絶望的な実力差
無理!! マジ無理!! この人やばすぎる!!
目の前で空を切る拳が俺に迫る。
身を一歩引いてギリギリのところで避けるが、突然足に蹴られた痛みが走る。
「いっ……てぇな、この野郎!!」
半分になった棒は容易に避けられ、相手との距離を開けることしか出来なかった。
「香織ぃ……早く剣を持ってきてくれよぉ……」
距離が開いたにもかかわらず、一切変わらぬ構えを向けてくる矢車さんに辟易しながら、俺はその言葉を口にした。
なんとか即死攻撃は避けてるけど、合間合間に挟んでくる小技が本当に辛い。
こっちが服で覆われていない上半身を警戒しているのを理解してか、彼は足を中心に小技で確実にダメージを与えにきてやがる。
確かにそれなら靄人間にならないからいいんだけどさ……痛いものは痛いんだぞ!!!
時間が何分経ったかもわからない。
連鎖的に繋がる死のダンス。
目を離すことは即ち死を意味する。そんな状況下で時間を確認する余裕なんて取れるはずがない。
ちょくちょく視界に映る逸香が靄人間達を倒しているのが見えるが、依然人数的不利は変わらない。
刀を探しているはずの香織も、未だに出てくる様子がない。
このままじゃ時間の問題だ。
立てなくなれば、俺に彼の攻撃を防ぐ術は無い。
最悪の未来が一瞬、俺の中で過ぎった。だが、すぐに首を振って邪魔な思考を追い出した。
「危ない!!」
逸香によるその言葉で、矢車さんの右拳が顔に迫ってくるのに気付いた。
「クッ!?」
間一髪でその攻撃を避けるものの、体勢を崩した俺は地面に落ちていた杖を踏んでしまった。
唯一地面についていた右足が、踏んでいる杖の回転を靴越しに感じ取ってしまった。
あっ……終わった……。
体が尻餅をつく直前、俺はそう感じ取ってしまった。
目の前で矢車さんが右腕を引き、構えた。
次の瞬間、咄嗟に間に割り入れた木の棒を粉砕する程の強烈な一撃が俺の心臓がある肋骨辺りを的確に打ち抜いた。
「ガハッッ!!?」
殴られた胸の辺りと、コンクリートの地面に叩きつけられた背中に、言い表すことの出来ない激痛が走る。
明滅する視界の映像、意思とは関係なく口から溢れる赤黒い液体。息をするのも正直きつかった。
『助けて』
『死にたくない』
そんな言葉が頭の中を支配していく。
涙が勝手に目尻を伝って地面に落ちていく。
矢車さんが近付いてくる。
一歩、また一歩と、まるで人の恐怖心を煽るかのように、ゆっくりと近付いてくる。
頭だけなんとか起こせるものの、体を起こすのは不可能に近かった。
もう無理か……。
そう思った時だった。
「もう止めんね、師匠!!!」
その声が俺の耳に届くと同時に、俺の方に近付いていた矢車さんの右側頭部を、逸香の強烈な蹴りが襲った。
「ごめん!! もう大丈夫だけん、後はあたしに任せて梓は少し休んどって!!」
逸香が焦ったような表情でそう告げるのを見て、俺はゆっくりと体を起こした。
胸を始めとした体のあちこちが痛む。
これじゃ暫くは足を動かすことすら困難だろう。
本当なら今すぐにでも意識をなくしてしまいそうだったが、俺はかろうじて踏みとどまった意識で、二人の戦いをしっかりと見た。
どうやら逸香による不意打ちは、矢車さんが腕で防いだことでダメージは無しだったらしい。しかし、俺が注目したのはそこではなく、彼が攻撃を受けても霧散しなかった点だ。
これまでの靄人間は、みな例外なく一発与えれば霧散していった。
だが、矢車さんは防いだといっても腕による防御。他の靄人間と同様の存在であるのならば、まず間違いなくさっきので終わっていただろう。
となれば、考えられる可能性は二つ。
条件を見誤っていたか、矢車敦が他の靄人間とは一線を画す存在、即ち上位種である可能性だった。
逸香の表情にも微かだが動揺が浮かんでいたが、彼女はすぐに意識を切り替え、矢車さんに呼びかける。
「なんばしよっとね師匠!! 師匠がそんな靄なんかに負けるはずがなかやろ!! 例え相手が神様だろうと、あたしの尊敬しとる師匠が負けるはずなか!! だけん、はよ勝って戻ってこんね!!」
逸香は地を跳ね、矢車さんに向かって回し蹴りを叩き込む。
しかし、その蹴りを彼は難なく受け流してみせ、そのまま足を掴み、ハンマー投げの要領で家の窓に向かって投げ飛ばす。
大きなガラスの割れる音が響く。
逸香の方を見れば、彼女は頭から血を流しながらも再び矢車さんの方へと歩んでいく。
彼女の目尻から、キラリと光るものが流れた。
「なんで……なんで師匠と戦わんといかんと? 師匠はお父さんとお母さんの代わりにあたしば育ててくれた親みたいな人とよ? いつも大声で笑ってばっかで、どんなにあたしが間違ったことばしても、笑って許してくれる優しい人だったとに…………なんで師匠がこんな目にあわんといかんと!!!」
「逸香避けろ!!」
涙を流し、声を大にして叫ぶ逸香の無防備な腹を、矢車さんは突き刺すように容赦なく殴った。
矢車さんが腕を引くと、逸香は膝から崩れ落ち、背中を丸めて咳き込み始めた。
だが、それを悠長に見ている訳にはいかなかった。
どんなに体を衣服で包んでも、彼女の頭部は完全に無防備だ。そして、彼女は今、矢車さんの前に無防備な頭を晒している。
「ケハッ……あたしは……どうなってもよか……だけん、師匠ば返せ……」
近付いてくる矢車さんを強く睨む逸香の言葉が、俺に最悪な未来を見せる。
このままじゃ逸香が死んでしまう!!
どうにかして彼女を守らないと!!
クソッ、動けよ俺の体!!
あいつにどんだけ助けられたと思ってんだ!!
その恩を今返さずに、いつ返すってんだ!!!
「っっ!! こっちを見ろやぁああああ!!!」
体の全身に激痛が走る。正直立つのでいっぱいいっぱいだった。
だが、矢車さんは俺を脅威として見ていないのか、こっちを見ようともしてくれなかった。
そりゃそうだ。
こんなボロボロの状態で、武器も無し。
立つのがやっとの俺なんて、意識を割く価値も無い。
わかっている。でも…………悔しい!!!
歯を軋らせ、自分の無力さに涙が止まらなかった。
そんな時だった。
「梓君!!!」
その声が、俺の耳に届いた。
鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!
このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。
第16回の方言は「のーなる」について。
この方言は、無くなる、または亡くなるという意味で使われます。
俺の消しゴムがのーなったけど、なんか知らん? のような形で使われ、現代でも多くの人が使う印象です。
それではまた次回!! お会いしましょう!!




