これからについて
家の中に入ると、最後に会った時の格好のままのあらた君が玄関に立っていた。
先程突き放すように言ってしまったのが気まずくて、なんて言えばいいのかわからないでいると、急に彼は目を潤ませた。
そして、彼はそのまま俺に向かって抱きついてきた。
その瞬間、全身に激痛が走り、尻餅をついてしまったものの、すぐにそんなことはどうでもよくなってしまった。
「良かった!! お兄さんが無事で、本当に良かったです!!」
あらた君は俺の胸元を掴むと、人目も憚らずにわんわんと泣き始めた。
どうやら俺は、彼に相当心配をかけてしまったらしい。
それなのに自分だけが楽になろうと、三人を見捨てて死のうとか考えていたなんて……あの時の自分が情けなくなってくる。
俺は彼の頭を優しく丁寧に撫でた。
「ごめんな、さっきは酷いことを言った」
「いいんです。お兄さんの言うことをちゃんと聞かなかった僕が悪いんです……」
俺はあの時、彼に対して強い口調で突き放した。
それは、確かに彼がここから離れた方がいいと思ったからだが、もしかしたらそれだけじゃなかったのかもしれない。
俺はここにいる三人を守らなくちゃいけない立場にある。
時には自分の命を犠牲にすることも考えているが、俺だって死にたいわけじゃない。
まだ童貞を卒業してないし、子どもだって欲しい。
まだまだ強くなりたいし、もっと美味しいものを食べたいとも思う。
そんな葛藤が俺の視野を狭めていたのかもしれない。
言葉は凶器とはよく言ったもんだ。
あの時、もしかしたら他に相応しい言葉掛けがあったのかもしれない。そしたら、彼が涙を流す必要は無かったかもしれない。
あれが正解と思っちゃ駄目だ。
この子が優しい子だったからこうなっているだけで、チームの輪に傷がつく結果になってもおかしくない言動だった。
「……本当にごめんな」
俺はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたあらた君の頭をもう一度撫で、彼を抱きかかえて大広間にある布団の元に向かった。
※ ※ ※
「イッヅ!!?」
ひりつくような痛みが俺の全身を駆け巡る。
「これくらい我慢して。梓君もいっちゃんも骨に異常が無かったから良いものの、下手したら死んでたんだからね!! はい、これでお終い!!」
包帯の巻かれた箇所を更に叩かれ、再び激痛が走る。
香織曰く、俺も逸香も、命に別状はなく、それどころか骨にも異常はないらしい。まぁ、ここで言うのもなんだが、うちの部長の方が容赦なく打ち込んでくるから最後の攻撃以外はそこまで心配していなかった。
精密検査を受けないことにはなんとも言えないらしいが、今は動ければなんでも良い。
「……すまん、助かった」
痛みで出てきた涙を指で拭って治療してくれた香織に感謝の言葉を告げる。すると、彼女は温かい目をこちらに向けてきた。
「言っても無駄なんだろうけど、梓君には無茶してほしく無いな。……梓君やいっちゃんとは違って戦う力は無いから言う資格なんて無いかもだけどさ、私は梓君にずっと傍に居て欲しい。怪我した時も病気にかかった時も私がちゃんと治すから……だから、絶対に私の元から離れないって約束して!!」
「…………えっ!?」
涙を目に溜めながら、胡座をかいている俺の手を握る彼女の言葉に俺は思わず硬直してしまう。
今のって、えっ!? もしかして俺って今、告られてる?
「なに? 私いま変なこと言った?」
本当にわかっていないのか半開きの目をこちらに向けてくる香織に対し、俺はなんて言えばいいのかわからなかった。
いくらなんでもこの状況で?
いや、寧ろこの状況だからこそなのか?
