いざ深山宅へ
すいません、遅れました。
二十一時三十五分になると、全員が準備を終え、大広間に集まった。
先程まであらた君が使っていたタオルケット等は端に寄せられ、逸香と香織の用意した少し大きめのリュックサックが代わりに置かれていた。
逸香のリュックサックには人数分の懐中電灯とタオル、それから薬莢などのライフルに必要な道具が入っていた。
「流石にライフルは持っていかない方がいいんじゃないか? 音で靄人間がやってきたらどうするんだよ」
「そんなパンパン撃つ訳なかろ? これは師匠みたいに強か人が他におった時ん為の備えたい」
「使えんの?」
「猟師が猟銃ば使えんでどうすっとね?」
「私も二年くらい前にいっちゃんの狩りに同行したけど、すっごく上手だったよ!!」
逸香はさも当然かのように言っているが、合気や空手といった武術を相当高いレベルで使いこなしているうえ、スナイパーライフルと思しきものまで使える二十五歳の女性を俺は他に知らない。
近接と長距離の二つで戦える逸香って、実は相当凄い奴なんじゃ……。
俺も拳銃の練習はしたことあるけど、あれ難しくて全然当たんないんだよなぁ……。
「まぁ、もしもの時にあった方が良かったってなるよりかはマシだな。持っておいた方が選択の幅も広がるし、一応持っていっておくか。くれぐれも無闇やたらに撃つんじゃないぞ?」
「言われんでもわかっとるって。それよかかおちゃんはなんば持っとると?」
「私? 私は怪我した時用の医療道具とここにあった食材で簡易的な非常食を作っただけ。といってもおにぎりだけだけど……」
「いや、おにぎりは片手で食べれるからかなりありがたい。医療道具もさっきみたいに怪我する可能性がある以上、あって損になることは無い」
「診療所に行けばもっとちゃんとした道具もあるんだけど……」
「いや、悪いけど今は一秒が惜しい。行くとしても、村長宅に行って情報を得てからになる。さて、皆が他になにか準備したいんでなければ出発するけど……」
その言葉に異を唱える者はおらず、俺達は逸香宅を後にした。
※ ※ ※
香織の荷物を肩代わりし、俺達は慎重にあらた君の家がある方角まで歩いていった。
道中は何度もあらた君の家に行っている逸香が先導し、迷うことは無かった。
懐中電灯を点けながら道を歩けば、時折、一人でいる靄人間を見かけた。しかし、彼らは俺達の存在に気付いていないのか、襲ってくることはなかった。
こちらとしても、積極的に殺したいと思っている訳では無い為、襲ってこないのであれば戦闘はしないようにした。
あらた君の家には、三十分程でついた。
戦闘に発展しないよう慎重に歩いた結果だが、少しかかりすぎてしまった。
家の入口についた途端、あらた君は我先にと飛び出し、ベルトでサイズを合わせた淡い茶色の長ズボンから鍵を取り出し、引き戸に差し込んだ。
しかし、鍵を回しても、扉が開いたような音はしなかった。
「もしかして……」
そう言いながら、あらた君は引き戸をスライドさせる。すると、扉はガラガラという音を立てて、玄関は開いた。
「やっぱり開いてました」
その報告は、俺に最悪な想像をさせ、先に入ろうとしたあらた君の肩を軽く引いて、先に入った。
祭の前、あらた君を待つ際に上がらせてもらった為、居間に通じる通路は把握していた。
この家は外見から想像出来る通り、内装も広く、畳の敷き詰められた部屋が多い。また、逸香と香織の家と同様に部屋を隔てる扉は襖が使われている。
ただ、こちらの方が部屋の数も多く、圧倒的に広い。
道中香織が話してくれたのだが、この深山家は代々続く領主の家計らしい。
だが、今代の深山和寿というあらたの父は、前妻との間に子どもが出来ず、そのうえ十年以上前にその奥さんに先立たれ、一人残されてしまう。
しかし、深山和寿はその奥さんのことを引きずり続け、その結果四十を過ぎても跡継ぎは産まれなかった。
そんな折、東京に用事を済ませに行った深山和寿は、あらた君の母親を婚約者として連れ帰ってきた。
当然、村の人々は事情を探るも、深山和寿は多くを語らなかった。
ただ、彼女に見惚れて婚約したと一言告げるだけ。だが、村の人々がそれをよしとしなかった。
村の人々から信用の高い老人が、深山あらたという村の血すら入っていない子どもに村を任せる訳にはいかんとのたまい始めたのだ。
それがきっかけになったのか、村の人間の一部はあらた君に酷い仕打ちをしたそうだ。
あらた君の男性恐怖症はこれをきっかけに拍車をかけ、最終的に引きこもるという手段に出たのだろう。
あらた君への仕打ちを知った深山和寿も、彼を後継者にするつもりは無いと告げることで、あらた君を敵視する理由を村人から無くし、彼を守っていたそうだ。
