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モヤビト  作者: 鉄火市
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絶望的な防衛戦


『あたしは梓ば加勢(かせ)してくっけんかおちゃんはあたしん代わりに刀ば探してきて!!』


 そう言って物置を出ていったいっちゃんに私は声を大にして言いたい。


「あーもう!! 刀ってどこにあるのよ!!!」


 いっちゃんが出ていって既に十分くらい経ってる。

 梓君が強いのは知ってるけど、あんな棒じゃ梓君は多分十全の力を発揮出来ない。それでも梓君ならなんとかなるって思うけど……さっきから嫌な予感がどうしても拭いきれない。

 だから一秒でも早く刀を見つけ出して梓君に届けたいっていうのに……


「いっちゃんは人んちの片付けば加勢(かせ)する前に自分()ば片付けんね!!」


 気晴らしに文句を言うが、それで目当てのものが見つかる訳でも無し。

 私は落ち着く為に一度大きく深呼吸をした。

 焦れば視野が狭くなって肝心の物を見落とす可能性もある。だが、どんなに深呼吸をしても、心を支配する焦りが消えることは無かった。

 部屋全体に敷き詰められた荷物を再度確認して、思わず溜め息を吐いてしまう。


「ごめん、梓君……こっちはもう少しかかりそう。できるだけ早く見つけるから、それまでどうか……」


 ※ ※ ※


 俺の前に一体の靄人間が襲ってくるのが見えた。


 腰が曲がり、手には木の杖をついた靄人間。服装からでは男か女かもわからない。昨日今日来たばかりの俺には、この人がどんな人生を歩んできたのかもわからない。

 もしかしたら、今まで一度も悪いことをしたことが無い心優しき人間だったのかもしれない。


 俺はその靄人間の左脇腹に向けて木の棒を薙ぐ。

 すると、靄人間は自分の身につけていた衣類だけをその場に残し、霧散してしまった。

 木の杖がコンクリートの地面にカランと音を立て、転がる。


 次に現れたのは、俺のへそ辺りにも満たない身長の靄人間。髪型も顔も靄に覆われ、瞳は爛々と赤く輝き、俺に向かって駆け寄ってくる。

 服装は花柄のワンピースを着ており、手首にはシュシュの腕飾りが着けられている。


 その腕飾りには覚えがあった。

 川遊びをする子ども達のうちの一人が、濡れたり失くしたりするのは嫌だから預かって欲しいと渡してきた物にそっくりだった。

 ママから小学校入学のお祝いでもらった大切な宝物だから絶対に失くさないでねと念を押されたのを覚えている。


 食い縛った歯に頬を伝って流れた涙が染みる。


 本当は頭を撫でてあげたかった。


 でも、俺は彼女の腹部に木の棒を突きつけることしか出来なかった。


 少女の体は脆かった。

 棒で突き刺すと、一拍遅れて霧散していった。

 大切な宝物は、少女の服と共に、地面に落ちた。


「……ごめん……助けてあげられなくて……」


 シュシュの腕飾りを拾い、俺はそう呟く。


 自分の行いに対し、これほど後悔したのは初めてだ。

 出来ることなら今すぐここから逃げ出してしまいたかった。いっそ死にたいとすら思った。


 何の罪も無い人を殺す。


 自分の中にあった剣士としての覚悟が幾度となく揺らぐ。


 俺はこんなことをするために剣の腕を磨いてきたのか?


 この人達を救う方法はあったんじゃないのか?