どちらにせよ、言葉は慎重に選ばないと……
「……かおちゃん、告白すっとやったら、全部終わってからにせんね? 今先んことば考えてもしょうがなかろ?」
「……ぁ……」
俺より前に治療が終わっていた逸香が呆れた様子で横槍を入れたことで、俺は熟考から開放された。
そして、すぐに香織の表情を見た。
香織は逸香の方に顔を向けたまま、熟れたりんごのように真っ赤になっていた。
「やっ、違くて!! いや、違わなくないんだけど、今のはそういう意味で言ったんじゃ無いからね!!」
慌てふためきながら否定する彼女の姿に泣きたくなってくるが、そんなことを面と向かってできるはずもなく、俺は引きつっているのを自覚しながら彼女に笑みを返した。
「わかってるよ、こんな状況でする話じゃないしね。さて……」
俺は包帯にくるまれた部分を隠すようにシャツを着た。
そして、意識を切り替え、真剣な眼差しを二人に向けた。
「これからどうするかについて話しあうとしようか」
その言葉に、二人も頷いてくれた。
場所を居間に移動し、スイッチの入っていない炬燵の周りに座った。
来たばかりの頃は色々なものが散らかっていたはずなのに、今は見違えるほど綺麗に片付いていた。おそらく俺達を外で待たせている間に香織が片付けてくれたのだろう。
逸香は入口側に座らせ、俺は窓側に座る。これなら靄による奇襲が来ても最低限の対処はできる。戦闘力が皆無と言っていい香織はとりあえずテレビ側に座らせ、どちらから攻められても逃げれるようにさせた。
「さて二人とも、これからどうする?」
「そん前にあらたば起こさんでよかと?」
話を切り出したタイミングで、逸香が手を挙げると同時に発言してきた。
あらた君は、俺の無事が確認できて安心したのか、はたまた靄人間の襲来が落ち着いて緊張が解けたのか、今は香織が寝ていた場所で寝息を立てている。
「あらた君を起こすのはやめとこう。いくらなんでも十三歳の子どもがこんな現状で疲れないなんてことは無いだろうからな。あらた君には結論を後で伝えればいいんじゃないか?」
「確かに疲労で精神状態が更に悪化する可能性もあるし、休める時に休んどいた方がいいと思う」
「二人が寝かせたままでよかって言うならあたしも何も言わんよ」
俺の意見に香織が医者的な立場から援護をくれたお陰で、逸香もあらた君を寝かせたままにするという意見を聞き入れてくれた。
「話を戻そう。二人はこれからどうしたい?」
そう聞くと、二人は顔を見合わせて黙り込んでしまった。
「今、この村に生き残りが何人いるかわからない以上なんとも言えないが、少なくともここにいる四人は村からの脱出が可能だ。車の鍵はここにあるし、車のガソリンも半分以上ある。何処かに寄って荷物を持ってきてほしいという願いには応えられないが、少なくとも出られるかもしれない……ただ……」
深刻そうな表情で下を向いていた二人の顔がこちらに向けられる。
「これは残念ながらオススメ出来ない。まず第一に、走行中に靄から襲われた場合、逃げ場が無いに等しい。少なくともこの中にいる誰かが襲われるだろう。もちろん、走行中襲われることなく無事に逃げ切れる可能性もなくはないが、希望的観測としか言えないと思う。それに……」
「まだあっとね?」
「うん、例え逃げ切れたとしても、靄人間やあの靄がこの村から外に出ないとは限らない。それどころか全世界に被害が及ぶ可能性もある。そうなってくれば、俺達が死ぬのも時間の問題だと思う。要するに、この案件を放置すれば、何が起こるかわからないってこと」
俺の言葉で想像出来たのか、二人の顔は真っ青になっていた。
「もう一つの案は、この事件を解決すること。もちろんこれにも問題点はある。その中でも一番厄介なのは、解決方法が不明である点。これがどういったものであるのかも解明出来てない今、短時間での解決は難しい。だが……」
「時間切れの可能性があるんだよね?」
香織が告げた言葉に、俺は頷くことで肯定の意を示した。
「どちらにせよ、生半可な覚悟で挑めば死ぬ可能性が高い。しっかりとよく考えるべきだ」
今は既に夜の九時を回っており、時間的な余裕があるとは言えない。
もし、事件発生から二十四時間以内がタイムリミットだった場合、まだ約二十時間程の余裕がある。だが、逆に言えば二十時間足らずで解決方法を探さなくてはならないということになる。
また、そんなに時間が無い可能性だってある。
なんにせよ、まずは解決方法とタイムリミットの明確な情報を探すのが先決だ。
ただし、これは二人の意見をしっかりと聞いて判断する必要がある。
二人のうちのどちらかがこの村から出たいと望むのであれば、それを止めるつもりは微塵もない。
「…………うん、やっぱり私はこの事件を解決したいかな」
意外にも香織は事件解決に意欲を示してきた。
「いいのか? 圏外から出れば事件解決の為に応援を呼ぶことだってできるんだぞ?」
「うん。確かにそうかもしれないけど、それって被害者が増える可能性もあるってことなんでしょ? だったらこの事件は私達が解決しないと」
