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モヤビト  作者: 鉄火市
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深山村の伝説2


『これは五百年程前、まだ戦国の時代と呼ばれていた頃に起きた出来事である。当時の深山村は疫病や天災、積み重なる年貢が原因で発生した飢饉で苦しんでいた。

 そんなある日、一人の若い女性がこの深山村に訪れた。

 彼女は弥吉という青年に、空腹で今にも死にそうだ。何か食事をくださらないか、と声をかけた。

 しかし、貧乏な弥吉には金も明日食べるものもない。あるのは山で狩ってきた手に握る野うさぎだけ。

 それは、ここ最近まともな食事すらとることの出来なかった弥吉にとってのご馳走。

 だが、弥吉は本当に辛そうにしている相手の女性を見て、手に持つ野うさぎを調理して振る舞った。

 女性は野うさぎの肉がなくなるほど食べ、告げた。


「あなたのお陰で私は明日も生きられます。何か望みがあれば叶えてさしあげましょう」


 その言葉に対し、弥吉はこの飢饉と病気がどうにかなったらいいなと冗談混じりで持ちかけた。

 だが、女性はその無理難題に対して、わかりましたと、はっきりとした口調で告げた。


 女性は弥吉や村の者達を集めて村の中心部に行くと、不思議な言語を口から呟きながら、不思議な舞を踊り始めた。

 その舞は見る者を魅了していった。最初は半信半疑で隣と喋っていた村人達も、自然と彼女の舞に引き込まれ、その幻想的な舞から目を離すことができなくなっていた。


 しばらくして女性が舞い終わる。そして、弥吉に向かって口を開いた。


「この村で病気が流行ったり飢饉になることは今後絶対に無いでしょう。しかし、十年毎に村一番の清き美女が先程の舞を舞わねば、せっかく招来してくださった彼を怒らせてしまうでしょう。絶対にあの者を怒らせてはなりません。怒らせればこの村は終わりだと肝に命じなさい」


 そう言い終えると、女性は一冊の書物を残し、去っていった』


「……そんな訳で、この深山村では十年に一度、身も心も汚れとらん十八歳以上の美女ば選んで巫女にしてから踊らすっとたい」


 少し長くなるという前置きをしてきた為、香織のいる神社に行く道中でその伝承を聞いていた俺は、方言でほとんどよくわからなかったその内容を前に、なんて言えばいいのかわからなくなっていた。

 正直、ここまで方言が強いと言っていることの大半がわからん。しかも、彼女は方言に耐性の無い俺を相手に普通の速さで言うため、話を整理したり吟味したりすることがまったく出来なかった。とは言え、もう一度聞いて彼女の方言を理解できるのかと言われると自信はない。

 取り敢えず、女が来て舞ったらなんか病気とかにかからなくなったことと、十八歳以上の身も心も綺麗な美女に巫女をやらせて十年に一度舞わせていることだけはわかった。

 ……後で香織からちゃんと教えてもらおう。


「それで? その舞っていうのはいつ頃に行われんの?」

「明日の六時たい。って言うても朝のじゃなかとよ? 夜の六時に行われっけん、かおちゃんはめっちゃ頑張っとっとよ」


 香織が舞をしているという話は七年も一緒に居るのに聞いたことがない。実際、運動よりかは勉強の方が得意って感じだったし、苦手ではないにしても、あんまり自分からはしないってイメージが強い。

 何か部活動に取り組んでいたなら話は別だろうが、生憎彼女の放課後は図書室にて一人で勉強という模範的なスケジュールであった為、部活はしていなかったと思う。

 だが、きっと彼女なら映える舞を見せてくれることだろう。


「いつかお姉ちゃんだ!!」


 香織が巫女装束で舞う姿を想像していると、少し遠めの場所から子どものものと思われる声がこちらにかけられた。

 声をかけてきた方を見てみると、小さな川で遊んでいる三人の子どもがこちらに向かって手を振っていた。

 小学校低学年とおぼしき男の子一人と女の子二人の組み合わせで、夏だからか川に入って遊んでいるようだった。見るからに無邪気そうな子ども達で、着ている服は遠目で見てもわかるくらいびしょびしょで、薄い布地が子どもの柔肌にくっついて薄く透けていた。