 一振りする度に、そんな言葉が頭を過る。

 霧散していくのを見る度に、自分の心にある何かが削れ、涙が溢れてしまう。


 これは正しいこと、三人を守る為には仕方の無いことだと自分を納得させられたらどれほど良かっただろうか。

 だが、俺という人間は、そんな言葉で立ち直れるほど強い人間では無かったらしい。


 目の前に現れた靄人間がどんな人かなんてわからなかった。

 服装から察すると女性で、多分そんなに年も取って無いんだろう。浴衣を着ていて、頭には花飾りを着けている。


 その女性の手が俺に迫る。


 だが、さっきまで動いていた俺の手は動かない。

 足も、呆然と立ち尽くしている。

 手が、持っていた棒を地面に落としてしまい、大きな音が鳴る。でも、俺にはそんなことどうでも良かった。


 もう疲れた。


 死んだら、こんな辛さも味わわなくて済むかもしれない。


 死ねば、これ以上誰かを傷つけずに済む。


 そう……思ってしまった。


 しかし、突如俺の前にいた靄人間が霧散してしまった。

 そして、代わりに見覚えのある女性の背中が映る。


「大丈夫ね!!」


 パサリと綺麗な浴衣と花飾りが落ちたのは逸香にも見えていたはずだ。だが、彼女は構えを解かなかった。

 それもそのはず、まだ靄人間は全滅していないのだから。

 背中をこちらに向けているせいで逸香の顔は見えないが、彼女の声からは本気で心配している様子が伝わってきた。


「……すまん」

「謝っくらいなら諦めるんじゃなか!!」


 逸香の怒鳴り声が、俺の心を締め付ける。

 そして、絶対に言いたくなかった言葉を口にしてしまった。


「お前は……辛くないのかよ?」


 ハッと自分の失言に気付くが、それは後の祭りだった。


 辛くないはずが無い。彼女は俺と違ってここにいる大半が知り合いなはずだ。そんな人達を殺すことは彼女だって辛いに決まってる。

 それなのに、俺は彼女の覚悟を踏みにじるようなことを……


「……梓……」


 不意に掛けられた言葉で足元に向けていた視線を彼女に向ける。


「あたしだって辛かよ。彼処におっとは、いつも自分家の畑で取れた野菜ば持ってきてくれる吉田のおじさん。さっき倒したんは、あたしの二個下で、最近彼氏が出来たてよう自慢しにきとったサエちゃん……ここにおる人も、神社であたしが倒した人達も、皆あたしの大好きな人ばい。辛くないのか? 辛いに決まっとるじゃなかね!!!!」


 両手に拳を握り、逸香は叫ぶ。

 そして、体ごと振り返り、靄人間達を指差して、続けた。


「梓、こん人達は全員死んどる。もう生きとらん。でも、今も苦しんどる。誰かが成仏させてやらんといかんとよ。確かにあたしもこん人達ば殴るのは気が向かん。でも、誰かが成仏させてやらんば、ずっとこん人達は苦しみ続けっとよ!!!」


 逸香の目からは涙が流れ、必死に訴えかけてきているのが俺にもわかった。だからといって、すぐに割り切れる訳でも無い。

 だが、罪の無い民間人を殺すという文句よりは、よっぽど心が楽になった。


 逸香の視覚外から迫る靄人間に対し、俺は足元に落ちていた棒を力強く握って、全力で下から振り上げた。

 その一連の動作は、靄人間の存在に気付いた逸香が振り向き終わるよりも早かった。

 逸香が振り返る頃には、靄人間は霧散し服を落としていた。


「……えっ……あれ?」


 困惑した表情を浮かべる逸香が、俺と消えた靄人間を交互に見る。


「やっぱり耐えられないか……」


 俺の右手には真ん中から真っ二つに割れて、半分の長さになってしまった木の棒が握られている。だが、それもさっきの衝撃で長くは保たないだろう。

 でも……


「自分だけが死んで楽になろうなんて……そんなのただの逃げだよな。俺なんかより辛くて苦しい逸香がこんだけ頑張ってるってのに、俺だけ逃げるなんて許されるはずがないよな!!」


 吹っ切れた訳じゃない。

 この状況を受け入れた訳じゃない。

 でも、こんな苦しいことを彼女一人に背負わせるのは、もっと心が痛む。


「ごめん逸香……俺、もう少し頑張るから。だから、一緒に頑張ろう」


 靄人間の数は、未だに十を超え、正確な人数は把握しきれない。

 元が過疎化の進んだ村だったお陰か大半が老人のようで、動きが想定よりも鈍い。

 だが、彼らはそんなことなど関係無いかのように、襲ってくる。


 ここを乗りきるのは容易じゃない。

 でも、俺は一人なんかじゃない。


 逸香は俺の言葉を聞くと、その顔に笑みを浮かべた。


「頼りにしとっばい、相棒!!」


 逸香のその言葉に、思わず笑みが溢れそうになった。

 だが、俺は一瞬で意識を切り換えなくてはならないと、そう判断した。


 逸香の表情も、俺がそれを感じるのと同時に表情を険しくさせ、背後の靄人間達に視線を戻した。


 一番近いのは、逸香から五メートルほど先にいたあらた君と同じくらいの身長の靄人間。しかし、そちらよりも優先したのは他の靄人間によって顔の部分以外が見えない靄人間。


 顔は靄で隠れて見えない。


 でも、肌で感じ取ってしまう。


「……嘘……だろ?」


 正直言って、彼とは一番戦いたくなかった。

 良心の呵責ではなく、シンプルに戦力的な問題。


 逸香の表情が悔しそうに歪む。


「……そんなとこでなんばしよっとですか……師匠……」


 逸香の震える口がその言葉を紡ぐと同時に、靄人間となった矢車敦は、その全体像を俺達の前に晒した。



 鉄火市の今日の熊本弁講座〜!!


 このコーナーは、鉄火市があとがきになに書くかな〜って迷った結果、本作の舞台となっている熊本の方言を簡単に解説していこうと思い設けられた誰得コーナーである。


 第14回の方言は「おる」について。

 この方言は、いるという意味で使われます。

 熊本県民はよく使う印象で、自分も調べるまではこれが方言だとは知りませんでした。

 他県でこれ使った時に折るって勘違いされた時は、思わず真顔になってしまいました。


 それではまた次回!! お会いしましょう!!


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