俺は家に入ると、念の為に廊下の明かりを点けた。
「えっ!? 電気は点けない方がいいんじゃ……」
香織が俺の後ろで、驚いたような声を上げた。
彼女の意見もわかる。俺も実際、この家に入るまでは点けない方がいいんじゃないかとも思っていた。
「本来なら見つかる可能性を避ける為に電気は消した方がいいと思う。実際、さっきの襲撃は電気が点いてたから見つかった可能性もあるしね。でも、この家の周囲は竹と高い塀に囲まれている。それなら、彼らが出ても対処のしやすい明るい空間にした方がいい」
そもそもの問題、俺達が相手にしているのは人間じゃない。
あの奇妙な黒い靄だ。
人間相手なら襲われても返り討ちにすれば問題無いが、あの靄は直接触れただけで死が濃厚になる。
ましてや、この夜闇に紛れて襲われた場合、防げる確証は無い。
この状況で視界を塞いだり、妨げる状況は芳しくない。
光の全くない外ならともかく、電気を点けれる状況にいる場合、できるだけ点けた方がいい。
それに、この家の鍵が開いていたということは、最悪一人、靄人間がいるかもしれない。
これもただの予想だ。
田舎で鍵をしない人が少なくないことは知ってる。実際、逸香が自分の家に鍵をかけているところを見たことない。
だが、ここに住んでいるあらたの母親は、都会に住んでいたと聞いている。
そんな人が、家の鍵を開けっ放しにして出掛けるだろうか?
田舎出身の香織ですら閉めることを心掛けているんだ。
いないと楽観視するより、最大限の注意を払った方がいい。
俺は自分を先頭に明かりの灯った家の中を進み、夕方に案内された和室への襖をゆっくりと開けた。
最悪、あらた君の前で彼の母親を殺すかもしれないと覚悟していたが、それは杞憂に終わった。
部屋に敷き詰められた畳の上に、女性ものの衣服が落ちていた。
それは、あらた君の準備を待っている間、お茶をどうぞと自分達を歓迎してくれたあらた君の母親が着ていた服だとすぐにわかった。
綺麗な室内に、不自然に散乱した衣服。
中でなにがあったのかはわからないが、少なくともあらた君にとってはかなりショックな出来事だと思った。
「……あらた君は見ない方がいい……」
俺はそう告げて、背後から覗こうとしていたあらた君の顔の前に腕を持っていった。
だが、それでもあらた君は引き下がろうとはしなかった。
「ありがとうございます。でも、覚悟はできてます」
「……だが……」
「ちゃんと向き合わないといけないんです!! もちろんお兄さんが僕に気遣ってそう言ってくれてるんだってことはわかってます。……でも、死んだお母さんが生きてるかもしれないって思い続けるくらいなら、ちゃんと見たいんです。ちゃんと受け入れたいんです!! だから……お願いします!!」
俺の腕を掴み、必死に訴えてくるあらた君を見て、俺は腕を下ろした。
彼は子どもだ。だからといって、彼の意志を尊重しないというのは違うと思う。
もちろん凄惨な現場ならば、彼がなんと言おうと見せるつもりはない。だが、ここに残されたのは、あらた君の母親が生前まで着ていたと思われる衣服のみ。
あらた君は俺が腕をどかすと、ありがとうございますと告げ、中に入った。
そして、彼の目が母親の衣服を見つけた途端、彼は硬直してしまった。
「ぉ……お母、さん……」
震える声が、あらた君の小さな口から呟かれた。
彼の頬を伝った雫が、彼の足元に滴り落ちる。
そして、おぼつかない足取りで衣服の落ちている辺りまで行くと、膝から崩れ落ち、震える手でその衣服を抱き寄せた。
「うぁあああああああああ!!!!」
その悲痛に染まった叫び声は静かな空間に木霊し、俺の胸を強く締め付けるのであった。
鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!
このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。
なんでこの謎コーナーを20回もやってるんだとは思いつつも、今日も結局やるのでした。
第20回の方言は「からう」について。
多くの方がご存知の通り、九州の方言は大きく豊日方言・肥筑方言・薩隅方言の3つに分かれていますが、この方言は九州全域で使われているそうで、背負うという意味で使われています。
ランドセルをからった小学生が居酒屋さんでお酒を買おうとしている現場を目撃してしまって、店主と小学生のやり取りが面白くて内心大爆笑した。
といった風に使っています。
それではまた次回!! お会いしましょう!!