 横を見てみれば、逸香も子ども達に手を振り返している。


「ちゃんと五時までには帰らんといかんよ!」


 逸香の言葉に子ども達は元気な声で返事をしていた。

 これも田舎ならではなんだろうな。

 正直、警察官としては子ども達だけで川遊びをするのは色々な危険があるため()めさせないといけないというのはわかっている。だが、外の人間が何かを言ったところで素直に聞くとは到底思えない。


「舞の練習って何時まであるの?」

「ん? 流石に五時まではかかっと思うよ? 通しで一時間舞わせて、そん後に色々と指摘とかあっけん、諸々合わせて五時って計算だけん長引いたらもう少しかかっかもしれんね」

「一時間も舞うって相当きついんじゃ……」

「いやいや、実際に舞うんは三十分もなかよ? 最初と最後に言い伝えの歌ば歌わんといかんし、他にも神様にこん十年間ありがとうってのと、次の十年間もよろしくって祈らんといけんし、まぁそういう色々な作業ば合わせっと一時間くらいかかるって話。特に歌と舞は間違ったらいかんけん、念入りにせんといかんとよ」

「なるほど、要するに五時まではやること無いんだな?」

「まぁ、見たいってんなら端の方で見学くらいは出来ると思うけど、流石に話したりは出来んよ?」


 そうと決まればやることは一つだな。


「せっかくだし舞を見るのは本番に取っておこう。邪魔になっても迷惑だろうし」

「ん? そんならどうすっと? うちでテレビでも見とく?」

「いや、せっかくだし田舎の綺麗な空気を堪能しときたいから子ども達と遊んでくってのはどう?」


 本当のところは警察官として、小学校低学年くらいの子どもを放っておくというのは気が引けるから傍で見ておきたいってだけなんだが、何故か俺の提案に逸香が目を光らせた。


「じゃあせっかくだけん、あたしも付き合ってやるばい!」

「え? 別に逸香が付き合う必要は無くね? 用事とかは……」


 俺が言葉を言い切る前に逸香は駆け出し、川の中に飛び込んでいった。飛び込んだ瞬間、大きな水飛沫が立ち、子ども達に水がかかる。それに反撃するように子ども達が逸香に向かって水をかける。そして、逸香も負けじと水をかける。とても二十代後半の女性とは思えないはしゃぎっぷりではあるが、皆が楽しそうならそれが何よりだ。

 俺は取り敢えず近くにあった比較的綺麗で座れそうな岩に腰掛け、手荷物に入れておいた電子書籍であらかじめダウンロードしていた本を読み始めるのだった。


「兄ちゃん、この村の人じゃなかよね?」


 逸香という大人が傍にいるのであれば自分が特に心配することは無いだろうと思い、電子書籍を読み耽っていると、先程まで川で遊んでいたはずの少年が俺の目の前まで近付いてきていた。腕時計を確認すれば、既に四時を二十分も過ぎている。


「そうだよ。俺はこの村に住んでる金山香織のお友達なんだ」

「かおり姉ちゃんの?」


 少年の言葉に少し驚いてしまう。一瞬、少年の言葉からこの少年が香織の弟なのかと思ってしまったからだ。だが、先程見ず知らずの俺に対して兄ちゃんと言ったところからそういうものなのだとすぐに察した。

 ……ここだと俺はお兄さんなのか。いつもはおじさんって呼ばれていたから結構新鮮だな。


「ねぇねぇ、さっきから何見てたの?」


 少年の興味は俺から電子書籍に移ったらしく、漫画のページを開いた画面を食い入るように見始めた。


「これは電子書籍って言って、ネット上で購入した本を見る為の道具なんだ」

「ねっと? でんししょせき?」


 心の底から理解していなさそうな顔につい苦笑い。


「ほへぇ、都会ではこういうもんがあっとね? これは携帯電話とは違うと?」


 少年の上から声がかけられ、俺はそちらに目を向けた。

 そこには服や髪をびっしょりに濡らした逸香が少年同様画面を覗き込もうとしていた。


「ちょっ! なんでそう平然とさっきから!! 服は!! タオルは!!」


 彼女の服は下着の上から一枚着ただけのものらしく、濡れて透け透けになった服の下からたわわに実った果実を包む見えてはいけない布が視界に入る。だが、彼女は何故か注意した俺に半分だけ開けた状態の眼を向けてくる。