「あたしもやる。かおちゃんが頑張る言うとるとにあたしが諦めるわけにはいかん。梓には迷惑かけっかもしれんけど、それでもあたしが招いた種だけん、あたしがこん事件は解決してみせる!!」
俺達が外に出ている間に二人の中でどんな話が行われたのかはわからない。でも、二人の感じからして、どうやら仲直りは出来たみたいだ。
「……改めて聞くけど、二人とも今回の件を解決する為に動くって考えでいいんだね?」
その質問に、二人は同時に頷いてくれた。
どうやら二人の意志はかなり強いみたいだ。それならこれ以上言うのは野暮ってもんだろう。それに、俺の考え的にも、この事件は早めに解決した方がいいという意見には大賛成だ。
まぁ、一つ気がかりはあるがな……。
「じゃあ、解決する方向で動く訳なんだが、どっちか今回の件をどうにかする方法って知らない?」
残念なことに、この質問に関しては頷く者はいなかった。
「じゃあさ、過去にこんな感じの出来事があったことって無いの? 伝説によるとこの祭って五百年くらい前からあったんだろ?」
「無かったと思うよ? 多分だけど、毎回相当練習させられてるんだと思う。当日まで細心の注意をするよう言われてたし、皆失敗しなかったんだと思う」
香織の口ぶりから察すると、どうやら彼女は祭の舞で転んでしまったことが今回の事件が発生した原因だと思っているらしい。おそらく、何も言わないところを見ると、逸香も同じ考えと見ていいだろう。
それも仕方のないことなのかもしれない。
今回の事件は、祭で香織が滑って転んだ直後に発生していた。
タイミングの関係上、無関係と切り捨てるのは難しいのだろう。
だが、それはつまり、彼女達が現実と向き合っているという証明にもなる。後々発覚した後、多少の精神的ショックは受けるだろうが、最悪の事態になることは無いだろう。ここは気休めの言葉を言うより、話を進めよう。
「前例が無いとなると、祭の伝承について詳しく調べた方が良さそうだな。この村って郷土資料館とか図書館のような場所って無いのか?」
「そういった建物は無いね。私達が通ってた小学校にも図書館なんて無かったし……でも、職員室とかにだったらあるかも……」
「だったらそこに……」
「いや、そっちよかあらたん家に行った方がいいかもしれんよ?」
逸香の口から提案された言葉に俺が首を傾げていると、逸香が更に続けた。
「昨日あたしが梓に話した伝説は覚えとるね?」
「あの女の人が来たってやつ?」
俺の返しに逸香はコクリと頷いた。
逸香の言っている伝説ってのは、この村に訪れた際に逸香から教えてもらった伝承のことで間違い無いだろう。あの時は方言のせいで内容の大半が頭に入ってこなかったが、香織から方言無し状態の伝承を聞いてある為、彼女が言わんとしていることがなんとなくわかった。
「確かその女の人って一冊の書物を残したんだったよな?」
逸香は再び頷いた。
「梓が言っとるように、祭の伝承を探した方がいいという意見には賛成たい。でも、村ん人間は失敗したことの無い日々しか知らんとじゃないと? だったら村ん歴史ば調べても無駄たい。書いたとは何も知らん人間だけんね。でも、そん書物だったらその女ん人が関わっとる以上、無関係ではなかと思うとよ」
いつもなら、あんな眉唾ものの話なんて本気にしたりしないが、今回はことがことだけに、そんなことは言っていられない。
少なくとも他に妙案が無い以上、ここはそこに行くのを最優先にすべきだろう。
とはいえ、ここからあらた君の家に行くには結構距離がある。
車での移動はできるだけ避けたいが……どうするべきか……。
「でも私ってその書物が何処にあるか知らないんだけど、かおちゃんは知ってるの?」
「前にお邪魔した時に深山村長がダイヤル式の金庫に入れとったとば見たよ?」
「えっ……金庫? しかもダイヤル式?」
まさか金庫に隠しているとは……いや、逆に言えばそれほど丁重に扱う必要のある書物ということなのだろう。
村を救う為というなら村長も助力は惜しまないだろうが、それは村長が生きていればの話だ。祭の場にいたあの人が今どういう状態なのかは知らないが、生存確率は極めて低い。
もちろん金庫を無理矢理開ける手段なんて知らないし、居合で斬るのも、実物を見ないと判断出来ないが、中の書物を斬ってしまう可能性が極めて高い為、その手は取りたく無い。
「逸香、もしかしてだけど開けられたりしない?」
「無理」
即答で返され、再び腕を組んでどうするか悩んでいるといきなり半分だけ開けていた襖が完全に開かれた。
「僕、開けれます」
鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!
このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。
第18回の方言は「チュウシトル」について。
この方言は、キスをしていると思われがちですが、実は宙に浮いているという意味で使われます。
いやまぁ、調べたらなんかあったんで採用しましたが、実際にそうやって使うかは知らないです。
靄がチュウシトル!!
(ب_ب)?????
それではまた次回!! お会いしましょう!!