバカじゃない。

 最初の騒動で靄がこれだけでないことは把握している。これだけを抑えていても、時間稼ぎをされているのは俺の方なんだ。

 だから、なるべく早く合流した方がいい。


 再び靄が襲ってくるが、警戒していた俺にとっては、恐るるに足りない。

 刀での回避は意味が無い為、俺はすぐに横へと跳んだ。だが、靄の攻撃は追尾しているかのように俺を襲ってきた。


 避けることは容易だった。

 だが、逃げ切るのは不可能に近いのではないかと悟ってしまった。


 三度目の攻撃が俺の顔目掛けて飛んでくる。

 それは、四方からの同時攻撃だった。

 それら全てをしゃがむことで避けきるが、再度襲ってくる靄は、俺の体勢が整うのを待ってはくれない。


 俺は眼前を防ぐように両腕で防御の体勢を取った。

 準備の際、包帯を腕と手、それから首の辺りに巻いてもらった。万が一の防御を考える為で、香織もそれを理解してか、腕や手の機能が使えるギリギリの範囲で巻いてくれた。


 靄が襲ってくる直前に、姿勢を低くしたまま三人が出ていった入口の方に跳んだ。

 腕の隙間から靄が畳を串刺しにしたのが見えた。


「こっわ。なんだあの攻撃、危うく死ぬとこだったぞ……」


 直接触れたら負け。

 物理的な攻撃は通らない可能性が高い。

 そして、常識に囚われない攻撃方法。


「反則にも程があるだろ……」


 再びじりじりとにじり寄ってくる靄を見て、そういう感想しか出なかった。


 どうやってこいつを掻い潜って逃げるのかがまったく思いつかない程の化け物。一手でも誤れば、俺は矢車さんと同じ道を辿ってしまう。

 考えが焦りで濁されていく。

 そんな時だった。


 室内にまで轟く銃声が辺りに鳴り響いた。


 一瞬、全ての思考が停止してしまうものの、それが誰の仕業かなんてすぐにわかってしまった。

 そして、それと同時に俺の中で最悪な想像が浮かび上がってしまった。


 靄の動きは止まっていた。

 どこからどう見てもつけ入る隙があり、相手が人なら十回は技を叩き込んでいたことだろう。

 だが、俺は動けなかった。

 相手の一挙手一投足が気になって仕方が無かった。

 鼓動が大きく音を鳴らす。辺りにまで聞こえているんじゃなかろうか?


 そして、靄は動いた。

 窓の方へ。


「クソが!! 行かせるかよ!!」


 俺は動こうとしない自分の足に鞭打って、刀を振るおうとした。

 だが、それは靄による罠だったのかもしれない。


 鋭く伸ばした靄の一撃が俺の腹を直撃し、俺の体を後ろにあった襖ごと吹き飛ばした。

 そこは偶然にも矢車さんから受けた攻撃とちょうど重なる位置で、俺は自分の意識が飛びそうになる感覚を覚えた。


 しくじった。


 それ以外の感想が思い浮かばなかった。

 だが、靄は俺に一撃を与えた程度で満足したのか、先程同様、網戸の方へと向かっていた。


 やばいやばいやばいやばい!!!


 このままじゃ三人が……三人が死んじまう!!!


 どうにかしないと!!


(どうやって?)


 わからないけど、とりあえず動かないことには……。


(それで行ってお前に何ができる?)


 何がって……。


(攻撃も通じない。体もぼろぼろ、おまけに相手に直接触れたら負けと来ている。こんなのどうやったって勝てないよ。行ったって無駄死にするだけ……)


「んなことわかってんだよ!!!」


 自分の内にいる弱い自分は無理だと言ってくる。逃げろと言ってくる。それでも……


「俺は守るって約束したんだ。三人も俺を信じてついてきてくれてるんだ!! 俺一人が諦めていい問題じゃないんだよ!!!!」


 体は痛む。……でも、動けない程じゃない!!!


 俺は足に力を込めてその場から抜け出し、廊下を駆けて玄関に向かった。

 案の定、逸香達は玄関内に閉じこもっていた。


「梓君!! 無事だったんだね!!」

「……先に行けって言ったのに……」


 銃声が聞こえたのは確かに外だったが、それは玄関がある方角でもあった。

 おそらく逸香が玄関付近で発砲したあと、玄関の引き戸を閉めて籠城していたのだろう。

 まぁ、俺も引き戸を閉める音が聞こえなかったら、あの靄同様、外から向かったと思う。

 靄が引き戸を突破できていないところを見ると、いい策とも言えるが……。


「俺が靄人間化してたら挟み撃ちで詰みだっただろうに……」

「そこは梓ば信じとったとよ……」


 逸香の言葉に、思わず笑みがこぼれた。

 こんなボロボロな状態であろうと、彼女達は俺を見捨てることをしなかった。

 ましてや、逸香とあらた君は昨日今日知りあった相手、そんな奴を信じるなんて、本当にどうかしてる。

 まぁ……人のことは言えないが……。


「そっか。……なら、もう一度俺を信じてくれるか?」



 鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!


 このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。


 第21回の方言は「うっぱずるる」について。

 この方言は、外れる、取れるの意味で使われており、たまに老人が使っているのを聞くくらいで、常用されるような方言ではないです。

 高校生の頃によく行ってた祖父母宅にて、「そん服、ボタンがうっぱずれとっね」と言われて服のボタンを縫い付けてもらったのは良い思い出です。


 それではまた次回!! お会いしましょう!!


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