「せからしかね。こんなん帰って着替えればよかたい」

「だから少しは女の子らしく恥じらいとか持って行動しろよ! 男と一緒にいる自覚あんのか!!」

「梓が男? なかなか。さっきからせからしかだけで梓からは男らしさなんて微塵も感じんよ?」


 わざわざ言葉の間を微妙に伸ばすのが更にむかつく。だが、彼女の口撃はこんなところでは終わらなかった。


「だいたい梓はかおちゃんと九年間も一緒におったっちゃろ?」

「……正確には高校三年から香織の大学卒業までの間だから七年くらいだ」

「そうやったっけ? まぁいいや。そんで? 一回でもかおちゃんに告白とかしたと?」


 その言葉は心にグサリと来た。


「……別に好きとは……」

「よかよか、誤魔化さんで。どこんバカが友達が祭で舞うってだけでこんな遠い田舎の祭に来っとね? 梓以外来んかったのがよか証拠たい」


 確かにその通りだと思った。ここまで来るのにかかった金額だってただじゃない。高速で長時間運転して、更にはこんな山奥まで来るなんて、多分俺も相手が香織じゃなかったら来てないと思う。


「…………告白は……まだです……」


 逸香から目を逸らしながら絞り出すような声でそう言うと、露骨な溜め息が聞こえてきた。見れば、逸香だけでなく、逸香と遊んでいた三人の子ども達までやれやれといった様子を見せていた。


「お母さんの実家が東京だけん東京の高校さ行ってくる言うて帰ってきた思たら、こんな名前も根性も女々しか男しか捕まえられんとか、かおちゃんは男ば見る目がなかね」


 実際、一度も好きだとすら言えてないのだから何も言い返せない。……てか、なんで今日会ったばかりの人にこんなボロクソ言われてんだ、俺?


「…………せめて梓が無理矢理にでも香織ば襲ってくれとったらこんなことにはならんかったのにな……」


 ぼそりと呟かれたその言葉の全てを聞き取ることは出来なかった。

 だが、それでも香織を襲うとかいうとんでもないキーワードが出てるのだけは聞き取れた。

 いやそりゃ、俺だって男だしそういう欲求はあるけどさ、そんなこと出来るくらいの度胸があったらとっくに彼氏彼女の間柄になってるよ!

 まぁ、そんなことは置いといて、少なくともこれ以上は俺の精神が持たん。


「……取り敢えずハンカチ貸すから一回戻るぞ。一年ぶりの友人との再会にびしょ濡れで下着透けてる女性連れてくとか嫌な予感しかしないからな。君達も空が暗くなる前にちゃんと帰るんだぞ」


 俺がポケットに入れておいたハンカチを手渡すと、彼女は溜め息を一つ吐いてから顔に滴る水滴を拭った。


「しょんなかね。あたしも修羅場に巻き込まれっとはごめんたい。あっくん、ちーちゃん、かなちゃん、また明日お祭りでね」


 そんな感じで俺と逸香の二人は子ども達に手を振って別れ、一度逸香の家に戻った。



 鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!


 ここまで読んでくれてありがとうございます。

 このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーでございます。


 記念すべき初回の方言は熊本県民ならば誰もが知っているであろう「あとぜき」についてです。

 この言葉の意味は、扉をちゃんと閉めましょうという意味です。

 店内の張り紙に使われていたりしますが、私生活で使うかと言われると一概にはそうと言えません。普通に閉めろという人の方が客観的には多いと思います。

 ちなみに私は、高校生の頃、他県の同級生に対し、クラス全員で「あとぜきせんか!!」と言い続けてたら半泣きさせてしまったことがあります。

 意外と理由を知らないと通じないみたいですね。


 それでは次回!! またお会いしましょう!!

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